レクサスIS F“ダイナミックスポーツチューニング”(FR/8AT)
「サーキット育ち」の功罪 2014.01.29 試乗記 「レクサスIS F」に特別仕様車「ダイナミックスポーツチューニング」が登場。動力性能に磨きをかけた、特別な「IS F」の実力を試す。玄人好みのエンジンチューニング
「レクサスIS F」に、その動力性能をさらに極めんとする特別仕様車が登場した。その名も「ダイナミックスポーツチューニング」。この手のメーカー系チューンドを考えると、サスペンションを固めてお茶を濁すのが手っ取り早いし、定番なのだが、どうやら今回はそこの変更はないらしい。レクサス側としてはそれだけ現状のアシには自信があるのだろうし、マイチェン以降の「IS-F」未体験の筆者としても、渡りに船といえる試乗だった。
では今回の変更点は何なのかというと、まず5リッターのV8エンジンが、その内部にまで手が加えられた。そしてまた、これがいたずらなパワーアップを狙わない、非常に心ニクいやり方だった。
ピストンリングには摩擦抵抗を下げた低フリクションタイプを用い、ピストンとコンロッドをクランクシャフトに組み付けた状態で、これを回転させながらバランスを取った。バランス取りはバランス取りでも、いわゆる「ダイナミックバランス」というヤツである(これがパッケージ名称の由来だろう)。その結果、423psだった最高出力は430psに向上。自然吸気エンジンで、しかもメーカーとしての耐久基準をクリアしながら、7psも出力をアップさせるのは大変なことだ。だがその狙いは絶対数値の獲得ではなく、レスポンスの向上にあると思われる。ちなみにエキゾーストには、従来比7kgの軽量化を実現するチタンマフラーが装着されている。
クセになりそうな二面性
このパワーアップに対して、ボディーは最新の接着技術を用いて、ねじり剛性で10%以上の向上を果たしているという。またフロントには初期応答性を高めるフロントスポイラー、リアには接地荷重を高めるカーボン製のディフューザーが装着された。
言ってみれば超高性能な高級4ドアスポーツセダンが、超超高性能になったというわけだ。考えてみれば、IS Fのライバルは「メルセデス・ベンツC63 AMG」や「BMW M3」なのである。
しかしながら、緊張気味の筆者をよそに、そそと走りだしてしまうあたりはレクサスだった。街中でのマナーは、一歩引いた感じ。はやりの低中速トルクでごり押しするタイプではなく、クリープ+αのアクセルワークで、まるで黒子が後ろからクルマを押しているかのようにスーッと走る。
だからか勝手なもので、ドライバーはすぐにクルマに慣れて退屈を感じ始める。そこでいい気になってアクセルを踏み込めば、IS Fは「御意(ぎょい)」と答えて猛烈なダッシュを決める。「おぉ、これがダイナミックバランスを取ったエンジンか。あっぱれ!」などと冗談を言う余裕もなく、気弱な筆者はそこで「スンマセンでした」とアクセルを緩めるワケだが、このジキルとハイド的な二面性には、かなりの中毒性があると感じた。丸の内が似合いそうなエグゼクティブ感。欧州車のバタ臭さが嫌いな御仁には、IS Fがピッタリだと思う。
飛ばさないと落ち着かないが………
ただし気になった部分もある。距離がこなれていないのか、気温が低いからなのか、その乗り味は反発が強かった。タイヤはデビュー当時から履き続けているミシュランの「パイロットスポーツ」。低温からの発動性が良く、ウエット路面にも強いこのタイヤの特性は承知しているつもりだが、その乗り心地にはツッパリ感がある。ホイールとのマッチングも、やや引っ張り気味なのか。もしかしたら、BBSホイールの剛性が高すぎるのかもしれない。
ともあれ路面の起伏に対して、飛ばしていないと乗り心地が硬い。もし自分がIS Fを手に入れたら、街中から高速道路にかけてはさっそうと乗りこなしたいと思うのだが、この領域におけるトロけるような高級感は乏しい。このあたりは、先に登場した「日産GT-R」の2014年モデルが、いち早く気付いて対処してきた部分だ。
というわけで、ワインディングへも足を伸ばした。
速度域が高いと、ややその印象も収まった。カーブでは高い荷重でタイヤを押しつけ続けないと、短い間隔で上屋(ボディー)が左右に揺れる場面があるけれど、ステアリングセンターの座り感は高く、これを切ったときの手応えもいい。操舵(そうだ)に対する反応や切り返しも、V8エンジンをフロントに搭載しているとは思えないくらい素早い。
エンジンは大排気量エンジン特有の吸気の荒々しさと、緻密な回転上昇感がミックスした、熱い出来栄えだった。アクセルの追従性が高く、これを目いっぱい踏み込むとほどよくアドレナリンが湧いてくる。そしてブレンボのブレーキは、これを安心して制動してくれる。
ただしこの領域で走ると、ATがもたついた。レスポンス自体はそれほど悪くない。しかしトルコンATで各ギアをきちんと使うためにロックアップ性能を高めた結果、シフトアップ時の衝撃が大きく、走行中にピッチングが起きてしまうのがちょっと雑だ。安直にはかたづけたくないが、このあたりはデュアルクラッチのシームレス感に一歩譲る。
サーキットでの速さを捨てろ
素晴らしいクルマは、高いG(求心加速度)を維持し続けることができる。もっと丁寧に言えば、ブレーキングからターンイン、ターンアウトにかけて、Gの途切れや起伏を作らない。筆者は絶対的な速さよりも、それが大切だと思っている。キュンキュンと反応するクルマを面白いという人がほとんどだが、それがタイヤの接地性を変化させるようなら、ちっともいいとは思わない。
IS Fの場合は、アシまわりもトランスミッションも、旋回時に大きなピークGを発揮できても、それをずっと持続することが少し苦手だ。だから、ちょっとだけ惜しい。
その理由をツラツラと考えたが、やはりこれはサーキット育ちだからではないかと思う。IS Fの「F」は富士スピードウェイの「F」。かの地は国際的なハイスピードコースだが、なにしろ路面が良すぎる。もちろんこのIS Fは東富士のテストコースを何周も走り、さまざまなテストを繰り返しているとは思うが、最終的にサーキットでのスタビリティーを、キャラクターの中心に据えたのではないだろうか。確かにこの「ダイナミックスポーツチューニング」を富士へ持ち込んだら、素晴らしい走りをする予感がある。事実IS Fには、GPSがこれを判断し、サーキットでしか開放されない走行モードがある。
簡単に言ってしまえば、反発の強い乗り心地に耐えられるなら「IS F“ダイナミックスポーツチューニング”」は最高の4ドアスポーツセダンである。別にそれは特別なことではないと思うし、「全然へっちゃら!」という人もたくさんいるはずだ。
でも筆者は、レクサスにもっともっとこのIS Fが持っている能力を解放してほしいと思った。それには、サーキットでの速さを捨てる勇気が必要だと、サーキット大好きな筆者は感じた。そしたらきっと、かなりインテリで、ワルなIS Fができあがる。
やっぱりトヨタは、まじめです。
(文=山田弘樹/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
レクサスIS F“ダイナミックスポーツチューニング”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4660×1815×1415mm
ホイールベース:2730mm
車重:1590kg
駆動方式:FR
エンジン:5リッターV8 DOHC 32バルブ
トランスミッション:8AT
最高出力:430ps(316kW)/6600rpm
最大トルク:51.5kgm(500Nm)/5200rpm
タイヤ:(前)225/40R19 89Y/(後)255/35R19 92Y(ミシュラン・パイロットスポーツ)
燃費:8.1km/リッター(JC08モード)
価格:1050万円/テスト車=1088万3250円
オプション装備:プリクラッシュセーフティ―システム<ミリ波レーダー方式>+レーダークルーズコントロール<ブレーキ制御付き>(14万7000円)/クリアランスソナー(4万2000円)/“マークレビンソン”プレミアムサラウンドサウンドシステム(19万4250円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:3487km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:339.4km
使用燃料:54.8リッター
参考燃費:6.2km/リッター(満タン法)/6.2km/リッター(車載燃費計計測値)

山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
NEW
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する
2025.10.13デイリーコラムダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。 -
NEW
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】
2025.10.13試乗記BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。 -
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。