ポルシェ718ケイマンGT4(MR/6MT)
取り戻した6気筒サウンド 2020.09.08 試乗記 「ポルシェ718ケイマン」に追加設定されたハードコアモデル「GT4」に試乗。車名の由来ともなった水平対向4気筒ターボから、新開発の自然吸気フラット6へとエンジンが置き替えられた、高性能ミドシップマシンのパフォーマンスやいかに。明確なヒエラルキー
最もサーキットに近いミドシップポルシェ――。バイザッハの研究所に籍を置くモータースポーツ部門が開発に携わり、専用パワーユニットとやはり専用のチューニングが施されたサスペンション、そしていかにもコンペティティブなデザインのボディーキットなどが与えられたGT4を名乗るケイマンのキャラクターは、ひとことで表せばそんなフレーズで紹介したくなるものだ。
先代981型において2015年に登場したGT4に続き、同ネーミングを採用するハードコアなケイマンは、これが2代目。ベースモデルのリファインに合わせ、正式には718ケイマンGT4と呼ばれることになった最新のバージョンで、まずは何といっても注目に値するのが新たに開発されたエンジンの搭載だ。
ボア×ストロークや排気量が同一値であることから、当初その心臓は「911 GT3」用のフラット6をディチューンしたものとも予想された。しかし、新しいGT4用の心臓は、ターボ化された「911カレラ」(991型後期以降)用をあらためて自然吸気化の上、排気量アップを図ったという出自を持つ、完全なる新開発ユニットであったのだ。
前出981型GT4に搭載された当時の「911カレラS」(991型前期)用がベースであった3.8リッターユニットのデータと比較すると、意外なことに排気量がアップされたにもかかわらず、420N・mの最大トルク値は不変。一方で、その発生回転ゾーンは明らかに上方へと移動し、高回転型の傾向を一層強めたことがうかがえる。
実際、420PSという最高出力は35PSの上乗せ。こちらも、発生ポイントが200rpm上に移動して7600rpmになると同時に、911 GT3の心臓が発する最高出力500PS/最大トルク460N・mとは明確にスペックに差がつけられている。下手をすれば“下克上”とも受け取られかねないケイマンと911の立ち位置にあらためて明確なヒエラルキーを示したことも、いかにもマーケティング戦略にたけたポルシェのやり方らしく興味深い。
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成功か失敗か
もっとも、718ケイマンでありながら6気筒エンジンを搭載することが“規格外”であることは事実。「4気筒ユニットを搭載するからこそ、往年の4気筒レーシングマシンである『718』の名称を拝借できたのでは?」と突っ込まれると、そんな形容矛盾には少々頭の痛いのがこのモデルかもしれない。
加えれば、役付きではなくカタログモデルの「GTS 4.0」にまで6気筒の自然吸気ユニットが使われ、さらに2ペダルトランスミッション「PDK」との組み合わせも実現すると公表された現在では、「CO2排出量の低減を理由に4気筒化が決断されたのではなかったのか?」と、そんな疑念の声も出てきそうだ。
確かに、4気筒化によってスペック上のCO2排出量低減=燃費向上がかなったのは事実。しかし実は個人的にはそうした事情よりも、「あらためて911シリーズとの差別化をより明確にしておきたいという、マーケティング上の理由が強かったのではないか?」というのが、ボクスター/ケイマンのこれまでの成長ぶりを目の当たりにしてきた正直な思いであったりもする。
もっと言えば、スポーツカーの市場が未開拓で、それゆえにまだ無限の可能性を秘めているとも考えられる中国において、税制上で特に有利なアンダー2リッターモデルの設定は、いち早く覇権を握るための策であったという読みも否定できない。ターボ化によって小排気量化を実現させ、同時に911との差別化も可能となれば、それはポルシェにとってなかなか魅力的なマーケティング戦略だったのであろう。
ただし「6気筒が普通のエンジン」と捉えられるアメリカでは、大幅に売れ行きを落とすことにもつながった……というニュースを聞くにつけ、一方でそれは「成功とは言い切れない戦略だったのではないか」とも感じてしまうのだ。
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きめ細やかなトルクの粒
ともあれ、いずれにしても「718なのに6気筒」であることこそが最大のトピックであるこのモデル。いざスタートすれば、期待にたがわぬ走りの好印象はまず、やはりそうした新たな心臓がもたらすものだった。
0-100km/h加速タイムの発表値は4.4秒。今日び、発進加速には不利であることが明らか(!)なMT仕様でありながら、それはシームレスなシフトを実現させるDCTを装備する992型カレラの4.2秒に迫るもの。すなわち、トランスミッションの違いを考慮すれば「同等以上」ともいえる加速性能を開放したシーンが素晴らしいものであることは間違いない。
一方、真の実力を知る前の段階で感心させられたのは、アイドリング付近でちょっと重めのクラッチをミートした時点から体感できる、微低速域でのトルクの太さ。そうした場面では、同じ自然吸気の6気筒エンジンながら排気量が3.4リッターであった981型「ケイマンS」と比べても、やはり確実にこちらが一枚上手。0.6リッター――正確には“559cc”の排気量の差は、実は回転の上がらないこうしたシーンでこそ顕著に感じられる。
ショートシフターが組み込まれたMTは少々操作力を必要とする一方、手首の動きだけで素早く仕事を完了できる。さらに、コンソール上のスイッチを押せば、ダウンシフト時に自動で回転合わせをこなすオートブリップの機能が作動。ただしこちらは、エンジンを切るたびにオンにし直す必要があるのが難点。個人的には、“楽で正確”なこの機能をカットすることにメリットを見いだせる場面が存在す
街乗りシーンではせいぜい3000rpmも回せばすべてこと足りるが、実際にはそうした範囲内でも十分においしさを味わえるのがこの新しい心臓。“トルクの粒”は4気筒ユニットのそれよりもはるかにきめ細やかで、より洗練された加速感が味わえる。わずかなアクセル操作に対する応答も俊敏で、やはりターボ化された4気筒ユニットよりも上。何よりも、“取り戻した6気筒サウンド”は時に強く耳を圧迫するフラット4ユニットが発するそれよりも、ずっと心地よく感じられるのである。
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二の矢もスタンバイ
レブリミットが8000rpmに設定された新しい心臓は、もちろんそこまでストレスなく、そしてパワフルに澄んだフラット6サウンドを発しながら回りきってくれる。それは、他の4気筒版718では享受することのできない官能的な体験だ。
ただし、9000rpmというさらに高いレブリミットを目前にして「最後の1000rpmがまるで2段目ブースターに点火されたように盛り上がる」という、911 GT3系の心臓にみられるような驚きのエンタメ性は隠されていない。GT3のユニットが“それ”を実現できたのは、さらなるコストアップが許され、カタログモデルへの展開が想定されていない、真に特別なアイテムであったから……ということかもしれない。
サーキット走行にフォーカスし、アライメント調整の自由度も大きくとられた足は、まるで「針の穴に糸を通せるほどに正確なハンドリング感覚」である。セラミックコンポジットローター採用の「PCCB」がオプション装着されたブレーキも印象的。違和感のない範囲で、圧倒的な剛性感を伴うペダルタッチが味わえる。
一方、ベース車両であれば気遣いはまったく無用なのだが、わずかなわだちにも反応してしまうワンダリング性に加え、突き出たフロントリップスポイラーや大型リアディフューザーの存在は、
というわけで、ストリートフォーカスで考えればコンプレインの声も上がりそうなそんなGT4のさまざまなポイントをすべて解決させた、抜かりのない“二の矢”としてローンチされたのが、GTS 4.0なる同様の6気筒エンジンを搭載した新たなグレード。6気筒エンジン搭載のミドシップモデルを求める声が決して小さくないことを知った経営陣の中には、今や「4気筒化は時期尚早だった」との思いを抱く人がいても不思議ではない。
軽く半世紀以上に及ぶ911の歴史が、実は「マーケットの声と共に育てられた歴史」であり、開発作業を終えて発売直前までこぎ着けながら、結局そんな新型車の販売を断念するといったさまざまな軌道修正の実績もまた、このブランドの歴史のひとつである。果たして、ポルシェのミドシップモデルに“三の矢”はあるのか? 何とも面白いことになってきた。
(文=河村康彦/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
ポルシェ718ケイマンGT4
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4456×1801×1269mm
ホイールベース:2484mm
車重:1420kg(DIN)
駆動方式:MR
エンジン:4リッター水平対向6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:420PS(309kW)/7600rpm
最大トルク:420N・m(42.8kgf・m)/5000-6800rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y/(後)295/30ZR20 101Y(ダンロップSPORT MAXX Race2)
燃費:10.9リッター/100km(約9.1km/リッター、NEDC複合サイクル)
価格:1259万9074円/テスト車=1535万8249円
オプション装備:インテリア<ブラック/イエローステッチ>(29万2315円)/ポルシェセラミックコンポジットブレーキ<PCCB>(131万6945円)/2パークアシスト<リア、リバーシングカメラ含む>(10万8983円)/コントラストカラーステッチ(19万6574円)/ステアリングホイールセンターマーキングイエロー(3万9723円)/ダッシュボードトリムパッケージ<レザー/アルカンターラ>(14万4630円)/カーボンフロアマット<レザーエッジ仕上げ>(8万5556円)/ドアトリムパッケージ<レザー/アルカンターラ>(6万2130円)/自動防眩(ぼうげん)ミラー(8万1483円)/クロノパッケージ(7万9445円)/サテンブラック塗装ホイール(9万1667円)/バイキセノンヘッドライトティンテッド<PDLS付き>(21万5927円)/アルミニウムフットペダル(4万3797円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:4456km
テスト形態:ロードプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:312.2km
使用燃料:27.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.0km/リッター(車載燃費計計測値)

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
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