第525回:イタリアの山中で不死身の「ハイラックス」に会う
2017.10.27 マッキナ あらモーダ!あのピックアップが帰ってきた
今回は「トヨタ・ハイラックス」のお話である。
2017年9月12日、トヨタはハイラックスの国内販売を13年ぶりに開始した。
開発責任者の前田昌彦チーフエンジニアはプレスリリースの中で、「主に作業で使用する保有者が現在もなお約9000名いらして、復活してほしいという声を多くいただきました」と、日本再投入の背景を示した。
加えて前田氏はハイラックスについて、「1ナンバークラスのため毎年車検が必要で、高速道路での料金も少し高いなど、実用面から選択されにくいクルマかもしれない」などとしながらも、「堂々としたたたずまいがもたらす、人とは違うモノを所有する喜びや、世界中で鍛え抜いたタフさを持ち合わせているクルマだと思います」とコメントしている。
今回日本に投入されたモデルはトヨタ・モーター・タイランド製で、2.4リッターディーゼルターボエンジンを搭載。駆動方式はパートタイプ4WD+6段ATのみで、ベースグレードには326万7000円というプライスタグが付いている。
同じ9月12日、ドイツのフランクフルトモーターショーでは、 ハイラックス誕生50周年を記念したコンセプトカー「インヴィンシブル50」が展示された。
こちらは現行ハイラックスをベースに、BFグッドリッチのタイヤなどでドレスアップを施したものだった。
若かりし頃のあこがれ
ハイラックスといえば、ボクが幼児期から少年期を過ごした1970年代において、多くの思い出がある。
当時ハイラックスが生産されていた日野自動車羽村工場は、ボクが住んでいた家から2km以上離れていたうえ、そこに至る便利な公共交通機関はなかった。にもかかわらず、ボクのクルマ好きを知る祖母は、散歩がてらたびたび工場に連れて行ってくれた。そして、ハイラックスが陸送車に載せられて次々と運び出されるのを日がな一日眺めていたものだ。
そのように身近だったハイラックスが、テレビに登場するのもうれしかった。北米西海岸の模様を伝える番組では、たとえ番組のテーマがクルマでなくとも、かなりの確率で画面内にハイラックスを発見できた。
日本仕様車と違い、荷台後部の扉(あおり)にTOYOTAの6文字が大きくプレスされていた。
後年シボレーやGMCのピックアップトラックのデザイン手法に倣ったものとわかったが、日本でそのようにデカデカとブランド名を記す習慣がなかったため、妙に新鮮に映ったものである。
やがて中学生になって東京からはるばる訪ねた愛知県豊田市のトヨタ会館では、工場見学前のフィルムで「オーストラリアで牧場主が動物を導くために使うハイラックス」を見て感激した。大人になったらハイラックスを買い、自分でTOYOTAと書いて海外仕様を気取ろうと思ったくらいだ。
特別なナショナリズムはなかったものの、ボクの心の中で、海外で活躍している日本車の代表は、日産の「Zカー」ではなくトヨタ・ハイラックスであった。
そして大学生になって観た1985年の米国映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の中で、マイケル・J・フォックス演じるマーティの「憧れのクルマ」として登場したときは、ハイラックスの“出世”に胸を熱くしたものだった。
25年来のイタリア人オーナー
ボクが住むイタリアでハイラックスは、標準のシングルキャブ、後部にオケージョナルシートを備えた4人乗りエクストラキャブ、ちゃんとした5人乗りのダブルキャブがカタログに載っている。それらとは別に、外部の特装車両メーカーに対応するため、キャビンとシャシーのみの仕様も販売されている。
エンジンは2.4リッターディーゼルターボだけで、2WD/4WD双方がある。ATはダブルキャブの上位2グレードのみで選べる。価格は、税別でシングルキャブが2万0328ユーロ(約271万円)からである。
イタリアでハイラックスを見かける機会は、ほかの1t積みピックアップトラック同様、そう多くはない。無蓋(むがい)車は、積み荷のセキュリティーに問題があるためだ。無蓋商用車は「ダイハツ・ハイゼット」ベースの「ピアッジョ・ポーター/クアルゴ」といった、もっと小さなモデルが主流である。北米のようにピックアップで遊ぶ文化も、あまり醸成されていない。
しかしハイラックスが、ライバルの「ダットサン・トラック」「三菱L200」と並ぶピックアップトラックの代表例であることは確かだ。
ここでひとりのイタリア人ハイラックスオーナーを紹介しよう。「塔の町」として有名なサンジミニャーノ郊外に住むロベルトさんである。
1955年生まれの彼は測量士だったが、6代続く農園の主を父親から継いだ。ワイン、オリーブオイル、蜂蜜、サフランを作るほか、アグリトゥリズモ、つまり農園民宿も経営する。農園民宿は今やイタリアで人気の宿泊施設の形態だが、ロベルトさんの家が州内では第1号であったという。父親は元村長で、ロシア元大統領のゴルバチョフ氏が無名のソビエト共産党員だった1972年、サンジミニャーノを訪問した際もてなした写真が、今も残っている。
ホコリだらけでたたずむ5代目ハイラックスのダブルキャブ仕様について聞けば、「もう25年も乗ってますよ」と、ロベルトさんは笑いながら教えてくれた。
『Top Gear』を地でゆく強靭さ
「シートが、こんなに破れちゃって……」と恥ずかしがりながらもロベルト氏は続ける。
「クルマ自体は一度も壊れたことがないんですよ。もう17万5000km走りました。本当にTop Gearで紹介されたまんま。不死身なんです」
彼が言っているのは、かつて英国BBCの自動車バラエティー番組であるTop Gearが放送した「killing a Toyota」というエピソードのことである。ヤラセの演出があったかどうかは不明だが、ハイラックスの強靭(きょうじん)さをお笑いにしたものだ。水没させても、放火しても、爆破・解体するビルの屋上から落としても、エンジンは掛かり、走りだしてしまう。
20年前に庭でなくしたものが異常なく作動していたという「チプカシ(チープカシオ)」ことカシオのデジタル腕時計ほどではないが、この話はハイラックスの知名度向上に貢献したはずだ。
ハイラックスのタフさは、ロベルトさんの中で、トヨタへの信頼を大いに高めた。数年前、長女のディレッタさんが免許を取得した際、迷わず「トヨタ・オーリス」を買い与えた。ディレッタさん本人もトヨタに大満足という。
北米よりもかなり遅れたが、ハイラックスが新たなトヨタファンを生むという例がヨーロッパでも生じているのかもしれない。
最後にちょっとした知識を。
イタリアでハイラックスは、ほかのピックアップトラック同様に商用車扱いとなり、企業経営者や自営業者の場合、購入時にかかる付加価値税部分の税額控除が大きい。毎年の税金や自動車保険も安い。
その代わり、制約もある。法律上は荷物運搬用であり、運転者以外の乗車は禁止されている。ただし、荷積み荷降ろしにあたる人員は乗車が許されている。あくまでも荷物運搬用なのだ。
ハイラックスのイタリア仕様カタログにも、その旨がしっかりと記されている。参考までに罰則を調べてみると、反則金は日本円換算で約5万円から20万円、もしくは免許停止1カ月から3カ月である。
もしあなたがイタリアでハイラックスに乗せてもらう場合は、たとえ建前でも荷積み荷降ろしを手伝う気持ちを持って乗車していただくことになる。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、トヨタ・モーター・ヨーロッパ/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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