第200回:3人乗りのマクラーレンはオートバイよりすばしっこい
『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』
2019.08.01
読んでますカー、観てますカー
あの悪役が敏腕エージェントに
いきなり派手なアクションシーンで開幕する。MI6の部隊がテロ組織のアジトを襲撃し、新型ウイルス兵器を奪還。作戦行動が成功したように思えたが、そこに登場したのがブリクストン(イドリス・エルバ)だった。肉体改造されていて驚異的な強さ。弾丸さえはね返してしまう超人である。追い詰められたMI6エージェントのハッティ(ヴァネッサ・カービー)は、ウイルスを自分の体に注入して逃走するしかない。
一方、LAとロンドンでは2人の男が重要な司令を受け取っていた。ここからは左右2画面でふたつの場面が同時に進んでいく。LAではルーク・ホブス(ドウェイン・ジョンソン)が、ロンドンではデッカード・ショウ(ジェイソン・ステイサム)が悪者のボスのもとへ。ホブスはタトゥーマシンで痛めつけ、ショウは窓からロープでつるして脅迫し、情報を聞き出した。
ホブスはあらためてCIAエージェントからミッションを依頼される。ハッティを探し出して保護せよというものだ。満員のダイナーで機密情報の打ち合わせをしているのは不用意だが、そんなことを気にしているようではこの映画を楽しむことはできない。
ホブスは第5作『ワイルド・スピード MEGA MAX』から、ショウは第6作『ワイルド・スピード EURO MISSION』から登場したキャラクターである。ショウは国際犯罪組織の頭目オーウェンの兄で、渋谷のスクランブル交差点でハン(サン・カン)を殺した犯人だったはずだ。今回は元MI6の敏腕エージェントである。これも、ささいな変更だ。一度死んだレティ(ミシェル・ロドリゲス)が生き返ったこともあった。変幻自在なのがワイルド・スピードである。
ロンドン市街で720Sが大爆走
ホブスは無事にハッティを保護するが、またもやあの超人が襲いかかる。ブリクストンは、人類の弱点を機械で補うことを目指すテロ組織に改造されて鋼の肉体を手に入れた。「生物兵器で弱者を抹殺し、完璧な世界を作る」というのが彼らの目的である。そのためにはどうしてもウイルスが必要なのだ。
ウイルスを体の中に入れて運んでいるハッティを守るためには、ホブスとショウが協力するしかない。犬猿の仲の2人が嫌々ながらタッグを組んで敵と戦うというのは、バディものの基本である。この映画では、終始この2人がお互いをののしり合い、悪口を浴びせまくる。過剰な言葉攻撃がずっと続くのだ。気の利いた憎まれ口をたたくのも大変で、相手への愛情がなければただ殴るだけだろう。むしろイチャイチャしているようにも見え、ブロマンス的な空気さえ漂ってくる。
自動運転機能付きのオートバイで追ってくるブリクストンから逃げるために、3人は「マクラーレン720S」で爆走する。720Sは2人乗りじゃなかったっけ……などとケチを付けるのはやぼなこと。全幅は1930mmあるから、ガマンすればなんとかなるのだ。ただし、巨漢2人が乗ったことによる重量増がパフォーマンスに影響したかもしれない。
ロンドン市街でのカーチェイスはさすがの迫力だ。トラックの下をくぐり抜けるなど、1196mmという車高の低さを生かした追いかけっこが楽しい。驚異的な回頭性でブリクストンのオートバイを振り切り、なんとか逃げ切ることに成功する。もちろんCGを使ったシーンだが、不自然さが残った前作に比べると格段に進化している。
ヘリコプターとクルマの対決
やはり、カーチェイスはワイルド・スピードには欠かせない要素だ。しかし、クルマが一番活躍したのはこの場面である。ラストでも「フォード・ブロンコ」が激走するが、相手はヘリコプターなのだ。4台が連結して16WDでヘリに対抗する。派手なアクションだが、純粋なカーチェイスではない。
第7作『ワイルド・スピード SKY MISSION』では空を飛んでいたし、第8作『ワイルド・スピード ICE BREAK』では氷の下の潜水艦と戦った。だんだんクルマ映画という性格付けは弱まってきていたのである。「ホンダ・シビック」や「三菱エクリプス」などが大活躍した第1作は、当時の改造日本車ブームを背景にした手作りの映画だった。ビッグバジェットの大作シリーズとなった今では、カルトなクルマを登場させるよりアクションの演出に力を注ぐほうが大切なのだ。
この映画の原題は『Fast & Furious Presents: Hobbs & Shaw』。つまり、これは『ワイルド・スピード』第9作なのではなく、スピンオフ作品である。シリーズを知っている人ならば気づいていると思うが、これまで主役のドムを演じてきたヴィン・ディーゼルが出演していない。亡くなってしまったポール・ウォーカーは仕方ないとしても、ヴィン・ディーゼルも「ダッジ・チャージャー」も出てこない『ワイルド・スピード』というのはありえない。
本線の第9作はこの6月にクランクインしたようで、来年公開される予定になっている。そちらにはドウェイン・ジョンソンが出ないということで、まあいろいろあるようだ。今回ショウの母親役で出ている元祖MILFのヘレン・ミレンは第9作でも出番があるらしいから楽しみである。
スピードを愛するマッチョな男たちがストリートでレースをし、最小限の衣装をまとったセクシーな女たちがダンスをするというシンプルな世界観の『ワイルド・スピード』は過去のものとなった。強さのインフレーションが進んだ男たちはアベンジャーズにも勝てそうだし、敵役は『X-MEN』並みの超人である。クルマ好きという狭いターゲットではなく、派手な映画を好む広い層に向けて作られたアクション映画なのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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