第94回:銀行強盗は教習所教官のマスタングにおまかせ!
『ドライブ・ハード』
2015.02.27
読んでますカー、観てますカー
映画史に残るクルマが登場
クルマ映画でテッパンのモデルといえば、多くの人が最初に思い浮かべるのが「フォード・マスタング」だろう。『男と女』では、ジャン=ルイ・トランティニアンがクーペでモンテカルロラリーを走り、プライベートではコンバーチブルでアヌーク・エーメをエスコートした。『ブリット』にはカーチェイスの古典となった名シーンがある。サンフランシスコの坂道で「ダッジ・チャージャー」と死闘を繰り広げる10分間は、映画史にさんぜんと輝く。『60セカンズ』でニコラス・ケイジが“エレノア”と名づけていた最高のクルマというのは、「シェルビー・マスタングGT500」だった。
この連載でも、『デイブレイカー』『ドライヴ』『ニード・フォー・スピード』『フルスロットル』『ゲッタウェイ スーパースネーク』などの作品で何度も登場している。1964年に登場した初代モデルは、コンパクトなサイズとスポーティーなスタイルがベビーブーマーの間で人気となり、“T型フォード以来”と言われるほどのヒットを記録した。「シボレー・カマロ」「ダッジ・チャレンジャー」などが後に続き、ポニーカーというジャンルを形成することになる。
マスタングにはキャロル・シェルビーの手がけたハイパワー仕様も追加され、マッスルカーの代表として強いアメリカの象徴的な存在となっていく。その後オイルショックや排ガス規制で冬の時代を迎えるが、2005年に登場した6代目は初代を思わせるスタイルとなって復活を印象づけた。アメリカ人にとっては、今も誇りを持ってストーリーを語れるクルマなのだ。
今回紹介する『ドライブ・ハード』には、「燃えよマスタング!」というキャッチコピーが付けられている。アメリカの魂が爆走する映画に違いない。
オーストラリアで韓国車が激走
映しだされる風景は、陽光きらめくビーチだ。舞台はロサンゼルスか、あるいはマイアミなのかと思っていると、様子が変だ。クルマが道の左側を走っている。ここは、オーストラリアのゴールドコーストなのだ。ピーター・ロバーツ(トーマス・ジェーン)は、この地で自動車教習所の教官を務めている。朝早く出勤すると、彼を指名して教習を受けたいという客が待っていた。
その男ケラー(ジョン・キューザック)は、なぜかピーターの過去に詳しかった。アメリカでレーシングドライバーだったことを知っており、運転の腕を買って指名したと言う。妙な雰囲気を薄気味悪く感じ、ピーターは途中で教習を中止すると告げる。ケラーはそれを受け入れたものの、教習代を支払いたいので銀行に連れていくようにと頼んだ。道にクルマを停めて待っていると、ケラーが走って出てきた。背後からは警備員が銃撃しながら追ってくる。カバンを抱えて乗り込んだ彼の言うままに、ピーターは教習車を発進させて逃げるしかなかった。
通報を受けて、パトカーも出動する。ゴールドコーストの街なかで追跡劇が展開されることになった。ケラーはレーシングドライバーならば逃げるのに役立つと考え、ピーターを教官に指名したのだ。プロとして鳴らした腕は衰えていない。心ならずも、パトカーの追跡を蹴散らして逃亡を助けることになってしまった。
激しいカーチェイスが見られるのはいいのだが、肝心のマスタングが出てこない。教習車は「ヒュンダイ・ゲッツ」なのだ。日本では「TB」として一時期販売されていたコンパクトカーだ。1.3リッターエンジンで、しかもAT仕様である。加速力では「ホールデン・コモドア」のパトカーにかなわないが、ボディーの小ささを利用して狭い路地をすり抜け、なんとか追跡を振り切ることに成功する。
V8エンジンが男を復活させる
ケリーの指示で向かったのは、隠れ家の倉庫だった。そこでクルマを乗り換えるという。もったいぶったけど、ようやく本命が登場するのだろう。カバーをはずすと、そこには赤と黒のツートーンに塗られたマスタングが……いや、よく見ると「フォード・ファルコン」だ。フォードといっても、オーストラリアのフォードである。1970年代のGTモデルではあるが、どう考えたって別物だ。
テレビのニュースでは、ピーターが銀行強盗の共犯として映しだされている。地元の警察に加えて連邦警察も動き出し、どうやらケリーの敵である犯罪組織も2人を追ってきているようだ。ピーターは完全に巻き込まれてしまい、逃亡を続けるしかない。しかし、頼みの綱のファルコンがオーバーヒートでストップしてしまう。ここでやっとマスタングが登場するのだ。1969年に2代目となったモデルで、ハイパワー版の「マッハ1」である。
マッハ1といえば、『007 ダイヤモンドは永遠に』にも登場したクルマだ。Qが提供したクルマではないのでボンドカーとは呼べないが、片輪走行で路地に入っていくシーンが有名だ。『60セカンズ』がリメイクした元の作品である『バニシングin60″』では、エレノアがマッハ1だった。この後マスタングはパワーダウンを余儀なくされるため、最後のマッスルカーとして記憶されているモデルである。
この作品は、いわゆるバディムービーと呼ばれるジャンルに属する。『リーサル・ウェポン』『ビバリーヒルズ・コップ』『ミッドナイト・ラン』などが代表的な作品である。性格の異なる男たちが相棒となり、ぶつかり合いながら同じ目的のために戦って絆を深めていくという筋立てだ。
本作では、ピーターはレーシングドライバーをやめて以来、妻から軽んじられて家の中に居場所をなくしている。彼の再生を促すのが、無謀な行動で騒動を巻き起こすケリーである。そして、パワーの源となるのは、やはりマスタングだ。大排気量のV8エンジンは、男が自信を取り戻すための触媒のような働きをする。男とはなんと単純な心と身体を持っているのかと、映画が終わった後にあらためてわが身を振り返ってしまうだろう。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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