マクラーレン720S(MR/7AT)
最善のスーパースポーツ 2017.08.02 試乗記 マクラーレンロードカーの中核をなすスーパーシリーズ、その最新作である「720S」にイタリアで試乗。新しいシャシーと4リッターまで拡大されたV8ターボエンジンがもたらす走りは、ピュアなスポーツドライビングの歓びに満ちていた。真の量産車メーカーへ脱皮
2011年に「MP4-12C」をデビューさせてから、その後の5年間で11ものニューモデルを発表したマクラーレン・オートモーティブ。年間生産台数がようやく3000台を超えたばかりのスポーツカーメーカーとしては驚くほど多作だが、この数字は彼らが驚異的なスピードで進化してきたことの証明といえる。
誤解がないように付け加えれば、MP4-12Cはひとつのメーカーの処女作(それ以前に「マクラーレンF1」や「メルセデス・ベンツSLRマクラーレン」をリリースしているものの、彼らは2010年に組織を一新して主要メンバーも入れ替わっており、この年が新生マクラーレンの実質的な初年度だったと位置づけられる)としては驚くほど完成度が高かった。とりわけハンドリングと乗り心地のバランス、優れた動力性能やトラクション性能、カーボンモノコックによる高いシャシー剛性、良好な視界や居住性などは、既存のスーパースポーツカーの常識を覆すほど高い水準にあった。
では、マクラーレンがこれまで何を進化させてきたかといえば、そのほとんどは「F1のスペシャリストが真の量産車メーカーに脱皮するためのステップ」だったと説明できる。パワーはあってもレスポンスとドライバビリティーに改善の余地があったエンジンの熟成を図る。量産車にあって当たり前のグローブボックスを追加するなど収納スペースを拡充する。サイドシルを下げて乗降性を改善する……。そういった、いわば使い勝手の面での改良を図ると同時に、スポーツカーとしての基本性能に磨きをかけ、インフォテインメントの進化やモデルバリエーションの充実を図ってきたのが、これまでのマクラーレンの歩みだったといっても過言ではない。
もっとも、こういった広範な改良・進化をわずか5年という短期間で終えられたのも、2週間に1度のペースでマシンを改良し続けるスピード感、そして航空宇宙産業と並ぶ高度な技術力を有するF1チームとしてのバックグラウンドがあったからこそ、といえるだろう。
スーパーシリーズが第2世代へ
そんなマクラーレンの放つ最新作が720Sである。彼らのモデルラインナップは、日常的な使い勝手を重視して低廉な価格設定としたスポーツシリーズ、マクラーレンの基幹モデルでスポーツシリーズよりも高度なテクノロジーを用いたスーパーシリーズ、時代の最先端技術を惜しげもなく投入した限定モデルのアルティメイトシリーズの3つに分類できるが、720Sはこのうちのスーパーシリーズに属する。
これまでスーパーシリーズには「MP4-12C」「650S」「675LT」の3モデル(いずれもコンバーチブルタイプの「スパイダー」もあり)があったが、どれもMP4-12Cのモノコック、エンジン、ギアボックス、サスペンションをベースとしていることに変わりはなかった。しかし、720Sではモノコックを一新するとともに、排気量を3.8リッターから4リッターに引き上げたV8ターボエンジンはパーツの41%を刷新。さらに、スーパーシリーズの大きな特徴であるPCC(プロアクティブ・シャシー・コントロール)はセンサーの追加やアルゴリズムの見直しなどによって大幅に進化させたPCCIIに置き換えるなど、フルモデルチェンジと呼ぶにふさわしい大改革が実施された。
デザインも大きく生まれ変わった。フロントマスクの“目”に相当する部分はヘッドライトとエアインテークを一体化して「大きくぱっちりと見開いた」表情に仕上げるとともに、これまでボディーサイドの造形を決定づけていた冷却気用のエアインテークはボディー中ほどのショルダー部に上向きで設けることでリアフェンダーに優雅な曲線美を盛り込むことに成功した。なお、走行中にとりわけ気圧が高くなる位置にこのエアインテークを取り付けることで開口部は650Sよりも小さくなり、これが空気抵抗の減少にも役立ったと製品開発担当エグゼクティブ・ディレクターのマーク・ヴィネルズは教えてくれた。
さらには、ドアのヒンジ位置を見直してドア全開時に必要な幅方向のスペースを従来に比べて155mmも少なくしたほか、エンジンの全高を抑えるとともにCピラーを細くするなどした結果、ミッドシップのスーパースポーツカーとして初めて斜め後方の視界を確保するなど、日常的な使い勝手にも大きく改良の手が加わっている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ドライバーとの一体感に満ちた走り
国際試乗会が催されたのはイタリア・ローマ。そのベースとなった市内のホテルから120km離れたヴァレルンガ・サーキットまでは一般道で移動し、サーキット走行を体験した後で、ホテルまで再び一般道で戻るというのが試乗ルートだった。
720Sのエンジンを始動させてまず気づいたのが、その抜けのいいサウンド。しかも、ターボエンジンとは思えないほど軽く、また高い音色を多く含んでおり、レスポンスの鋭い自然吸気エンジンを想像させるエキゾーストノートだった。
実際に試乗しても、エンジンレスポンスがシャープなことはエキゾーストノートから想像されるとおりだった。
スロットルペダルを踏み込むと、わずかな遅れもなくすっとエンジンが立ち上がる。しかも、たとえばペダルを1cmだけ踏み込めば、エンジンはその分だけ正確に反応する。追い越し加速での身のこなしも印象的だった。ターボエンジンのなかには、巡航状態からスロットルペダルを深く踏み込んだ際、エンジン回転数が上昇するより前にまずトルクがドンと立ち上がるものがあるが、720Sはつねにエンジン回転数と加速感が正比例の関係を保ってくれるので、まるで自然吸気エンジンのような小気味いい追い越し加速を味わえるのだ。
ドライバーエンゲージメント、つまりドライバーが感じるクルマとの一体感を改善するため、サスペンションのバネレートをフロントで10%、リアで20%ほど締め上げたというが、その効果はテキメンで、走り始めてからわずかな距離を後にしただけで720Sに深い信頼感を抱くことができた。
その乗り味は、PCCを搭載した既存モデルと共通のフラット感の強いもの。これもまたPCCに共通する傾向ながら、スタビライザーで強引にロールを抑え込むものとは異なり、しなやかな足の動きのなかで自然とボディーの姿勢が一定に保たれているように感じる。いっぽう、スプリングは硬くなってもPCCIIの新しいソフトウエアにより乗り心地は改善されたとの説明を受けたが、個人的には650Sよりもいくぶんソリッドな乗り心地のように思えた。
では、ハンドリングはどうだったのか? マクラーレンのこれまでの例に漏れず、ステアリングのゲインは決して過敏ではなく、丁寧に操舵すれば自然とヨーが立ち上がってコーナーのインを滑らかに目指すキャラクターに仕立てられていた。しかも、ステアリングを通じて得られるインフォメーションは豊富で、いかにも私が好きなタイプ。初めて走るヴァレルンガで720Sがどんな走りをみせてくれるのか、いよいよ楽しみになってきた。
VDCはここが違う
コースレイアウトが比較的覚えやすいためもあって、ヴァレルンガでは走行2周目でリアタイヤがむずがるペースで走れるようになった。そこからかすかにスロットルペダルの踏み込み量を増せばテールは潤沢な接地感を保ったままアウトに流れ始め、720Sはオーバーステアの姿勢をとる。この一連の流れが実にスムーズで、コントロールしやすい。そうしていくつかのコーナーでテールスライドを楽しんでいると、助手席に腰掛けたマクラーレンのインストラクター(同社のサーキット走行では専任のインストラクターが必ず同乗する)が「では、そろそろバリアブル・ドリフト・コントロール(VDC)を試してみましょう」と声を掛けてきた。
この時点で詳細は不明だったが、そういわれて試さない手はない。私が「イエス」と答えると、インストラクターはセンターコンソール上のタッチパネルを操作してコーナリング中のドリフトアングルを設定。続けて「OK、じゃあ、行きましょう」と言葉を投げかけてきたので、これをきっかけにして私は再びヴァレルンガのコースを攻め始めた。
最初にその名を聞いたとき、私はトルクベクタリングを使ってクルマが勝手にドリフトの姿勢を作り出すシステムかと想像していたのだが、実際にはESPが許容するリアのスリップアングルを自由に設定できるシステムであることが試乗を通じて判明した。「なんだ、似たようなものはほかのメーカーからも出ているじゃないか」とあなたは思われるかもしれない。たしかに、ちまたにはスポーツESPなどと称して、ドリフトを許してくれるスタビリティーコントロールもあるにはあるが、そういったものは、ドリフト中もさりげなくシステムが介入してスリップアングルの変化を穏やかに保ってくれるものがほとんど。しかし、720Sの場合は設定した角度に到達するまでは完全にESPがオフになるらしく、VDCをオンにすると、路面からの入力やドライバーの操作によってクルマの姿勢は微妙に変化して落ち着かなくなった。
そこで、私はさらに神経を研ぎ澄ませてスロットルとステアリングを操作したところ、それまで荒れていて不安定だったドリフト中の姿勢が徐々に落ち着いたものに変わっていった。つまり、VDCを用いればスリップアングルの大きなドリフトに徐々に馴染(なじ)んでいけると同時に、精度の高いマシンコントロールも習得できるのである。
考えてみれば、ピュアなスポーツドライビングの歓びを追究することこそ、マクラーレンのスポーツカー作りの基本といえる。だから、トルクベクタリングを使って人工的にドリフトを作り出すようなまねを彼らがするはずもない。VDCはドライバーが自分でスキルを磨くためのツールのひとつであり、したがっていかにもマクラーレンらしい新提案といえる。
冒頭で述べたとおり、マクラーレンは猛烈な勢いで進化をし続けている。しかし、「ピュアなスポーツドライビングの歓びを追究する」という彼らのフィロソフィーにはなんの揺らぎもない。エンジンのレスポンスとドライバビリティーに磨きをかけ、ドライバーエンゲージメントの向上に取り組み、これまでの常識を覆して斜め後方の視界を確保したのは、すべてこのひとつの目的を達成するための手段だったのだ。その意味において、720Sはこれまでマクラーレンが歩んできた道筋の延長線上に位置する、最新で最善のスーパースポーツカーといえるだろう。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=マクラーレン・オートモーティブ/編集=竹下元太郎)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
マクラーレン720S
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4543×1930×1196mm
ホイールベース:2670mm
車重:1419kg(DIN)
駆動方式:MR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:720ps(537kW)/7500rpm
最大トルク:770Nm(78.5kgm)/5500rpm
タイヤ:(前)245/35R19 93Y XL/(後)305/30R20 103Y XL
燃費:10.7リッター/100km(約9.3km/リッター 欧州複合モード)
価格:3338万3000円*/テスト車=--円
オプション装備:--
*=日本市場での車両価格。
テスト車の年式:2017年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロード&トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
NEW
なぜ給油口の位置は統一されていないのか?
2025.10.14あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマの給油口の位置は、車種によって車体の左側だったり右側だったりする。なぜ向きや場所が統一されていないのか、それで設計上は問題ないのか? トヨタでさまざまなクルマの開発にたずさわってきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】
2025.10.14試乗記2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。 -
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する
2025.10.13デイリーコラムダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。 -
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】
2025.10.13試乗記BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。 -
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。