フェラーリ296GTS(MR/8AT)
最上のぜいたく 2023.08.29 試乗記 フェラーリの新時代を担う、プラグインハイブリッド(PHEV)のスーパースポーツ「296」シリーズに、オープントップの「296GTS」が登場。粛々とした電動走行も、快音を奏でての走りも楽しめるこのクルマの二面性を、よくできたハードトップを全開にして堪能した。2つの耐久レースで挙げた勝利
今年100周年を迎えたルマン24時間レースでは、同年より世界耐久選手権に参戦するフェラーリが「499P」で総合優勝を遂げた。前回の総合優勝が1965年の「250LM」……とあらば、58年ぶりの勝利ということになる。
その報の陰に隠れてしまった感もあるが、実はフェラーリ、今年のニュルブルクリンク24時間レースでも「296GT3」が総合優勝を果たしている。ドイツ車の総本山ともいえるその場所、そしてその催しでの跳ね馬の総合優勝は、初めてのことだ。
と、この2つの勝利に絡んでいるのが、「296」というわけである。ニュルの優勝車はその名が示すとおり、「296GTB」をベースに電動パワートレイン部を撤去した「F163CE」ユニットを用いている。そしてルマンの優勝車が搭載するのも、同じF163CEの基本設計をもとに、ストレスメンバーを兼ねる構造としてアーキテクチャーを変更した120°バンクの3リッターV6ユニットだ。
ともにデビューイヤーだというのに、勘どころの24時間耐久レースで最高の結果を示す。こんなムシのいいシナリオは当のフェラーリもさすがに描いていなかったのではないだろうか。特にカスタマーレーシングのカテゴリーでただならぬ速さをみせた296GT3は、今後間違いなく導入するレーシングチームが増えるだろう。
というわけで、今回試乗したのはその296ファミリーの最新モデルとなるGTS、つまりスパイダーだ(参照)。上屋はエンターテインメント性の高い仕様でありながら、試乗車にはクローズドでのスポーツ走行などを想定したパッケージオプション「アセットフィオラノ」が組み込まれていた。1960年代を中心に、イギリスのフェラーリ販売店にしてレーシングチームを運営していた「マラネロコンセッショネアーズ」の車両カラーリングをイメージした水色のリバリーは、アセットフィオラノのみがまとえるオプションで、ステッカー的なものではなく、赤い車体色と平滑につながるペイントで仕上げられている。
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ハイブリッドならではの動力特性
パワートレインのメカニズムは296GTBと同じだ。一次振動を相殺する120°バンクで構成された3リッターV6ユニットは、バンク間にツインターボをレイアウトし、単体では最高出力663PS、最大トルク740N・mを発生。このユニットと8段DCTの間に167PS、315N・mのモーターを組み合わせ、クラッチ制御で電動走行やハイブリッド走行をマネージする。シート背後に搭載するリチウムイオンバッテリーの容量は7.45kWhで、モーターのみでの最高速は135km/h、距離にして最長25km程度の電動走行が可能だ。
屋根の開閉は「F8スパイダー」と同様、2分割のルーフパネルを重ねるように後方に収める仕組み。開閉に要する時間は約14秒、車速が45km/h以下なら走行中でも開閉が可能と、このあたりのスペックもF8スパイダーと同じだ。クローズド時は2つのバットレスがミドシップフェラーリらしいトンネルバックスタイルを形成。スタイリングのモチーフとなっただろう「250LM」に、ますます近づいて見えるのが憎らしい。ちなみに、このバットレスに潜ませるかたちで充電ポートと給油口が配されるのも、296GTSのデザインコンシャスなポイントだ。
ちなみにGTSの重量はGTBより70kg重い。が、0-100km/h加速は2.9秒とどちらも同じだ。これが0-200km/h加速になると7.6秒と0.3秒遅くなる。あまり見慣れない数値の差分が、このクルマがハイブリッドであることを物語っている。モーターの押し込みが強力に利く発進領域では、タイヤが音を上げない限り、多少の重量差はなきものにしてしまうということだ。ちなみに最高速はともに330km/h以上と発表されている。
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段差を越えてもミシリともいわない
試乗で興味深かったことのひとつは、果たしてアセットフィオラノがどういった乗り味をみせてくれるのかということだった。以前、296GTBのそれは海外のサーキットで体感しているが、オープンロードで乗るのは今回が初めてだった。
フェラーリ自ら「クローズドコースの走行を想定」と言っているだけあって、街乗りではさすがに路面アタリは硬い。フラットな路面の転がり感は雑みがなく、むしろスタンダードよりも気持ちいいかもと思わせるが、マンホールや目地段差、小さな凹凸やささいなひび割れなど、路面に現れるギャップを逐一伝えてくる。入力にとげとげしさはないが、突き上げなどの動きは大きく、ピッチやロールが収まってくるのは完全に高速域という案配だ。タイヤの銘柄も影響しているとは思うが、かつての「フィオラノハンドリングパッケージ」あたりに比べると、歴然と戦闘的なセットアップとみて間違いない。加えてノーズリフターが非装着になるなど、日常面での面倒も背負うことになる。ガチのスポーツドライビング志向でもない限りは、標準仕様のサスセットでも大半のニーズは満たしてくれることは頭に入れておくべきだろう。
と、ここまでパッツリと引き締まった足まわりをものともせず、ねじれる気配も感じさせない屋根開きボディーの剛体ぶりにはちょっと驚いた。天板を閉じる際に窓枠のアンカーとかみ合う際の、軸ブレのない精度感などは、往年のメルセデスやポルシェのドアを思い起こさせる。システム出力830PSという強烈な火力を抱く器として、まったく不安のない仕上がりだ。
プレーンなスタイリングの裏に隠された数々の空力的仕掛けはほぼそのまま。加えてアセットフィオラノでは、フロントバンパーインサートの端がカナード形状に変更されている。ここで発せられる乱流がホイールハウス内の空気を抜き出し、ダウンフォースを高める効果が見込まれる仕掛けだ。これらの効果も加えてのダウンフォース総量は、250km/h時点で360kgと、296GTBとピタリ同じになっている。
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よりクリアに味わる「296」ならではの快感
加えて、120°バンクによって低重心化されたエンジンや、車体中央に重量物を寄せるパッケージなども相まってだろう、296GTSのぺたーんと張り付くように走る高速域での安定感は、V8時代のピッコロフェラーリとは一線を画している。キャビンにいての収まりのよさや視界にクセがないのは、かねてからのフェラーリの特徴だが、そこにこの落ち着きのよさが加わると、いよいよGT的な適性が際立ってくる。
フェラーリ自ら小さなV12のようだとうたうV6ターボのフィーリングは、まんまお見事ですとはさすがに言えずとも、気持ちよさでV8ターボ時代のそれを上回るかもしれない。低回転域では爆発感を適度に伝えながら、高回転域に向けてピィーンと芯がそろっていく摺動の感触や、8500rpmのレッドゾーン手前まで息絶えないパワーの伸びに、エンジン屋としてのフェラーリの巧者ぶりを思い知らされる。そしてなによりスケベだなあと思うのは、絶妙なサウンドのしつけだ。ターボ付きのV6を物量によらず、よくもこれほど聴かせる音にするもんだと頭を垂れるしかない。
その恍惚(こうこつ)のサウンドを用途次第でアリにもナシにも使い分けられるというのが、このクルマの現代性だろう。モーターでしずしずと街場を流すもよし、ワインディングロードで快音に浸るもよし。手元のスイッチひとつでその両極的な臨場感をさらに高められるのが、296GTSの“S”たるゆえんだ。ぜいたくは蜜の味という言葉をかみしめさせられる。
(文=渡辺敏史/写真=山本佳吾/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
フェラーリ296GTS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4565×1958×1191mm
ホイールベース:2600mm
車重:1540kg(乾燥重量)/1730kg(車検証記載値)
駆動方式:MR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:663PS(488kW)/8000rpm
エンジン最大トルク:740N・m(75.5kgf・m)/6250rpm
モーター最高出力:167PS(122kW)
モーター最大トルク:315N・m(32.1kgf・m)
システム最高出力:830PS(610kW)/8000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 91Y/(後)305/35ZR20 104Y(ブリヂストン・ポテンザ スポーツ)
燃費:6.5リッター/100km(約15.4km/リッター、WLTPモード)
価格:4150万円/テスト車=--万円
オプション装備:ボディーカラー<ROSSO CORSA>/レーシングカラーリング アセットフィオラノ<BLUE ELETTRICO>/フィオラノパッケージ/鍛造ホイール<ブリリアントシルバー>/アルミニウムカラーブレーキキャリパー/チタニウムホイールボルト/スクーデリア・フェラーリ フェンダーエンブレム/カーボンファイバーアンダーカバー/カーボンファイバーリアディフューザー/カーボンファイバーフロントバンパーインサート/カーボンファイバートランクカバー/カーボンファイバーエンジンカバー/アダプティブフロントライトシステム/フロントパーキングセンサー/ブラックセラミックテールパイプ/インテリアカラー<NERO 8500[BLACK]>/カーペット<ブラックレザー/アルカンターラ[ロゴ入り]>/シートストリップ カラーアルカンターラ/スペシャルデザインシート/レーシングシートリフター/カーボンファイバーダッシュボードインサート/カーボンファイバーダッシュボードストリップインサート/カーボンファイバーアッパートンネルトリム/カーボンファイバーステアリングホイール+パドル+LED/カラードスペシャルステッチング<ROSSO[RED]>/アルカンターラダッシュボードインサート/カラーアルカンターラインテリアインサート/スマートフォンワイヤレスチャージャー/Apple CarPlay/キー・カーボンファイバーケース
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:2075km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:267.0km
使用燃料:32.7リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.2km/リッター(満タン法)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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