日産フェアレディZバージョンST(FR/6MT)/フェアレディZ(FR/9AT)
余裕のつわもの 2022.07.22 試乗記 2021年の発表以来、世のスポーツカーファンを沸かせてきた新型「フェアレディZ」が、いよいよ公道を走りだす。果たしてどんなクルマに仕上がっているのか? MT車とAT車の両方に試乗して確かめた。成熟したベースを生かして
新型フェアレディZの型式名称は「RZ34」。それは先代にあたる「Z34」との連続的関連、すなわちマイナーチェンジを意味する。日産の正式な表明でも、新しいZはそういう立ち位置だ。
が、その関係性は「フォルクスワーゲン・ゴルフ」の5~6型、あるいは7~8型のようなものともいえる。確かにシャシーのベースはZ34ではあるものの、パワー&ドライブトレインの大半や電装アーキテクチャーは別物、部品番号レベルで言えば8割以上が新しいというから、フルモデルチェンジを唱えたところで反論はなかっただろう。が、あえてマイナーチェンジとしたことが、結果的には「スイフトスポーツ」に迫る馬力単価につながってもいる。フルモデルチェンジで認証をやり直すような話だと、こんな値札にはおさまらなかったはずだ。
しかし、マイナーチェンジの理由はそんな打算的なものだけではない。もとを正せば「Z33」時代を源流として、素性も弱点も調べ尽くされたFR-Lプラットフォームも、現代的な知見に沿って手当てを加えればまだまだ戦える。それどころか、成熟した状態を出発点にできるぶん実地での開発にも時間が費やせ、結果として別の骨格よりもいいものが供せる。そんな思惑があったという。それはもちろん、市井のパーツサプライヤーやチューニングショップとて同様だろう。
新しいZのラインナップは標準(フェアレディZ)に「バージョンT」と「バージョンS」、「バージョンST」を加えた4つのグレードで構成されている。スポーツを示すSは走りの装備を充実、ツーリングを示すTは快適装備を充実、そしてSTは両取りの最上位グレードと、このあたりの振り分けは先代と変わらない。ちなみにバージョンSは6段MTのみ、バージョンTは9段ATのみ、ほか2グレードはMTとATの双方から選択できる。全9パターンの外装色はグレードを問わず選べるのがうれしい。
ちなみに標準グレードを軸とする装備の差異は、バージョンSが19インチタイヤ&ホイール、対向4ピストンアルミキャリパーブレーキシステム、機械式LSDを標準装備。バージョンTには本革&スエードファブリックのコンビ内装や両席パワーシート、8スピーカーのBOSEサラウンドシステムが標準装備となる。エンジンやサスは全グレード同じと、至ってシンプルだ。
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405PSをどう受け止めるか?
そのエンジンは、「スカイライン400R」にも搭載されるVR30DDTTユニットで、最高出力405PS/最大トルク475N・mのアウトプットも同じだ。が、エンジン本体はハード、ソフトの両面で見直しを受けている。その最たるところは高速の吸気慣性をバイパスすることでアクセルオフ時の素早い回転落ちを実現するリサーキュレーションバルブの増設だ。加えて振り子ダンパーによるフライホイールの回転振動低減など回転伸びの改善にも手をかけている。エンジンマネジメントも高回転側の伸びを意識して改められた結果は、スペック上では最大トルクの発生回転域がスカイライン400Rより400rpm高回転寄りにシフトしていることに表れているが、実際、フィーリング的には別物に近い変貌を遂げている。
組み合わせるトランスミッションは、米国展開のピックアップ「フロンティア」に採用される9段ATをベースに、1速からのロックアップ制御やDCTの「GT-R」にも匹敵する変速スピードの実現、インプットシャフトのボールベアリング支持化など、Zにふさわしい応答性を実現するとともに、ハウジングのマグネシウム化やオイルパンの樹脂化など、軽量化にも力を注いでいる。6段MTの側も反力を生むスプリングやシフトロッドのガイド形状などをキャリブレーションし、吸い込まれるようなシフトフィールを実現したほか、シフト球の形状も縦方向に微妙な楕円(だえん)化を施して握りやすさを追求するなど、触感的な領域にこだわっている。
前述のとおり、さまざまな知見を折り込みつつ、きっちり固められたシャシーに合わせて組み合わせられるサスは、単筒式ダンパーを前後に採用。シンプルがゆえ微小入力域からのダンピングが素早く立ち上がる特性を生かして、低めの減衰設定で乗り心地側のパフォーマンスも両立するセットアップにしつけてある。開発を指揮した田村宏志ブランドアンバサダーは、「GR86」&「BRZ」より短いホイールベースで405PSを受け止めるアシを構成すべく、今までの日産のスポーツモデルとはちょっと異なる方向性を念頭に置いたという。
いわく、それは“固めないサス”のつくり方だ。パワーが上がるほどにアシを締めて不要な挙動を抑えながら大荷重と大入力に備えて……というルーティンではなく、多少車体が動いてもアシを自由に動かしながらパワーを柔軟に吸収するという方向性。スポーツカー=硬いというステレオタイプの考え方ではなくて、いかに懐深い動きの受け止めができるかというスポーツカーのつくり方もあるということを内外に示すのに、多様性がキーとなるZはうってつけのクルマだったという。
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「これぞ洗練」のパワートレイン
エンジンの始動については、Zだスポーツカーだという類いの高ぶりはない。するんと普通のクルマのようにかかってはしずしずとアイドリングを始める。外の銘柄がどうであれ、日産が騒音規制を真に受けてつくるとこういう感じになるのかとしみじみさせられる。もっとも、昨今のスポーツカーカテゴリーの派手な始動儀式は起き抜けからいきなりリオのカーニバルといった趣で、踊りのお相手としてはこのくらいつつましいほうが日本の日常にはなじむだろうとも思う。
癖のないクラッチをスッとつないで低回転域でギアをポンポンと上げながら走るに、クルマのマナーはきれいに整っている。タウンスピードをイメージしながら高いギアで走ってみると、1200rpmあたりを使いながらの緩い加減速にもエンジンは滑らかに応えてくれる。こういう使い方をしていると前型はちょっと臓物の揺れが大きく現れる傾向があったが、新型ではその癖も軽減されているようだ。
6段MTの改善要素は、変速時のストロークの滑らかさ、ギアの吸い込み感などにしっかりと見て取れる。スポーツカーのインターフェイスとして期待される繊細さが宿ったのがうれしい。一方で新しい9段ATの出来の良さも印象的だ。変速スピードやつながりのダイレクト感などは今までの7段ATとは別物と言っても過言ではない。
エンジンのフィーリングは同系ユニットを積むスカイライン400Rのそれにも増して滑らかだ。高回転域での伸び感も明らかに異なり、7000rpmのレッドゾーン直前までパワーのドロップを感じることなくきれいに吹け上がる。BOSEサラウンドシステム装着グレードでは、運転状況に応じてアクティブにサウンドを演出するエンハンサーが組み込まれており、高音成分が回転上昇とともに生音に重ねられて「クォーン」とキャビンに響き渡る。が、それを持たないグレードでも、メカノイズの高まりやドスの利いたエキゾーストの生音は十分に刺激的だ。
“アシのしつけ”がキーポイント
全開での速さは405PSのスペックに偽りなきもので、国内仕様の180km/hリミッターまではそれこそあっという間だ。そこになんのストレスもなく向かっていく感覚はあまり体験したことがない類いのものだが、その理由は力強く滑らかなエンジンだけではない。パワーを受け止めるアシのしつけがきれいに整えられているからだと思う。
このクラスの馬力を受け止める日産車となると、想像するのはガチッと上屋を支えるバネや太いタイヤ、大きなパワー変動にもしっかり構える高減衰圧のダンパーなどを採用し、多少乗り心地が荒れようがガッツリとしたコンタクト感でもってドライバーに盤石感を伝えていくような骨っぽいキャラクターだ。が、前述のとおりで、新しいZのアシはそれとは方向性が異なっている。
とにかく微小入力域からアシはよく動き、クルマを軽く振ってみてもロールを極端に規制する傾向はない。パワーをかければお尻が沈み、ブレーキを踏めば車体が沈み……というピッチ側の動きもむしろ伸び伸びしているかのようだ。が、初期の動きが大きく感じられてもそこから向こうの踏ん張りがしっかり利いていて、みっちりと粘り抜いてくれることで安心感を担保している。前者が予防の指向なら、こちらは対処の指向という感じだろうか。大げさに言えば酔拳やノーガード戦法を思わせる、高出力対応のサスとしてはかなり大人な味つけでもある。そしてともあれ、乗り心地は抜群にいい。遮音性能も高められており、GTとしての適性も大きく向上していることがわかる。
直近の日産はフットプリントを前後に長いたる形のように使うことでスタビリティーや乗り心地を向上させるというタイヤの使い方を意識しているそうで、設定された純正タイヤにはトレッドにちょっとした工夫が施してあるという。そのかいもあってか、軽いウエットのコンディションで速度をリミッター域まで高めてもまったく不安に思うことはない一方で、ワインディングロードでも滑り出しの兆候がわかりやすい、つまりいつでもクルマが手の内にあるという安心感が前面に現れたセッティングに仕上がっている。
新しいZは、スポーツカーとして一線級のパワーとダイナミクスをしっかり使い切らせる余力を持ちながら、そのピークに至る過程の余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)ぶりに真価があるように感じられた。けんかはできるけどしないみたいな、それこそ代々のZが大事にしてきた世界観であり、同門のGT-Rとの最大の違いでもある。もはや一時受注停止の報まで流れてくる、放っておいても引く手あまたなクルマだが、それでも手に入れられるその時まで、時間をかけて待つかいはあるなと思う。
(文=渡辺敏史/写真=日産自動車/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
日産フェアレディZバージョンST
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4380×1845×1315mm
ホイールベース:2550mm
車重:1590kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:405PS(298kW)/6400rpm
最大トルク:475N・m(48.4kgf・m)/1600-5600rpm
タイヤ:(前)255/40R19 96W/(後)275/35R19 96W(ブリヂストン・ポテンザS007)
燃費:9.5km/リッター(WLTCモード)
価格:646万2500円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:--年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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日産フェアレディZ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4380×1845×1315mm
ホイールベース:2550mm
車重:1600kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:9段AT
最高出力:405PS(298kW)/6400rpm
最大トルク:475N・m(48.4kgf・m)/1600-5600rpm
タイヤ:(前)245/45R18 96W/(後)245/45R18 96W(ヨコハマ・アドバンスポーツV107)
燃費:10.2km/リッター(WLTCモード)
価格:524万1500円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:--年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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