ホンダS2000 タイプV(FR/6MT)【試乗記】
ホンダの気合は1000回転を補う 2006.01.07 試乗記 ホンダS2000 タイプV(FR/6MT) ……409万5000円 ホンダのツーシーターオープンスポーツ「S2000」に、大がかりなマイナーチェンジが施された。エンジンの排気量拡大で、速さも乗りやすさもアップしたのは確かである。では、クルマとしての魅力はどうなのか。原点を守る孤高の存在
言っちゃあ悪いが、それほど売れ筋ではないモデルのマイナーチェンジである。試乗会がおざなりなものになってもおかしくないのに、気合いが入りまくっているのに面食らった。手渡された資料は「Honda Racing」ロゴ入りバインダーに入った分厚いものだし、技術解説は数字やグラフを見せまくりながらたっぷり30分行われた。最近はコンセプトやマーケティングを前面に出した説明に慣れていたものだから、久々にテクノロジーまみれの話が新鮮に思えた。ミニバンのCMにF1マシンを出してしまうメーカーだけのことはある。
「NSX」の生産が終了し、今や「S2000」はホンダの原点を守る孤高の存在である。オープンボディのツーシーターに高性能ツインカムエンジンを積み、後輪駆動を守り抜く。お手本どおりのスポーツカーだ。「S500/600/800」で本格的な四輪進出を果たしたホンダにとって、これは初志を想起させるクルマなのだ。
1999年にデビューして以来、足まわりの改良やインテリアの高品質化などの小変更はあったものの、今回の改変はこれまでになく大きな意味を持っている。S2000のいちばんの特徴でありウリでもあるエンジンに手が加えられたのだ。
発進時に気を遣わない
それ以外には、ほとんど変わったところはない。ホイールの意匠が変わり、内装でもよく見るとステアリングホイールのエンブレムが変わったりしているが、よほどのマニアでなければ気がつかない程度のものだ。
エンジンの変更点は、排気量アップである。ストロークが84ミリから90.7ミリへと伸ばされ、容量が0.2リッター拡大された。もちろんそれ以外にも、インテークダクトの形状を変更したり、新しいインジェクターを採用したり、ポテンシャルを引き出すためのさまざまな改良が施されている。結果として、パワーが8psダウンしたもののトルクが0.3kgmアップした。最高出力が発生する回転数は500rpm下がり、レブリミットは1000rpm下の8000rpmである。スペックを見る限り、ガッカリしてしまう人もいるかもしれない。
しかし、端的に言って、クルマとしてははっきりと進化を果たしている。用意されていた旧型から乗り換えた瞬間、あまりの変わりようにうろたえてしまった。山道の脇にある駐車場で乗り換えたのだが、まず発進時にまったく気を遣わなくてすむのに一驚を喫した。初心者のお嬢さんでもまずエンストしない、豊かなトルクが湧き上がる。回転を上げ気味にしながらクラッチ板の消耗を覚悟してゆっくり左足を緩めていく必要など、まったくない。
結構な勾配の坂を駆け上がっていくと、右足に応じて力強く加速していく。明らかに、旧型よりも速くなっている。低中回転域でのトルク向上は、確かにピークパワーよりも実用上の効果が大きい。街中なら、3速固定でもそこそこ走っていられるだろう。パーシャル域では3リッタークラスの加速を確保したと謳っているが、それが極端な誇張とは感じられなかった。
ATでも十分にマッチする?
最大の市場である北米では、一足先にこの2.2リッターエンジンが採用されていた。スポーツカーなのに、信号グランプリで大排気量セダンに負けるのは我慢ならない、との声が多く寄せられたそうだ。対照的に、欧州の市場ではそのようなクレームはなく、今後も2リッターモデルの販売が続けられる。スポーツカーの定義は、文化の違い、道の違いによって変わるのだ。
日本の道路状況の中では、新モデルのほうがさまざまな状況にフレキシブルに対応できるだろう。「本籍はサーキット」とホンダが言うとおり、真の実力を発揮させることは公道では不可能だ。タイム計測はしていないというが、たぶん筑波あたりではラップも縮められるのではないか。速くて使いやすいのだから、いいことづくめである。そう思いながら、再度旧型に乗り換えて9000回転目いっぱい回す快感を味わってみた。子供っぽいとは思いつつ、VTECが効いた2段ロケットの加速に郷愁を感じてしまったのも事実である。
新しいエンジンの出力特性なら、ATでも十分にマッチするのではないかと思う。速さなら問題ないし、シフトに煩わされずにハンドリングを楽しみたいと思う人がいてもおかしくない。しかし、市場調査を行ったところ、需要がなかったのだそうだ。S2000は運転を心から楽しむ人のものなのだ。少数であっても、そんな人々に支えられている幸福なクルマである。
(文=NAVI鈴木真人/写真=清水健太、本田技研工業/2006年1月)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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