アストンマーティン・ヴァンテージ(FR/7MT)
輝きを増した猛獣 2020.06.04 試乗記 アストンマーティンのピュアスポーツカー「ヴァンテージ」に、新たに伝統的なMT仕様車がラインナップ。多くのスーパースポーツがAT化する時代に、あえてMTを選ぶ意味とは何か? 試乗を通して、その魅力に迫った。自分自身がいとおしくなる
英国の名門アストンマーティンが、「ポルシェ911」のライバルと位置づけるピュアスポーツカー、ヴァンテージにMT車を設定している。全自動運転とか電動化とかに自動車業界全体がまい進しているこの時代に……!?
だからこそ、である。ヴァンテージのマニュアルに試乗した私はこう思った。こんな時代だからこそ、マニュアルはますます輝かしくも貴重な存在になる、と。だって、マニュアルは体というものを意識させてくれるから。うまく操作できないことも含めて、私は私がいとおしい。たとえアストンマーティンは買えなくとも、ヴァンテージのMTをたまさか借り出し、イタリアのグラツィアーノというギア部品のメーカーが開発したこの7段のギアボックスを操って、へっぽこにも走らせ、そしてそのことによってなにかしらの喜びを感じることができるのは、運転をしている当の私だけなのである。
それは、アストンマーティンに限らない。どんなクルマであれ、オートマチック車にはオートマチック車の別の喜びがあるとして、私がここで申し上げているようなマニュアルの喜びというのは味わえない。
と普遍化して物事を語る前に、本題のヴァンテージのマニュアル車について若干の説明からいたしましょう。それは2019年5月に発表された「ヴァンテージAMR」にさかのぼる。標準仕様のヴァンテージから95kg軽量化し、マニュアルトランスミッションを組み合わせた、このスペシャルなヴァンテージは世界限定200台ぽっきりが同年の暮れまで生産された。
マニュアルを復活させたのは、マニュアルならではのピュアなドライブ体験、クルマとの一体感をカスタマーに提供するためだ、とアストンマーティンは主張している。彼らが本気でそう考えているのは、ヴァンテージAMRの生産終了後も、引き続きMTをヴァンテージに設定したことからも明らかというべきだ。
もっとも、わずか200台のためにMTを開発するというのももったいない話だから、ヴァンテージにMTを用意した打ち上げ花火としてヴァンテージAMRをつくった、というのが真相にちがいない。
驚くほど運転しやすい
それはさておき、そういう経緯で誕生したのがヴァンテージのマニュアルで、価格は日本で1913万円と、オートマチックの2056万9000円より、140万円以上もお求めやすい設定になっている。ま、だからといって、私が買えるわけではありませんが、あくまで数字上はそういうことになるわけである。
それにしても、東京・青山にある薄暗い駐車場で、この大きな前後スポイラーをまとったヴァンテージを初めて見たとき、私の胸は高なった。GTレースに出そうな、それこそドッグクラッチでシーケンシャルシフトが付いていそうな、こんな怪物マシンを街中で運転できるのかしら……。無理かもしれない。
おっかなびっくり、ともかく乗り込んでみると、インテリアは外見ほどにはレーシーではなかった。カーボンのフルバケットのシートで、5点式ハーネスのシートベルトが付いているということはなくて、英国の少量生産の高級スポーツカーにふさわしいぜいたくさと質素さとの平衡に、若干の混沌(こんとん)がブレンドされている、というような印象で、ごくひらったくいえば、ロードカー然としている。
あとから聞いたところによれば、前後のカーボンスポイラーはオプションで、GT3だとかGT4だとかのホモロゲーション用モデルではなかった。最初から聞いておけばヨカッタ。
で、あにはからんや、ヴァンテージのマニュアルはあっけないほど運転しやすかった。フツウに運転するだけなら、というただし書きは付くものの、それを可能にしているのは、第1に2013年からパートナーシップを結ぶダイムラーAG提供のメルセデスAMG謹製4リッターV8ツインターボが生み出す膨大なトルク、融通無碍(むげ)のフレキシビリティーである。ボア×ストローク=83.0×92.0mm、排気量3982ccにターボチャージャーを2基備えたこれは、最高出力510PSを6000rpmで、最大トルク625N・mを5000rpmで発生する。
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AT車のようにも走れる
自然吸気エンジンでいえば、6リッター並み。「シボレー・コルベット」の6.2リッターV8をマニュアルで乗る、みたいなもので、何速に入っていても関係ない。ヴァンテージの場合、3速、いや4速発進も可能で、あとはトップの7速に入れっぱなしでスイスイ走る。
実際、エンジンが2000rpmも回っていると、計器盤にシフトアップの“↑サイン”とアップすべきギアの数字が現れ、それに従っていると、走りだして2回めのシフトで7速に入る。
運転しやすさの第2は、マニュアルに合わせて、運転しやすいようにエンジンその他がチューンされている。ヴァンテージの8段オートマチック用V8は、最大トルク685N・mを2000-5000rpmで生み出す。それをMT車では625N・mにおさえている。トルクを60N・m、軽自動車1台分ほど控えめにすることでクラッチペダルの踏力を調整しているのだろう。
イタリアのグラツィアーノ社が開発した7段MTがミスシフトしやすいことは否めない。ステアリングホイールが右仕様の場合、ドッグレッグ、犬の足みたいにLの字が横になったカタチで1速が左後端に飛び出していて、そこから3列に2-3、4-5、6-7とゲートが刻まれている。ゲートそのものは明確ながら、横方向のストロークが短いのは、7段MTにありがちな話だ。1速でスタートして、2に入れようとして4に入れ、4から3に落とそうとして5に入れる、なんてことは、私の場合、しょっちゅうで、なかなか慣れない。
それでも、ミスシフトを気にする必要がないのは、前述のごとく、何速に入っていようと、むずがることなく走ってくれるからだ。
とにかく素早くて速い
それでオモシロイのか? とたずねられれば、オモシロイ。発進するだけでも、マニュアルの喜びがある。ちょっと重いクラッチを踏んで、ローに入れ、クラッチをゆっくりとリリースすると、ヴァンテージはまるでライトウェイトスポーツカーのように軽やかに走りだす。
動きそのものは重厚だともいえる。ベターッと地面に貼り付いているようなフラット感が同時にあるからだ。でも、操作に対するクルマのレスポンスが素早い。こっちが予想するより早く動く。それは最初だけで、すぐに慣れるともいえるけれど、そのレスポンスのよさというのはつまるところ、トルクコンバーター型オートマチックでもなければ、油圧を用いたデュアルクラッチでもない、CVTでもなければ、電気モーターの介在もない、ピュアなガソリンエンジンとシンプルなマニュアルトランスミッションがもたらすクルマとの一体感ゆえである。
とはいえ、ヴァンテージは最高出力510PS、0-100km/h加速4秒、最高速314km/hのスーパーカーである。これを速く走らせるのは至難の業で、あきらめたほうが身のためだ。ステアリングホイールが左仕様だったら、もう少しこのギアボックスは扱いやすいだろうと想像する。想像するだけです。
ダウンシフト時には、「AMシフト」と名づけられた電子制御システムが自動的にブリッピングを入れてくれるけれど、それでもミスシフトはコワイ。ギアチェンジ完了後も、全開にするなんてトンデモナイ。
いまこそMT復権
剛性感あふれるカチッとしたボディー、あくまでフラットな乗り心地、そしてほれぼれしちゃう強力で信頼感たっぷりのブレーキ。これらは全開にせずとも味わえる。いわゆるドライブモードをS(スポーツ)からS+、さらにトラックに一応切り替えてみる。トラックになると、ケンシロウがあたーっと叫ぶや、シャツがビリビリ裂け、そのシャツの下から筋肉が盛り上がってきたみたいに、乗り心地がある種の重量感と剛性感を伴って引き締まり、V8ツインターボの排気音のボリュームがいまにも落ちてきそうな雷鳴的レベルに上がる。アクセルオフでバラバラッとアフターファイアのような爆裂音を聞かせてくれたりもする。
これは野獣である。ロス・インゴベルナブレス・デ・ハコネ、箱根の制御不能なものである。これを御すべく腕を磨くのも、チャレンジングな人生というものだろう。
ヴァンテージは、マニュアルトランスミッションを得たことにより、身体性をグッと増した。コロナ後の世界において、もしもテレワークがさらに広がり、あるいは全自動運転のようなものがいよいよ実用化されるとなると、マニュアルのオモシロさ、自動車を運転することの楽しさがますます見直されるにちがいない。
なお、2020年5月26日、アストンマーティン・ラゴンダ社はDr.アンディ・パーマーのCEO退任と、新たなCEOにトビアス・メールスを迎えることを発表した。2014年に日産を退社したイギリス人のパーマーは、母国のヒーローというべきアストンマーティンのCEOとなり、「DB11」、新型「ヴァンテージ」、「DBSスーパーレッジェーラ」、そして同社初のSUVである「DBX」を送り出した。そのかたわら、ハイパーカーの「ヴァルキリー」を頂点とするミドシップの新ライン、さらにEVの「ラゴンダ」の開発を推し進めていた。
パーマーの計画は、英国の名門ブランドの次の100年を見据えたものだったけれど、結果的に遠くを見すぎていた。開発に力を注ぐあまり資金不足に陥り、そこに新型コロナウイルスのパンデミックが追い打ちをかけた。経営者としては運がなかった。だけど、Dr.アンディ・パーマーはマニュアルを復活させるようなエンスージアストだった。
(文=今尾直樹/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
アストンマーティン・ヴァンテージ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4465×1942×1273mm
ホイールベース:2704mm
車重:--kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:7段MT
最高出力:510PS(375kW)/6000rpm
最大トルク:625N・m(63.7kgf・m)/5000rpm
タイヤ:(前)255/40ZR20 101Y/(後)295/35ZR20 105Y(ピレリPゼロ)
燃費:--km/リッター
価格:1913万円/テスト車=--円
オプション装備:アストンマーティン プレミアムオーディオ+カーボンブレーキディスク+ボディーパック<ブラック>+カーペットカラー+デッキリッドインサート<マットブラック>+ブラックアルミニウムトレッドプレート+ヘッドレスト部の刺しゅう+Qスペシャルペイント+ブラックフードメッシュ+ミラーキャップ<グロスブラック>+ルーフパネル<グロスブラック>+サイドグリル<パーフォレーテッドのマットブラック仕上げ>+ダーククロームジュエリーパック+コンフォートパック+スモークリアランプ+エクスエリアブラックパック+トリムインレイ<サテンカーボンファイバーツイル>+グロスブラック20インチ鍛造ホイール(オプションの総額は非公表)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:3818km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:354.0km
使用燃料:51.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.9km/リッター(満タン法)/6.7km/リッター(車載燃費計計測値)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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