第657回:EVブランドとして欧州大陸に再上陸 名門MGの最前線を追う
2020.05.29 マッキナ あらモーダ!パリの一等地に旗艦店をオープン
英国を発祥とする自動車ブランドのMGが、ヨーロッパ大陸で本格的な復活に向けて動き出している。
MGブランドを保有する中国の自動車メーカー、上海汽車集団(SAIC)は2020年5月7日、フランス・パリにMGの旗艦店をオープンした。新型コロナウイルス感染症対策として、セレモニーはオンラインで行われた。
店舗は有名デパートであるギャラリー・ラファイエットに近いパリ11区にある。ショールームだけでなく、アフターサービス部門など、商品提供に必要な各機能を備えている。
開店と同時にSAICは電気自動車(EV)の「MG ZS EV」をフランス国内で発売した。0-100km/h加速8.2秒の動力性能や、40分で80%までの充電が可能な急速チャージ、5年もしくは15万km(バッテリーは8年もしくは15万km)保証などをアピールしている。
国内価格はライバル車のひとつ「プジョーe-2008」よりも大幅に安い2万9900ユーロ(約350万円)に設定されている。
日本におけるMGのヒストリーは、1990年代後半から2000年代前半の「MG F」や「MG TF」「MG ZT」などで途絶えてしまっている。読者諸氏のために、その後の経緯をおさらいしておこう。
この歴史あるブランドは1994年、ローバーとともにBMWに吸収された。だが、さしたる成果を収められず、BMWは2000年に手を引く。
その後は投資ファンドであるフェニックス・コンソーシアムのもとで再建が試みられたものの財務状況は安定せず、MGローバーグループは2005年に経営破綻。MGの商標は南京汽車によって買収された。
ところが、わずか2年後の2007年、その南京が同じ中国のSAICに吸収合併される。以来MGはSAICのいちブランドとなり、今日に至っている。中国での漢字表記は「名爵」である。
今日におけるMG
そのSAICについても説明しておく必要があろう。
SAICは中国最大の自動車メーカーである。2018年の生産台数は約700万台で世界第7位。国内シェアは24.1%であるから、中国ではおよそ4台に1台はSAICグループのクルマが売れていることになる。
同社は、中国のほかにも研究開発センターをロンドンやテルアビブ、さらにアメリカのシリコンバレーに置いている。またバーミンガムには、200人規模のMG研究開発センターがある。
アドバンスドデザインスタジオは、ロンドンと上海に開設済みだ。SAICモーターテクニカルセンターの副社長としてデザインチームを率いるのは、シャオ・ジンフェン氏である。
ゼネラルモーターズやフォルクスワーゲンなどと合弁を展開するSAICにとって、MGは旧ローバーの流れをくむロエベと同じく自社ブランドという位置づけである。
2020年現在、MGの生産/組み立て拠点は中国(上海、南京)、タイ、インド、英国(バーミンガム)にある。
目下中国で販売しているのは、以下のモデルである。
【5ドアハッチバック】
- MG 6(1.5リッターターボ車/1.5リッタープラグインハイブリッド車)
【SUV】
- GS(1.5リッターターボ車/2リッターターボ車)
- HS(1.5リッターターボ車/2リッターターボ車)
- eHS(1.5リッタープラグインハイブリッド車)
- ZS(1.5リッター車)
- eZS(電気自動車。欧州名はZS EV)
SUVラインナップの豊富さとともに、電動パワートレインが充実していることが分かる。
参考までに、MGが中国で展開する広告には「SAFETY FAST」という言葉がたびたび見られる。それが1960年代の同ブランドにおける有名なカタログ用コピーであったことの説明がないまま反復されているのが面白い。
このほか仕向け地や生産国によっては、SAIC内の姉妹ブランドとなるロエベやマクサス車にMGのバッジを冠している、いわゆるバッジエンジニアリングモデルもある。
MGブランドにおける最新の目標は、誕生から100年を迎える2024年までに、100カ国・累計販売台数100万台を達成することだ。
英国市場では、SAIC傘下になってからも一部モデルの生産や組み立てが国内で行われてきたこともあって、MGが今日まで継続的に販売されてきた。
いっぽう、13年ぶりとなるMGの欧州大陸での展開にあたって、オランダに本拠を置くSAICモーターヨーロッパは、EVブランドとして浸透を図る考えだ。
すでに2019年9月、オランダとノルウェーに向けて500台のMG ZS EVが上海で船積みされた。SAICによれば、中国から欧州に向けてこれだけ大量のEVが一度に輸出されたのは史上初という。
ドイツやオーストリア、ベルギー、スウェーデンそしてデンマークでも販売網の整備が進められている。
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フランス人も実は「英国車好き」
話はそれるが、今回旗艦店がオープンしたフランスには、意外にも英国車ファンが少なくない。フランスを代表するヒストリックカーイベントのレトロモビルも、2021年のメイン特集は「ジャガーEタイプの誕生60年」に早くも決まっている。
「ジャガーEタイプ」はともかく、筆者の感覚では、フランス車と比べると英国車はアバンギャルドさに劣る。それでも愛好家が多いのはなぜか? 50代のフランス人カーエンスージアストに話を聞いてみた。
ひとり目のファンは「例えば『ローバー75』は、まさに小さなジャガー感覚でよかった」と思い出を切り出した。具体的に英国車のどのようなムードが好きかと問うと、「レザーとウッドによる高級感だ」という。ちなみにフランス車でそれがふんだんに得られたのは「(1988年の)『ルノー25 V6ターボ バカラ』が最後だったな」と惜しむ。
もうひとりの愛好家は、より詳細に分析してくれた。「往年のMGをはじめ、オースティン・ヒーレーやトライアンフなどは、オープンボディーに低い座面、スポークホイールといった、フランス車には珍しいものを兼ね備えていたのが魅力だった」と語ってくれた。
彼によれば社会背景もあったようだ。
「1960年代にそうしたクルマを、富裕な若者やスター芸能人、そして駐留する米軍人が乗り回していたことも、人々の英国車への憧れを増幅させたのだよ」
思い出すのは『シェルブールの雨傘』と並んでフランスを代表するミュージカル映画のひとつ『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)だ。劇中でジーン・ケリー扮(ふん)するアメリカ人は、スポークホイールを履いた白い「MGB」に、それもドアも開けずさっそうと飛び乗る。
ちなみに前述の2人目の愛好家はパリ中心部在住ながら、MGの旗艦店が開設されたことは知らなかった。「2年前に英国で目撃したが、まさかフランスに上陸するとは思わなかった」と感想を述べた。SAIC版MGは実車を見てから判断、といったところだ。
フランス人に聞いた勢いで筆者は、創立1930年という歴史を誇る本場英国のMGカークラブのウェブサイトを訪問してみた。すると彼らは、SAIC製MGに対し、予想とは裏腹にポジティブな姿勢であることがわかった。
サイト上ではSAICの情報も随時報じているほか、SUVも含むSAIC系モデルのユーザーもメンバーとして登録できるようになっている。
クラブの運営上、現存するメーカーとの友好関係を築きたいという意図もうかがえる。しかしながら、伝統あるブランドの愛好家団体が、オリジナル第一主義に偏っていないのは意外であった。
自動車界のアディダスになれるか
ところで、筆者は本欄第652回でファラデー・フューチャー、バイトンといった中国に何らかの関わりのある新興企業の名前を挙げ、EV時代にはそうしたブランドが台頭するのではないか、といった予想を記した。
今回のMGのEVに関していえば、中国関連ということでは正解だったが、歴史あるブランドの再興というスタイルまでは想像が及ばなかった。
ふと思い出したのはアディダスだ。1970年代に日本で人気を博したが、その反動で1980年代は一気にあか抜けないブランドになってしまった。
やがて1990年代のフランス人実業家による支援と、続いて起きたスニーカーブームで、アディダスは人気ブランドの座に返り咲いた。かつて体育会系まるだしなどと冷笑していた筆者も、今やアディダス製スニーカーを愛用している。
往年のMGを知る一部ファンにとっては、新生MGは容易には受容できないかもしれない。
しかし、自動車業界ではこれまでなかなか難しかった歴史的ブランドの再興が、EV革命とユーザーの世代交代によってアディダスのように成功すれば、それはあっぱれではないか。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA> 写真=SAIC、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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