第18回:ゼイタクは敵(その2)
2016.11.22 カーマニア人間国宝への道魔球 S660
(その1)からのつづき
スーパーエリート号こと「BMW 335iカブリオレ」を下取りに出し、欧州のオシャレ牛丼カー「ランチア・デルタ1.6マルチジェット」を買うことに決めた私だったが、その続きを書く前に、昨年半年間だけ所有していた「ホンダS660」について触れておかねばなるまい。
私はカーマニアであるから、感動的なニューモデルが出ると漏れなく欲しくなる。「意気に感じる」というヤツである。そのすべてを買うことはできないが、S660はあまりにも素晴らしすぎて、買わずにはいられなかった。
どこが素晴らしかったかといえば、あんなにちっこいのに本物のスーパーカーだったのだ!
カッコは「サンバルギーニ・コカウンタック」の本格派版、つまりほぼ完璧なスーパーカーの縮小版。加速は軽そのものだが、コーナリング性能は現代のスーパーカーと真剣に肩を並べる。こんな冗談みたいなクルマなのに中身は超本気の本物! そこに感動しまくった。
ほぼ同じ頃に登場した「マツダ・ロードスター(ND)」にも大感動したが、私が買ったのはS660の方だった。ド真ん中の直球スポーツカーであるロードスターより、「世界初の超小型スーパーカー」という魔球・S660により強くそそられた。
我が家の自家用車の定数は「3」だが、無理してそれを「4」にしてまでS660を購入したのは、人間国宝を目指すカーマニアの心意気でもあった。
夢のスーパーカーライフ、その盲点とは?
S660を買ってまず行ったのは、「フェラーリF355」との下りワインディングでの対決だ。「コーナリング速度ならS660の方が速い!」という確信のもと、絶対勝てると思って実行したが、短い直線でF355に追いつかれ、引き離すには至らなかった。無念。
続いて、種子島でのH-IIAロケット発射を見物するという口実で、鹿児島まで遠征した。往復約3000km。S660はあまりにも荷物を積むところがないので、伴走車をつける羽目になったが、実に楽しい旅だった。ただし肝心のロケット発射は雷で延期になり、桜島の噴煙を眺めるにとどまった。無念。
それを終えると、憑(つ)き物が落ちたように乗らなくなった。
私の狙いは、大スーパーカーである「フェラーリ458イタリア」をご神体としつつ、小スーパーカーのS660を普段の足にして夢のスーパーカーライフを実現しよう! ということだったが、盲点があった。
S660は、フェラーリより乗り降りがつらかったのだ! ちっこい分、単純に乗り込むのがキツイ。特に右足を入れるのがとっても大変。いちいち狭い茶室に出入りするみたいで、S660に乗るより自転車で買い物に行った方がラク……みたいな感じになり、ほとんどガレージの置物と化してしまった!
S660フォーエバー!
フェラーリもほぼガレージの置物なのに、我が家に置物が2台になった! これは意外と精神的にキツイ。乗らないクルマが1台ならともかく、2台というのはゼイタクすぎる! おばあちゃんの教えである「ゼイタクするとバチが当たるよ!」が脳裏をよぎる。イカン。このままでは絶対イカン!
「これはもう、値段が下がらないうちに売ろう……」
それがおばあちゃんの教えに沿った行動だったのである。
今でもS660を納車待ちしている方には申し訳ないが、アレを普段の足にするのは、思ったよりもキツイです。やっぱりたまのレクリエーション用と言いましょうか。スーパーカーなので仕方ないんですよ! もちろん体の柔軟性が高い方ならなんつーことないでしょうが、体の硬い私はつい、「コンビニに行くには自転車の方がラク」と思ってしまいました。
ただですね、あのスーパーカーブームの生みの親であるマンガ家・池沢早人師先生も、いち早くS660を購入され、ROMチューンでパワーアップ、大いに楽しんでらっしゃるとのこと。池沢先生は数年前にフェラーリを手放しているので、つまりフェラーリの代わりにS660に乗ってらっしゃるともいえる!
「すぐに飽きるかもと思ったけど、飽きなかったんだよねぇ」(池沢先生)
それほどまでにS660は本物なのである。S660フォーエバー!
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信、福田モータース/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第317回:「いつかはクラウン」はいつか 2025.8.25 清水草一の話題の連載。1955年に「トヨペット・クラウン」が誕生してから2025年で70周年を迎えた。16代目となる最新モデルはグローバルカーとなり、4タイプが出そろう。そんな日本を代表するモデルをカーマニアはどうみる?
-
第316回:本国より100万円安いんです 2025.8.11 清水草一の話題の連載。夜の首都高にマイルドハイブリッドシステムを搭載した「アルファ・ロメオ・ジュニア」で出撃した。かつて「155」と「147」を所有したカーマニアは、最新のイタリアンコンパクトSUVになにを感じた?
-
第315回:北極と南極 2025.7.28 清水草一の話題の連載。10年半ぶりにフルモデルチェンジした新型「ダイハツ・ムーヴ」で首都高に出撃。「フェラーリ328GTS」と「ダイハツ・タント」という自動車界の対極に位置する2台をガレージに並べるベテランカーマニアの印象は?
-
第314回:カーマニアの奇遇 2025.7.14 清水草一の話題の連載。ある夏の休日、「アウディA5」の試乗をしつつ首都高・辰巳PAに向かうと、そこには愛車「フェラーリ328」を車両火災から救ってくれた恩人の姿が! 再会の奇跡を喜びつつ、あらためて感謝を伝えることができた。
-
第313回:最高の敵役 2025.6.30 清水草一の話題の連載。間もなく生産終了となるR35型「日産GT-R」のフェアウェル試乗を行った。進化し、熟成された「GT-RプレミアムエディションT-spec」の走りを味わいながら、18年に及ぶその歴史に思いをはせた。
-
NEW
フォルクスワーゲン・ゴルフRアドバンス(前編)
2025.9.7ミスター・スバル 辰己英治の目利き「フォルクスワーゲン・ゴルフ」のなかでも、走りのパフォーマンスを突き詰めたモデルとなるのが「ゴルフR」だ。かつて自身が鍛えた「スバルWRX」と同じく、高出力の4気筒ターボエンジンと4WDを組み合わせたこのマシンを、辰己英治氏はどう見るか? -
ロイヤルエンフィールド・クラシック650(6MT)【レビュー】
2025.9.6試乗記空冷2気筒エンジンを搭載した、名門ロイヤルエンフィールドの古くて新しいモーターサイクル「クラシック650」。ブランドのDNAを最も純粋に表現したという一台は、ゆっくり、ゆったり走って楽しい、余裕を持った大人のバイクに仕上がっていた。 -
BMWの今後を占う重要プロダクト 「ノイエクラッセX」改め新型「iX3」がデビュー
2025.9.5エディターから一言かねてクルマ好きを騒がせてきたBMWの「ノイエクラッセX」がついにベールを脱いだ。新型「iX3」は、デザインはもちろん、駆動系やインフォテインメントシステムなどがすべて刷新された新時代の電気自動車だ。その中身を解説する。 -
谷口信輝の新車試乗――BMW X3 M50 xDrive編
2025.9.5webCG Movies世界的な人気車種となっている、BMWのSUV「X3」。その最新型を、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? ワインディングロードを走らせた印象を語ってもらった。 -
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。