第476回:ボンドカーや「トヨタ・スープラ」もあった!
パリの特別展に見る“映画劇中車”の世界
2016.11.18
マッキナ あらモーダ!
映画にクルマは欠かせない
先日、日本のアニメ映画『君の名は。』を見た。
その3DCGは圧巻で、見ているだけで大都市・東京から湧き立つ匂い・空気感が脳裏に浮かんでくる。一方、劇中に登場するクルマはといえば、ヒロイン・宮水三葉の父親が市長選で用いる宣伝カーと、主人公・立花 龍が三葉を探すべく訪ねた飛騨で、地元のおじさんに乗せてもらう白い軽トラックくらいである。高校生のストーリーとは知りつつも、自動車の存在が希薄であることに時代を感じた。
これまで欧米で作られたさまざまな映画では、数々の劇中車がスクリーンを飾ってきた。
筆者は、東京での会社員時代、勤務先で「007役とボンドカーは、どれがベストか」という議論をしたことがある。「初代ボンドのショーン・コネリーが乗る『アストンマーティンDB5』で、決まりだね」とハナから決めつける先輩に、「3代目のロジャー・ムーアが駆る『ロータス・エスプリ』に決まってますよ」とボクは強く反論した。ここで「ごもっともですよねえ」などと心になくても言えれば、もう少し会社で出世できていたかもしれない。
その後ボンドガールについては、コネリー時代の『ロシアより愛をこめて』のダニエラ・ビアンキが歴代最高だということになった。だが、いまだボンドカーはエスプリが一番だと固く信じている。
銀幕の名車がズラリ
2016年10月に開催されたパリモーターショーでは、会期中に「自動車と映画」と題した特別展が催された。パビリオンまるごとひとつを充て、これまで映画やテレビに登場した車両49台を展示したものだった。さらに、クルマが登場する名場面を楽しめるよう、「探偵・刑事物」「SF」といった形で、テーマごとのブースにスクリーンと座席も用意するという粋な計らいもあった。シートはもちろん映画館用だ。
「探偵・刑事物」の部に展示された2008年型「アストンマーティンDBS」は、『007 慰めの報酬』の劇中車である。映画の中でドアがもぎ取られたままである。ちなみに筆者が住むイタリア・シエナはロケ地のひとつだったことから、撮影シーンを市内でたびたび目撃したものだ。同じイタリアでも北部のロケでは、同型車が撮影中に勢い余って湖に転落するというハプニングもあったのを覚えている。
ちょっと変わり種のボンドカーもあった。1985年「ルノー11タクシー」は、『007 美しき獲物たち』でロジャー・ムーア演じるボンドが、ルーフを飛ばし、真っ二つになりながらもセーヌ河沿いを激走するシーンを見せたものである。
「コメディー」の部に展示された1964年「シトロエンDS」(1965年の『ファントマス爆発』に登場)には、翼が付いている。「羽根つきギョーザ」ならぬ「羽根つきDS」である。主人公の怪盗ファントマスが、これに乗って空へと逃亡する。フランスでは往年の名作DVDの類いとして売られていることが多いので、シトロエンファンの方はネットで探してみるといいかもしれない。
「もしや日本車も?」と思って探してみると、あったあった。「カーチェイス」の部に置かれた1994年「トヨタ・スープラ」だ。2009年の映画『ワイルド・スピード MAX』の劇中車である。
撮影用照明であでやかに浮かび上がったクルマたちを前に、一般公開日の来場者の多くは、昔デートで楽しんだ映画音楽を心の中で口ずさんでいたに違いない。
劇中車がつなぐ人の輪
今回の展示車中13台を提供したのは、「スターカーズ・パッション」という団体である。聞けばなんと、映画/テレビ劇中車のレプリカオーナーたちの会だという。
会を率いるジャンピエール氏によると、目下30台が登録されていて、会員の国籍はフランスのみならず、ベルギー、オランダにも及ぶという。
スターカーズ・パッションは、創立からようやく1年だ。ジャンピエール氏は1950年生まれの66歳。リタイア前の職業を聞いてみれば、「映画館の支配人でした」という答えが返ってきた。「これからは“クラブ活動”を楽しむ日々だ」と、うれしそうに教えてくれた。
実はもうひとつ、この催しに協力した団体がある。「フランス映画スタントマン協会」だ。彼らが協力した近年の作品には、リュック・ベッソン監督によるSF映画『ルーシー』があるという。
会長のクリストフ・マルソー氏によると、会員、つまりプロスタントマンの数は194人。目下の悩みは後継者不足だ。「この仕事は、常に鍛錬が必要。若者は、それについていけないんだ」。では、この仕事の喜びは? という筆者の問いに、マルソー氏は「監督の満足げな笑顔に尽きるよ」と、即座に答えてくれた。
自動車界の有名人も注目
実はこの「自動車と映画」のパビリオンでは、意外な光景を目撃した。ヨーロッパ自動車界にいる意外な有名人が、しっかりと見学していたのだ。
ボクが会ってあいさつしただけでも、カロッツェリア・トゥーリング・スーパーレッジェーラのデザインダイレクターであるルイ・ド・ファブリベッカース氏、そして、イタリア公共テレビRAI2の自動車番組『Tg2モトーリ』のプレゼンターを19年にわたり担当しているマリア・レイトナー氏などがいた。
新型車を追うだけでも時間が足りないプレスデーに、こうしたパビリオンにまで足を運ぶとは。
ファブリベッカース氏は、『卒業』の「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ スパイダー」をつぶさに鑑賞していた。そして、再びボクを発見したときの目は、「あんたも好きねえ」と言っていたかどうかはわからないが、明らかにクルマ好きのそれだった。
モーターショーの中の文化的企画は“真のクルマ好きフィルター”の役目も果たしていたのだった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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