第585回:「ミツオカ・ロックスター」もはだしで逃げ出す!?
「シトロエンHトラック」が製作キットで復活!
2018.12.21
マッキナ あらモーダ!
熱い視線を浴びるキャンピングカー
日本ではミツオカの創業50周年記念モデル「ロックスター」が、2018年11月29日に発表された。同車は「マツダ・ロードスター」がベースだ。だが、多くの人が2代目「シボレー・コルベット」を連想させる造形であることは、本サイトの自動車ニュース欄に詳しい。
いっぽうイタリアでは、こんなレトロ風モデルが、というのが今回のお話である。
2018年10月、イタリア・パドヴァで開催されたヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を訪れたときのことだ。展示台数が5000台に達する大イベントゆえ、宿泊料が高騰する周辺の宿を避けてキャンピングカーで来場し、駐車場で寝泊まりする来場者も少なくない。
そうしたなか、妙に目立つレトロ風キャンピングカーがいた。他の来場者たちも、気がついては足を止めている。
奇抜なデザインのモチーフとなったクルマは、誰が見てもすぐにわかる。シトロエンにおける伝説の商用車「ティープ(タイプ)H」だ。Hはフランス語でアッシュと読む。日本でもクレープ屋台などでさかんに活用されている、あれだ。
すべては行商のために
オリジナルの歴史を軽く記しておこう。ティープHの起源は1930年代にまでさかのぼる。シトロエンは従来型のバンを使っている行商人たちに、バンの不満点を徹底的に聞き取り調査した。結果として彼らは、運転席と荷室間のウオークスルー機構や側面や後方に商品を展示・陳列できる扉、そして車内にいながら販売できる……といった機能を有したクルマを欲していることが判明した。
そうした彼らの希望を反映しながら、シトロエンは1934年発表の前輪駆動車「トラクシオン・アヴァン」の機構を用いて「T.U.B.」と称するプロトタイプを完成させる。パリ郊外の販売店で行商人たちにパイロット販売してみると好評だったことから、シトロエンは1939年に一般販売を開始した。
1941年には改良型の「T.U.C.」に発展するが、第2次世界大戦の激化により同年に生産終了を余儀なくされる。
戦後、T.U.B.のコンセプトを継承して1947年に発表、翌1948年に発売されたのがティープHだった。より高い利便性に加え、波板ボディーパネルで強度の高さと軽量さを実現したユニークなデザインにより、戦後シトロエンを代表する商用車となった。
ちなみにルノーからは、同じ前輪駆動のライバル車「エスタフェット」が誕生した。しかしティープHはフランス本国で、ライバルよりも長い1981年まで、実に33年の長きにわたり生産された。
パリの市場などでは1990年代後半まで使われているのを見ることができた。だが、近年は路上販売車として、特に移動を伴わない据え置きでの使用がメインになっている。
キットは268万円ナリ
さて、“なんちゃってティープH”に話を戻そう。驚いたことに、会場ではシトロエン系ヒストリックカーが多く集まるパビリオンに展示されていた。今度はバン仕様だ。見ていると、スタッフから熱心に話を聞く来場者が後を絶たない。
「TYPE H」(筆者注:オリジナルと区別するためアルファベットで示す)というこのレプリカ、イタリア北部クレモナ郊外を本拠とする創業20年のカロッツェリア、カゼラーニ・アウトモビリの作である。同社を主宰するファブリツィオ・カゼラーニ氏が、デザイナーのデイヴィッド・オーベンドルファー氏のアイデアを形にしたものだ。2017年にオリジナルのティープHが誕生70周年を迎えたのを機にリリースした。
具体的にはシトロエン製商用車「ジャンパー」や、プジョーやフィアットブランドで販売されているその姉妹車に、グラスファイバー製パネルキットを貼り付ける。
参考までにオーベンドルファー氏は、ハンガリーのブダペスト応用美術大学で工業デザインを学んだあと、ヨットのデザインなどを手がける傍ら、さまざまな象徴的自動車の現代風解釈を試みてきた。今回の執筆にあたり初めて気づいたのだが、彼のコンピューターグラフィックを駆使した提案は、従来ヨーロッパのカーデザイン専門ウェブサイトでたびたび目にしてきたものであった。
キット価格は2万0800ユーロ(約268万円。ベース車両代金含まず)からで、パネルや灯火類、クロームパーツ、組付、標準塗装、EUの型式登録申請書類が含まれる。
キットのみの販売は行っていないが、認証機関Tuvの基準に適合しているのでEU圏内各国の保安基準に完全準拠できるのに加え、2年保証も売りだ。
70台の限定生産で、すでにベルギーと米国(ミズーリ、カリフォルニア)にディストリビューターを設けている。念のためフランス人のシトロエン愛好家にも聞いてみたところ、「(2018年7月の)ル・マン・クラシックで見た」という。各地で積極的なプロモーションを展開している。
泣く子も黙るメーカー公認!
TYPE Hは移動販売車仕様も可能だという。各国でストリートフード人気が高まるなか、一番市場があるボディー形態になろう。
日本では「トヨタ・クイックデリバリー」をベースとした、ティープHを模した移動販売車が存在する。だがこのカロッツェリアによるTYPE H最強の売りは、シトロエン公認ということだ。
このあたり、シトロエンのブランドとしての懐の広さを感じさせるではないか。歴代車をモチーフとしたクリエイションの門戸をサードパーティーに開くことは、自動車史文化の衰退を食い止める一助になるので大いに賛成である。
ついでに「いつか外国の小さな工房が、レトロ風題材として採用する最初の日本車は何か?」などという空想も浮かんでくる。
ただしインパクトだけでいえば、日本で見かける巨大な「ハローキティ」の頭部付き「日産シビリアン」の園児送迎バスのほうが、ヨーロッパでは最終兵器になるかもしれない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=カゼラーニ・アウトモビリ、シトロエン、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第944回:こんな自動車生活は最後かもしれない ―ある修理工場で考えたこと― 2026.1.15 いつもお世話になっている“街のクルマ屋さん”で、「シトロエン・メアリ」をさかなにクルマ談議に花が咲く。そんな生活を楽しめるのも、今が最後かもしれない。クルマを取り巻く環境の変化に感じた一抹の寂しさを、イタリア在住の大矢アキオが語る。
-
第943回:スバルとマツダ、イタリアでの意外なステータス感 2026.1.8 日本では、数ある自動車メーカーのひとつといった感覚のスバルとマツダだが、実はイタリアでは、根強いファンを抱える“ひとつ上のブランド”となっていた! 現地在住の大矢アキオが、イタリアにおけるスバルとマツダのブランド力を語る。
-
第942回:「デメオ劇場」は続いていた! 前ルノーCEOの功績と近況 2025.12.25 長年にわたり欧州の自動車メーカーで辣腕(らつわん)を振るい、2025年9月に高級ブランドグループのCEOに転身したルカ・デメオ氏。読者諸氏のあいだでも親しまれていたであろう重鎮の近況を、ルノー時代の功績とともに、欧州在住の大矢アキオ氏が解説する。
-
第941回:イタルデザインが米企業の傘下に! トリノ激動の一年を振り返る 2025.12.18 デザイン開発会社のイタルデザインが、米IT企業の傘下に! 歴史ある企業やブランドの売却・買収に、フィアットによるミラフィオーリの改修開始と、2025年も大いに揺れ動いたトリノ。“自動車の街”の今と未来を、イタリア在住の大矢アキオが語る。
-
第940回:宮川秀之氏を悼む ―在イタリア日本人の誇るべき先達― 2025.12.11 イタリアを拠点に実業家として活躍し、かのイタルデザインの設立にも貢献した宮川秀之氏が逝去。日本とイタリアの架け橋となり、美しいイタリアンデザインを日本に広めた故人の功績を、イタリア在住の大矢アキオが懐かしい思い出とともに振り返る。
-
NEW
フェラーリ12チリンドリ(後編)
2026.1.18思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「フェラーリ12チリンドリ」に試乗。前編では伝家の宝刀であるV12エンジンを絶賛した山野。後編ではコンビを組むシャシーの印象を余すところなく聞いてみた。 -
BYDシールAWD(4WD)【試乗記】
2026.1.17試乗記BYDのBEVサルーン「シール」の機能アップデートモデルが登場。強化のポイント自体はそれほど多くないが、4WDモデルの「シールAWD」は新たに電子制御式の可変ダンパーを装備したというから見逃せない。さまざまなシーンでの乗り心地をチェックした。 -
新生ノートンがいよいよ始動! 名門の復活を担う次世代モーターサイクルの姿に迫る
2026.1.16デイリーコラム英国のモーターサイクル史にあまたの逸話を残してきた名門、ノートンが、いよいよ再始動! その数奇な歴史を振り返るとともに、ミラノで発表された4台の次世代モデルを通して、彼らが思い描く未来像に迫った。 -
第858回:レースの技術を市販車に! 日産が「オーラNISMO RSコンセプト」で見せた本気
2026.1.15エディターから一言日産が「東京オートサロン2026」で発表した「オーラNISMO RSコンセプト」。このクルマはただのコンセプトカーではなく、実際のレースで得た技術を市販車にフィードバックするための“検証車”だった! 新しい挑戦に込めた気概を、NISMOの開発責任者が語る。 -
ルノー・グランカングー クルール
2026.1.15画像・写真3列7座の新型マルチパーパスビークル「ルノー・グランカングー クルール」が、2026年2月5日に発売される。それに先駆けて公開された実車の外装・内装を、豊富な写真で紹介する。 -
市街地でハンズオフ運転が可能な市販車の登場まであと1年 日産の取り組みを再確認する
2026.1.15デイリーコラム日産自動車は2027年に発売する車両に、市街地でハンズフリー走行が行える次世代「ProPILOT(プロパイロット)」を搭載する。その発売まであと1年。革新的な新技術を搭載する市販車の登場は、われわれにどんなメリットをもたらすのか。あらためて考えてみた。











































