アウディR8 5.2FSIクワトロ(4WD/7AT)/R8スパイダー 5.2FSIクワトロ(4WD/7AT)【試乗記】
スーパースポーツの意味を問う 2013.04.13 試乗記 アウディR8 5.2FSIクワトロ(4WD/7AT)/R8スパイダー 5.2FSIクワトロ(4WD/7AT)……2281万円/2553万円
デビュー以来初の“テコ入れ”が実施された、アウディのハイパフォーマンススポーツカー「R8」。その走りはどのように変わったのか? V10エンジン搭載モデルで確かめた。
ヒヤリとした記憶
525psを誇るミドシップのスーパースポーツをサーキットで試乗するには、まったく意気阻喪するような朝だった。天気予報とは裏腹に、みぞれを危ぶむほどの冷たい雨が降ったりやんだり。舞台となる袖ヶ浦フォレストレースウェイのコース路面は、ぬれているけれど水膜が生ずるほどのレベルではないという、誠に厄介なコンディションである。
いっそのこと舗装面に水が浮くぐらいのヘビーウエットになれば、軽く、タイヤが太い、すなわち「アウディR8」のようなクルマは水膜に乗りやすいからきっぱり諦めもつくというものだが、そこまでではない。というより、このようなトリッキーなコンディションこそ、クワトロたるR8の真骨頂を試せる絶好の機会。いやいや、試されているのはこっちだよ、と思いながら恐る恐るコースインした。
雨で慎重になるのは当たり前だが、私には他人よりさらに慎重にならざるを得ないちょっとした理由がある。ウエットコンディションではなかったものの、3年ほど前の同じように冷え込んだ日、同じこの袖ヶ浦サーキットで日本に導入されたばかりの5.2 V10をスピンさせかけたことがあるのだ。完全なスピンオフには至らなかったが、その直前までV8モデルに乗って、どのように振り回してもコントロールできるという自信が膨らんでいただけに、乗り換えた途端に予期せぬ挙動を示したV10に驚いた、というかビビッてしまったのだ。しかもコースイン直後で特にペースを上げていたわけではなかったから、なおさらだった。
言い訳がましいが、後で荒聖治選手に尋ねたところ、R8のV10は特にタイヤ温度が低い場合にはナーバスな挙動を示すという。ルマン・ウィナーにして、当代最高のアウディ遣いたる彼が言うのだから間違いない。やっぱり、とそれ以来、寒い時のV10は油断禁物という教訓を深く心に刻んだのだった。
喉の小骨が取れた
というわけで、文字通り雨にぬれた石橋をたたくように走りだしたわけだが、すぐに以前のV10とは様子が違うことに気づいた。極めて軽快で一体感にあふれた4.2 V8と同じレベルとまでは言えないまでも(残念ながら新しい4.2リッタークーペには乗るチャンスがなかった)、従来型より身のこなしが軽い。もちろん、自慢のオールアルミ製ASF(アウディスペースフレーム)を採用したR8の車重は絶対的に軽いのだが(クーペV8のSトロニックで1660kg、V10で1710kg、スパイダーは1810kg、MTはさらに20kg軽い)、従来型では優れたバランスを生かしたハンドリングマシンたるV8と、豪快なパワーによる強烈な加速が際立つV10というように、それぞれのキャラクターにはかなり明確な違いがあったと記憶している。
だがマイナーチェンジを受けた新型V10は、雨のサーキットでもそれほど神経質にならなくとも、いやむしろV8とほとんど変わらない自信を持ってすべてのコーナーにアプローチできるようになった。新旧V10の車重を資料で比べて見ると、新型は従来型よりも若干、20kgほど増加しているはずだが、ブレーキングを残しながらステアリングを切り込むような場面でもリアの安定感が違う。もちろん、ウエットのサーキットに限った話だが、十分にコントローラブルで、余裕をもってその高性能を引き出せるようになったと言える。続いて試乗したクーぺより100kg重いV10スパイダーも事実上変わらないハンドリングを示したから、車重そのものではなく前後重量バランスやサスペンションのセッティングなど、他の細かな改良点に理由を求めるべきなのだろう。
もともとR8はこのジャンルの中では最も“フレンドリー”であり、高い実用性と洗練度、そして緻密なクオリティーを兼ね備えた新時代のスーパースポーツだった。ずっと引っかかっていた小さな魚の骨のような不安がなくなった今、その完成度はさらに高まったと言える。かつての記憶をきれいさっぱり上書きしなければならない。
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ハレとケを行き来するR8
今回のマイナーチェンジでは、シングルフレームグリルやバンパー、LEDヘッドライト、ドアミラーなどのデザインが一新され、曲がる方向へ順次点灯するLEDのダイナミックターンシグナルの新採用も含め、エクステリアは多岐にわたって改められたが、最も重要な変更点はやはり6段Rトロニックから7段Sトロニックへトランスミッションが換装されたことである。シングルクラッチ式シーケンシャル・ギアボックスのRトロニックもデビュー以来漸次改良されてきたものの、他のフォルクスワーゲン/アウディ車と基本的に同じ構造を持つデュアルクラッチ式のSトロニックは、当然ながら一段上の洗練度を持ち、さらに素早い電光石火でシームレスなシフトを実現している。サイズがより大きくなったシフトパドルによるシフトアップ/ダウンはもちろん、あえてゆっくりと走った際のATモードでの変速も実に滑らかで、シフトショックというようなものはほとんど感じられない。
無論、単に扱いやすいだけでない。V10エンジンのスペックは386kW(525ps)/8000rpm、530Nm(54.0kgm)/6500rpmと従来モデルと変わらないが、0-100km/h加速は3.9秒から3.6秒に短縮され(V8モデルも4.6秒から4.3秒へ短縮)、さらに7速をクルージングギアにしたSトロニックのおかげで燃費も7%向上しているという。相変わらず、5.2リッターの大排気量が信じられないほど軽々と、そして猛然と8700rpmのリミットまで吹け上がるV10エンジンをこれほどイージーに扱えるなんて、20年前のスーパーカーでは夢にも思わなかった。ちなみに今回のマイナーチェンジでは新たに5.2リッターにも6MT仕様が設定され、クーペはV8およびV10のどちらでも7段Sトロニックと6段マニュアルの両方が選べるようになった(スパイダーは5.2リッター・Sトロニックのみ)。またすべてのモデルに左右ハンドル仕様が用意されている。
スーパースポーツカーにおける日常と非日常性の意味を書き改めたR8が、その世界のライバルに与えた影響は大きかった。人を驚かすようなルックスの是非はともかく、さらに磨き上げられた新型R8の登場は、今やスーパーカーであっても高性能と洗練度を引き換えにするような時代ではないことを明示しているのである。
(文=高平高輝/写真=田村弥)

高平 高輝
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