BMW M1000R(6MT)/S1000RR(6MT)
走りの次元が高すぎる 2022.12.25 試乗記 BMWの“走り”の象徴である「M」の名を冠するネイキッドスポーツモデル「M1000R」。パフォーマンスのあくなき追求が生んだ新しいモーターサイクルは、いかなるマシンに仕上がっているのか? スーパースポーツの新型「S1000RR」ともども、その実力を報告する。「S1000R」との違いはあまりに大きい
四輪のBMWでは古くからリスペクトされ、しかし二輪では、これから存在感を増していくことになるハイパフォーマンス仕様が、「M」の名を持つモデルだ。第1弾となった「M1000RR」は2020年に登場したばかりのスーパースポーツで、次の一手として、この「M1000R」が加えられた。
成り立ちを簡単に記しておくと、BMWは二輪の市販車最速を争うレース「スーパーバイク世界選手権」に参戦すべく、2009年に「S1000RR」を発表した。その外装を取り除き、セパレートハンドルをアップハンドル化したバージョンが「S1000R」だ。これによって速さに特化したフルカウルモデルと、安楽さを優先したネイキッドモデルというラインナップが完成。幾度かのマイナーチェンジとフルモデルチェンジを経た後、それぞれの機能を高めたプレミアムグレードとして、Mの頭文字を持つモデルが追加されることになった。
もっとも、現行のS1000RとM1000Rの間にある差は、「機能を高めた」という表現では収まり切らないほどに大きい。なにせエンジンスペックがまったく異なり、S1000Rの最高出力が165PS/1万rpmなのに対し、M1000Rのそれは210PS/1万3750rpmにもなるのだ。排気量999ccの並列4気筒という形式は共通のまま、実に45PSもプラスされている。もちろん、Mの名を免罪符にして、耐久性や実用性を無視したチューニングを施したわけではない。S1000Rのエンジンとは世代が異なり、シフトカム(可変バルブタイミングの一種)を採用した最新ユニットに換装されているのだ。
スーパースポーツの世界で、最高出力が200PSを超えているかどうかがひとつの境界線になっていたのは、ほんの数年前のことだ。今やこうして、ネイキッドモデルが悠々とその大台を上回り、かつてない次元で覇を競っている。M1000Rも、同時期に発表された格好のライバル「ドゥカティ・ストリートファイターV4 SP2」(1103cc・208PS/1万3000rpm)に対して、2PSの差でマウントをとる格好になった。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
乗ればわかるフロントまわりの安心感
M1000Rの試乗会は、スペインはアンダルシア州アルメリアの郊外で開催された。通常なら、たっぷり1時間は設けられる技術説明の時間はなく、市街地では速度をちゃんと落とすこと、走行距離は300km弱であること、その間に2カ所で撮影を予定していることが告げられたのみ。細かいことは抜きにする姿勢が最後まで貫かれ、懇切丁寧、慇懃(いんぎん)丁重な「らしさ」はみじんもなかった。一体、ドイツ人はいつからそんなにイタリア人化したのか。
もっとも、事前情報を与えず、先入観も持たせない、この「走ればわかるさ」スタイルはとてもよかった。M1000Rのスタンダードグレード(上位グレードとして、「Mコンペティションパッケージ」がある)で出発してほどなく、道路に設置されたスピードハンプをいくつか乗り越える場面があったのだが、その凸と凹のいなし方を体感した瞬間、仕上がりのよさを確信。出発してからほんの数百メートルで、「あぁ、これはいいバイクに違いない」と信じられ、あとはひたすらスロットルを開けられる環境を堪能した。
それにしても、S1000Rにはあったフロントまわりの軽さがない。軽快なのか、軽薄なのか、どちらとも受け取れるギリギリの領域にあった接地感は明らかに安定方向に振られ、タイヤがしっとりと路面をつかむ。新しくなったステアリングダンパー(10段階の調整式)、少しずつ増大したホイールベースとトレール量、10mm前方にオフセットされたハンドルバーもそれを後押しする。
コーナーでもその印象は変わらない。リーンしていく時の手応えが常に一定で、深まるバンク角に対して、フロントタイヤがきれいに追従。微妙な、そして絶妙なアンダーステア傾向が保たれ、旋回中でも車体を起こしたり、寝かせたりの自由度が高い。見通しのいいコーナーなら思い切った入力で必要な旋回力を引き出せばよく、奥で曲率が増すブラインドコーナーに遭遇した時は、さらなるひと寝かせで帳尻が合わせられる。そうしたフレキシビリティーの高さが大きな魅力であり、強い武器になっている。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
スロットルをためらうことなく開けられる
そしてもうひとつ。M1000Rを語るうえで欠かせない大きなアイデンティティーが、サイドパネルから張り出した空力パーツだ。BMWが「Mウイングレット」と呼ぶそれは、フロントフォークの落ち着き、加速時のウイリー抑制、高速走行時のハンドリングに貢献する。車速ごとのダウンフォース発生量は、100km/hで2.2kg、160km/h で5.7kg、220km/h で10.8kg、280km/h で17.4kgを公称。とりわけサーキットにおけるスタビリティーの高さは、S1000Rとはまったくの別ものだった。
今回、試乗コースのひとつに設定されたアルメリアサーキットは、大きなアップ&ダウンと高速S字を組み合わせた区間がある。サスペンションのストローク量と姿勢の変化が大きく、フロントの信頼性がカギを握るレイアウトだ。そこでM1000Rは、終始高いロードホールディング性能を披露。S1000Rならステアリングが小刻みに振れ出すようなシチュエーションでも、タイヤのグリップが希薄にならなかった。ウイングレットは昨今のトレンドではあるが、その効果が明確に体感できたのは、実はこのM1000Rが初めてである。
ワインディングロードでもサーキットでも、いかに狙ったラインを外すことなく走れるか。今回の試乗では、常にそうした「コーナー攻略」に集中できたわけだが、その最中にはM1000Rの最高出力が210PSもあることは、すっかり忘れていた。2次減速比がショートになり、さらに4速~6速の間がクロスされ、加速力が強化されているにもかかわらず、スロットルを開けることをためらわせないのだ。
これはもう、ひとえに車体とエンジンに張り巡らされた電子デバイスのおかげにほかならない。ライディングモードは、「レイン」「ロード」「ダイナミック」「レース」の4パターンを基本とし、その選択に応じて、エンジンパワー、スロットルレスポンス、トラクションコントロール、エンジンブレーキ、コーナリングブレーキ、ウイリーコントロール、サスペンションダンピング……といったあれこれの制御が刻々と変化する。さらに、その介入度合いや強弱を個別に設定できるモードもあるが、これについては、ほとんどの人はロードの一択でも構わないだろう。それひとつでストリートの渋滞路からロングストレートを持つサーキットまでまかなえるほど、カバー範囲は広い。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
マイナーチェンジと呼ぶにはあまりに大きな変化
この日、かなりのアベレージスピードで一日を過ごし、ありとあらゆる路面状況を試すことになった。その間、M1000Rはヒヤリとするような挙動を示すことは一度もなく、さりとて退屈するような時間も一時もなかった。常に乗り手が車体をコントロールしている感覚が得られ、同時にその万能さは、数あるスポーツネイキッドのなかで一歩リードしている。高い質感がもたらす所有欲、軽さ(装備重量199kg)がもたらす「手の内感」も申し分なく、ひとつやふたつは無理にでも挙げたくなるマイナス要素が見つからない。包容力と刺激が巧みにミックスされた出色の出来栄えだった。
日本では果たしてどうなのか? 国内導入時期や価格、仕様の差異は未発表ながら、欧州におけるデリバリーは2023年2月くらいとのことなので、正式なリリースを楽しみに待ちたい。
さて、M1000Rに試乗した翌日、同じく2023年モデルとしてリリース予定の新型S1000RRにも乗ることができた。こちらはいわゆるマイナーチェンジではあるが、変更点は大小多岐にわたる。
- 最高出力の向上(207PS → 210PS)
- ウイングレットの装備
- 開口部を設けたフレームによる柔軟性の向上
- キャスター角変更など、ディメンションの最適化
- アジャスト機能が追加されたスイングアームのピボット
- スライドコントロールの追加
- ブレーキスライドアシストの追加
- リチウムイオンバッテリーの採用
- Mブレーキキャリパーの装備
- 2次減速比のショート化
これらが主だった部分で、電子デバイスの改良や各種パーツのデザイン変更、ユーティリティーの向上なども加わる。
M1000Rと同様、やはり目につくのはウイングレットの標準装備だ。そのダウンフォース発生量は、4.3kg(150km/h)、7.6kg(200km/h)、11.9kg(250km/h)、17.1kg(300km/h)というもので、実際の機能もさることながら、スタイリング面でもすごみを利かせる。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
1日ですべてを理解するのは不可能
S1000RRは、サーキット限定で試乗することができた。すべての車両は、ブリヂストンのスリックタイヤ「レーシングバトラックスV-02」に履き替えられ、ここでも特に技術解説はない。左コーナーが極端に少ないレイアウトゆえ、タイヤ左サイドの温まり具合には気をつけるように。それくらいの伝達事項でコースへと送り出された。
ここでS1000RRが見せた振る舞いは、ごく簡単に言うならM1000Rの特性をそのまま引き上げたものである。バンク角の深さ、そこに至るまでのレスポンスとスタビリティー、トップスピード付近での接地感と空力など、どこを切り取っても限界値がひとまわりずつ高く、それでいて右手をためらわせるような暴力性はない。ひとつ指摘するなら、フルブレーキング時にフロントからジャダーが発生しやすかった程度だ。
電子制御も素晴らしく、「ABSプロ」は5速・280km/h超の速度域から一気に2速までシフトダウンし、ブレーキレバーをかなり握り込んだままターンインするような操作を、たやすく感じさせるほど見事にサポート。ブレーキングドリフトを許容する新機能「ブレーキスライドアシスト」が介入するような領域には至れなかったものの、新型S1000RRの頼もしさの一端は垣間見ることができた。
これまでどおり、S1000RRにはオプションパーツやそれらをパッケージにしたメニューも豊富に用意されるはずだ。組み合わせ次第ではよりシャープなハンドリングに仕立てることも可能とあれば、その奥底はなかなか見えそうにない。BMWに限らず、エンジンスペックとそれを生かす電子デバイスがこれほど高い次元にあると、1日の試乗で体感できることなど浅瀬で遊ぶ程度にすぎない。国内導入の折には、日本ならではの環境と速度域でどんなパフォーマンスを発揮するのか、あらためて、じっくりと検証したい。
(文=伊丹孝裕/写真=BMW/編集=堀田剛資)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
BMW M1000R
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2090×812×--mm
ホイールベース:1450mm
シート高:840mm
重量:199kg(DIN空車重量、燃料満タン)
エンジン:999cc水冷4ストローク 直列4気筒DOHC 4バルブ
最高出力:210PS(132kW)/1万3750rpm
最大トルク:113N・m(11.5kgf・m)/1万1000rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:6.4リッター/100km(約15.6km/リッター、WMTCモード)
価格:--円
拡大 |
BMW S1000RR
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2073×846×--mm
ホイールベース:1457mm
シート高:824mm
重量:193kg(DIN空車重量、燃料満タン)
エンジン:999cc水冷4ストローク 直列4気筒DOHC 4バルブ
最高出力:210PS(132kW)/1万3750rpm
最大トルク:113N・m(11.5kgf・m)/1万1000rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:6.4リッター/100km(約15.6km/リッター、WMTCモード)
価格:--円

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。
-
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】 2025.12.2 「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。
-
ランボルギーニ・テメラリオ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.29 「ランボルギーニ・テメラリオ」に試乗。建て付けとしては「ウラカン」の後継ということになるが、アクセルを踏み込んでみれば、そういう枠組みを大きく超えた存在であることが即座に分かる。ランボルギーニが切り開いた未来は、これまで誰も見たことのない世界だ。
-
アルピーヌA110アニバーサリー/A110 GTS/A110 R70【試乗記】 2025.11.27 ライトウェイトスポーツカーの金字塔である「アルピーヌA110」の生産終了が発表された。残された時間が短ければ、台数(生産枠)も少ない。記事を読み終えた方は、金策に走るなり、奥方を説き伏せるなりと、速やかに行動していただければ幸いである。
-
ポルシェ911タルガ4 GTS(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.26 「ポルシェ911」に求められるのは速さだけではない。リアエンジンと水平対向6気筒エンジンが織りなす独特の運転感覚が、人々を引きつけてやまないのだ。ハイブリッド化された「GTS」は、この味わいの面も満たせているのだろうか。「タルガ4」で検証した。
-
ロイヤルエンフィールド・ハンター350(5MT)【レビュー】 2025.11.25 インドの巨人、ロイヤルエンフィールドの中型ロードスポーツ「ハンター350」に試乗。足まわりにドライブトレイン、インターフェイス類……と、各所に改良が加えられた王道のネイキッドは、ベーシックでありながら上質さも感じさせる一台に進化を遂げていた。
-
NEW
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。 -
NEW
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった
2025.12.4マッキナ あらモーダ!1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。 -
NEW
あの多田哲哉の自動車放談――ロータス・エメヤR編
2025.12.3webCG Movies往年のピュアスポーツカーとはまるでイメージの異なる、新生ロータスの意欲作「エメヤR」。電動化時代のハイパフォーマンスモデルを、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんはどう見るのか、動画でリポートします。 -
タイで見てきた聞いてきた 新型「トヨタ・ハイラックス」の真相
2025.12.3デイリーコラムトヨタが2025年11月10日に新型「ハイラックス」を発表した。タイで生産されるのはこれまでどおりだが、新型は開発の拠点もタイに移されているのが特徴だ。現地のモーターショーで実車を見物し、開発関係者に話を聞いてきた。 -
第94回:ジャパンモビリティショー大総括!(その3) ―刮目せよ! これが日本のカーデザインの最前線だ―
2025.12.3カーデザイン曼荼羅100万人以上の来場者を集め、晴れやかに終幕した「ジャパンモビリティショー2025」。しかし、ショーの本質である“展示”そのものを観察すると、これは本当に成功だったのか? カーデザインの識者とともに、モビリティーの祭典を(3回目にしてホントに)総括する! -
日産エクストレイルNISMOアドバンストパッケージe-4ORCE(4WD)【試乗記】
2025.12.3試乗記「日産エクストレイル」に追加設定された「NISMO」は、専用のアイテムでコーディネートしたスポーティーな内外装と、レース由来の技術を用いて磨きをかけたホットな走りがセリングポイント。モータースポーツ直系ブランドが手がけた走りの印象を報告する。

































































