シボレー・コルベット グランスポーツ クーペ(FR/8AT)
傑作中の傑作 2017.03.10 試乗記 7代目となる「シボレー・コルベット」に、シャシー性能を追求した「グランスポーツ」が登場。往年のレーシングカーの名を冠した高性能グレードは、“フロントエンジン・リアドライブをきわめた”と評すべき走りをかなえていた。特別な響きを持つ車名
コルベットにおいて、グランスポーツ(以下、GS)という名は特別である。
最初のGSは1962~1963年に2代目(C2)ベースでつくられたプロトタイプ・レーシングカーだった。1963年のルマン参戦を目的に開発された初代GSは、見た目こそ市販型クーペに酷似していたものの、市販車とは別物の丸断面鋼管フレームにFRPの外板パネルもハンドプライの極薄軽量タイプで、専用ヘッドをもつエンジンも特別だった。
初代GSは少なくとも125台が生産されて、当時のGTプロダクションクラスのホモロゲーションを取得する計画だったのだが、生産スタート直後に、会社の方針で計画は消滅。結局はわずか5台しか生産されなかった。マニア間では「シェルビー・コブラ」以上に“幻のカリスマ”である。
そんなGSの名を最初に復活させたのが4代目(C4)である。4代目最後の1996年に1000台限定で発売されたファイナル特別仕様で、ブルーメタの外板色に白のストライプ……という初代GSでもっとも有名な姿をモチーフにしており、さらに当時の高性能版「ZR1」と共通のホイールを履くために、リアにフレアフェンダーを備えていた。これ以降、GSはワイドフェンダーが恒例となる。
次のGSは現行型のひとつ前にあたる6代目(C6)に設定された。C4のそれと同じく、最高性能版「Z06」と共通のワイドフェンダーが最大の特徴だったが、今度はカタログモデルとなった。C6のモデルライフ終盤に登場したGSは、最後にはC6シリーズ全体の半分以上を占める主力的な存在となったという。
次期型はミドシップ?
というわけで、新しいGSである。前記のように、GSはかつての“幻のホモロゲモデル”から、今では“当然あるべき人気グレード”に変わった。2017年モデルで追加となった今回のGSも、先代C6のそれと同じくカタログモデルあつかいである。C7そのものは2014年モデルでのデビューだから、“モデルライフ後半もしくは末期に追加”という現代版GSの通例からすると、今回はずいぶん早いな……と思ったら、そうでもないらしい。
すでにネットをにぎわせているスクープ情報によれば、次期C8コルベットはついにミドシップ化されて、2018年早々のデトロイトショーにもワールドプレミアとのウワサもある。それが事実なら、コルベットは早くて2019年モデルからはC8となり、現行C7は最短5年で終了という計算となる。
まあ、そのウワサの真偽は分からないが、昨今はスーパースポーツカーのモデルライフが短縮傾向にあるから、C7がすでにライフの折り返し点をすぎているのは間違いなさそうだ。
閑話休題。新しいGSの成り立ちもC4やC6のそれとよく似ており、簡単にいうと“Z06と共通のワイドシャシーに、「Z51」の標準エンジンを積んだコルベット”ということになる。今のコルベットが仮想敵と定める「ポルシェ911」流にいえば「カレラ ターボルック」というか、最新の例に当てはめると「GTS」に近い商品企画である。
ただ、GSもモデルを追うごとに本格化してきて、この最新GSはもはや“なんちゃらルック”などと軽々しく呼ぶのは気が引ける。
もちろん、バネや減衰力はZ06より柔らかいのだが、最新のZ06は空力やタイヤ、ブレーキとすべてが本気仕様の一級品で、それらの基本スペックはまんま、このGSにも適用されているからである。
……で、GSは走ってみたら、マジですごかった。いや本当に素晴らしい。
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価格に見合う質感を手に入れた
それにしても、筆者にとってC7は数度目のお手合わせとなるのだが、内外装の高級感と人間工学には今も感心させられる。
トランスアクスルとなったC5以降のコルベットは、走りこそ「ポルシェ911」と真正面から比較できる世界一流となったが、各部の質感は良くも悪くも“ああ、シボレーなんだな”と思わせる廉価感がただよっていた。
シボレーはそもそも「ゼネラルモーターズ(GM)」でもっとも大衆的なブランドだ。多ブランド商法を展開するGMにとってブランドのヒエラルキーは生命線であり、その差別化は緻密かつ繊細である。よって、コルベットは“最強のアメリカンスポーツカー”として走りはいくら磨いてもかまわないが、いわゆる高級感では「キャデラック」はもちろん「ビュイック(日本未導入)」を越えないのがお約束である。
ただ、さすがに世界的な競争が激しくなり、なかでも1000万円級の価格でポルシェと対峙するコルベットでは、もはやノンキなことはいっていられない。
実際、C7の内装はダッシュから天井まで職人技全開のレザー張りとなり、わずかに残された樹脂シボ部分も柔らかな手触りのソフトパッド仕上げ。しかも、グローブボックスやドアポケット内部までご丁寧に起毛処理される。メタル調の樹脂部品も精緻そのもので、なんのお世辞も誇張もなく、1000万円級スポーツカーのど真ん中の質感といっていい。少なくとも、わが国の「日産GT-R」よりは明らかに高級で、しかも新しい。
加えて人間工学も素晴らしい。シートもステアリングも調整幅は十二分。しかも、チルト調整の支点も奥まっていて、ステアリングを高い位置にセットしても角度が変なことにもならない。身長が低くない(178cm)わりに手足の短い伝統的日本人体形の筆者が、コンパクトなスポーツカーポジションをこれほどドンピシャに決められるアメリカ車はほかにない。
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アシのセッティングはまさに“ドンピシャ”
C7最強のZ06は659ps/89.8kgmというとてつもないエンジンで、非公式ながら独ニュルブルクリンク北コースを、4WDの「日産GT-R NISMO」より速いタイムで走った……とささやかれている。そんな怪物級の基本骨格に、たった466ps/64.2kgmぽっち(?)を組み合わせたGSだから、シャシーが余裕シャクシャクなのは推して知るべしである。
可変ダンパーは柔らかいほうから「ツアー」「スポーツ」「トラック」という3つのモードがあるが、どのモードでも乗り心地が驚異的に快適であることに、その無尽蔵のフィジカル能力がうかがえる。
最軟のツアーモードは路面からのアタリもまるでキャデラック級の優しさだが、それでもクルマ全体の上下動がほとんど気にならないのは、スプリングが予想外に ソフトなバネレートで済んでいるからだろう。それは本来(?)より圧倒的に穏当なエンジンのせいもあろうが、やはりC7の圧倒的な低重心によるところが大きそうだ。
一段硬いスポーツモードでも乗り心地の優しさに大きな変化はなく、真冬の低ミュー路でもアシは滑らかに動き続ける。その乗り心地はせいぜい、そこいらのホットハッチレベルである。
さらに硬いトラックモードは、さすがに武闘系のズンドコな上下振動が隠せなくなり、パワステも猛烈に重くなる。だが、ここにいたっても車体がミシリともいわず、それゆえ肌ざわりに鋭利な感触が皆無なのがすごい。
この3つのモードがまたそれぞれ絶妙で、だれがどう乗っても、普段乗りはツアラー、山坂道ならスポーツ、クローズドサーキットではトラック……という説明書どおりの使い分けに落ち着くと思われる。
そして、どのモードも快適性と運動性能のサジ加減はほぼ文句なし。可変サスがこれほど完璧に調律されている例は、少なくとも筆者は初めてだ。これは低重心、高剛性、理想の重量配分、そしてサスペンションその他メカニズムが高精度かつ低フリクション……と、すべてに超がつくほどの正論が貫かれたC7の基本フィジカルのたまものだろう。
コーナリングでむせび泣く
今回の試乗は可変制御をスポーツモードに固定して、せまい山坂道で遊ぶのがメインとなったが、アマチュアの筆者でもなんのストレスもなく、とことん留飲が下がった。まがりなりにも450ps超の後輪駆動で、これほど公道でイージーに楽しいスポーツカーはめずらしい。
その気になればもちろんテールを躍らせることも不可能ではなさそうだが、ドライの舗装路で基本を守った運転をするかぎり、GSがグリップをうしなう兆候はほとんど見せない。まれに乗り手のミスでお尻がムズがっても、その動きはあくまで穏やかで滑らか。無粋で唐突なそぶりはこれっぽっちもない。
車検証によると、前後重量配分は“48:52”と、フロントエンジンながら明確な後輪寄りの値である。しかし、フロントに重量物のエンジンが載っているのでターンインはコツいらず、それでいて脱出時の蹴りはすこぶる強力。いやホント、涙が出るほどのステキなコーナリングだ。
この絶大なトラクションは、50:50だか52:48だかの数値上の前後重量配分だけを整えた一般的なFRとは別次元である。後輪と抱き合わせに、しかも地をはうように低い位置にバラスト(=変速機)を積むトランクアクスルでなければ、このターンインとトラクションの融合は実現不可能だろう。さらにはZ06と共通のリアスポイラーによる本格的なダウンフォース効果も効いていると思われる。
C7の超正論のエンジニアリングはブレーキングでも痛感する。ブレンボの強力かつリニアな制動力を、適度に軽いペダルで操れる調律にも感心するが、なにより4輪もろとも沈み込むブレーキング姿勢がステキだ。
FRをきわめた7代目
ステアリングの正確性やサスペンションの横剛性と滑らかさにおいても超一級品……というC7の美点は、完全シャシーファスターですべてに穏当なチューニングでまとめられたこのGSで、あらためて思い知らされる。
そのうえで、あえて指摘すれば、ステアリングの伝達能力の解像度だけはわずかにポルシェ911にゆずる。ただ、即座に指摘できるC7の弱点(というほど悪くはない……どころか、世界平均では十分に良質ですらある)は本当にそれだけ。前記のようにフロントエンジンならではの素直なターンインはリアエンジンの911には望めない部分ですらある。
あくまでコルベットのなかでは“標準”のエンジンも、あらためて味わえば、これまた世界の名機に数えていい。ドライサンプのOHVという超低重心設計のV8は、大排気量らしい“タメ”の利いたレスポンスながら、6500rpmまで一点の曇りもなく調律された本物感がただよう。
もっというと、6500rpmのトップエンドにいたる最後の500rpmで、さらに炸裂してグイッとひと伸び……というモノホンのチューンドな味わいである。今回はトルコンの8ATだったが、少なくともスポーツモードまでは、シャシーが生み出すリズムに変速だけが遅れるようなミスマッチな場面は皆無だった。
今回はあらためて、C7コルベットやっぱり名作でございますね……と土下座するしかない気分だった。そのC7の傑出っぷりを、現行ラインナップでもっとも冷静に、かつしみじみと味わえるのがGSである。
シツコイようだが、真偽不明のウワサによれば、次のC8はミドシップになるといわれている。フロントエンジンをきわめたC7に乗ると、なんとももったいない気はする。しかし、逆にいうと、コルベット開発チームには、もはやフロントエンジンでやることがなくなったのかな……とも思う。
(文=佐野弘宗/写真=宮門秀行/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
シボレー・コルベット グランスポーツ クーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4515×1970×1230mm
ホイールベース:2710mm
車重:1600kg
駆動方式:FR
エンジン:6.2リッターV8 OHV 16バルブ
トランスミッション:8段AT
最高出力:466ps(343kW)/6000rpm
最大トルク:64.2kgm(630Nm)/4600rpm
タイヤ:(前)285/30ZR19 94Y/(後)335/25ZR20 99Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツZP)
燃費:シティー=16mpg(約6.8km/リッター)、ハイウェイ=25mpg(約10.6km/リッター)(米国EPA値)
価格:1227万円/テスト車=1231万1000円
オプション装備:フロアマット(4万1000円)
テスト車の年式:2017年型
テスト車の走行距離:4418km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:479.1km
使用燃料:77.3リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.2km/リッター(満タン法)/6.5km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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