第507回:クルマの下の力持ち! ターンテーブルを作る人
2017.06.23 マッキナ あらモーダ!有名ミュージアムがこぞって採用
前回お伝えしたイタリア・コモの「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ2017」でのことだ。
一般公開日にスナックのコーナーと並んで、見慣れぬスタンドが設営されていた。何かと思ってのぞいてみれば、さまざまなモーターショーや博物館の写真が展示されていた。
これ何ですか? と質問すると、そこにいた紳士は「ターンテーブルの会社なんです」とにこやかな笑顔とともに教えてくれた。
ひとりで番をしていたのは、ティモ・ブルクマイヤー氏。ターンテーブルを専門に手がけるブマット社の社長である。
「会社があるのはドイツのホッケンハイム。サーキットからも近いですよ」とティモ氏。彼は写真を示しながら、数々の施工例を紹介してくれた。
それによると、各地のモーターショーのブースのほかに、常設のショールーム、有名なところではシュトゥットガルトの「メルセデス・ベンツ ミュージアム」「ポルシェ ミュージアム」やミュンヘンにある「BMWミュージアム」のターンテーブルも、ティモ氏の会社が手がけたものだという。
家庭用の電源でまかなえる!
知らぬ間にボクは、さまざまなショーや博物館でティモ氏の会社の製品に接していたというわけだ。
ほかにも、「自動車メーカーのデザインセンターにも、原寸大クレイモデル検討用のターンテーブルを納入した実績があります」と教えてくれた。
自動車の分野だけでない。同社は、ファッションショーやコンサート、劇場、さらには「太陽光が注ぐ方向に合わせて、向きをまるごと調節できる部屋」という大胆なものまで手がけている。
今回のヴィラ・デステでは、スポンサーのBMWグループが「コンセプト8シリーズ」を会場で発表した際にブマットのターンテーブルを使用した。その縁で、企業スタンドを設営したそうだ。
ブマット社は、もともと自動車販売を手がけていた祖父のヨーゼフ氏が1948年に創業した。現在の従業員はおよそ20人だが、今日ターンテーブルの市場で、なんと70%から80%のシェアを占めている。
ターンテーブルの材質はアルミニウムもしくはスチール製で、直径は、小は50cmから大は33mまで、荷重も10kgから450tまで対応可能だ。それだけ大きなものを回すのだから、何か特別な電源が必要なのではないか? ところがティモさんは「電源は普通のものです」と涼しい顔で答えてくれた。つまり、欧州の標準電圧である220-230Vでオーケーなのだ。
主役の下で回り続ける
ティモ氏によると、ターンテーブルには販売とレンタルがある。モーターショーではレンタルが主流。「2017年3月のジュネーブモーターショーでは59基を貸し出しました」とティモ氏は話す。
気になるレンタルのお値段は?
条件にもよるが、モーターショーのような開催期間・規模の場合、全世界を対象とした搬入・搬出費用込みで、50万~60万ユーロ(約6100万~7400万円)という。
決して安くない価格であるが、考えてみてほしい。大切な新型車のプレゼンテーションのときにターンテーブルが故障で止まってしまったら、自社ではなくクライアントである自動車メーカーに恥をかかせることになる。それに、一般公開日も常に回し続けなければならない。そのために、ティモさんとスタッフは24時間対応で緊急時のメンテナンスに備える。
まさに縁の下の力持ちならぬ、クルマの下の力持ちだ。そんなティモ氏が肝に命じている言葉は? 聞いてみれば「the devil is in the details(悪魔は細部に宿る)です」と答えてくれた。常に確実な仕事とサービスを提供するために欠かせないポリシーだ。
ちなみに、冒頭のヴィラ・デステ当日のスタンドの成果はというと、あるアジアの国のカーコレクターが、自邸ガレージ用に関心を示してくれたという。ティモ氏の会社は、こうした富裕層のプライベートユースにも柔軟に対応している。しかし、これだけの仕事をこなしていながら、どのショーでも、どの博物館でも、ティモ氏の会社名は一般の人々の目にさらされることはない。
直近の国際モーターショーは、今年9月のフランクフルトモーターショーだ。少なくともボクは、クルマやコンパニオンだけでなく、それらを支えて回り続けるティモ氏のターンテーブルに思いをはせようと思っている。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、Bumat/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
第927回:ちがうんだってば! 「日本仕様」を理解してもらう難しさ 2025.9.11 欧州で大いに勘違いされている、日本というマーケットの特性や日本人の好み。かの地のメーカーやクリエイターがよかれと思って用意した製品が、“コレジャナイ感”を漂わすこととなるのはなぜか? イタリア在住の記者が、思い出のエピソードを振り返る。
-
NEW
なぜ給油口の位置は統一されていないのか?
2025.10.14あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマの給油口の位置は、車種によって車体の左側だったり右側だったりする。なぜ向きや場所が統一されていないのか、それで設計上は問題ないのか? トヨタでさまざまなクルマの開発にたずさわってきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】
2025.10.14試乗記2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。 -
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する
2025.10.13デイリーコラムダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。 -
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】
2025.10.13試乗記BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。 -
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。