ロータリー復活! マツダはなぜロータリーエンジンを続けるのか
2023.09.21 デイリーコラム11年以上ぶりの復活
先日発表された「MX-30ロータリーEV」(参照)は、その名のとおり、ロータリーエンジン(RE)を搭載する。しかも、その「8C」型ユニットは、既存のA型やB型とはまったく別系統の新開発エンジンだそうだ。
1960~1970年代に“夢のエンジン”としてもてはやされたREだが、それを継続販売できる商品としてモノにしたのは、世界でマツダだけだった。ただ、REは燃費や排ガスの性能では不利な部分が多く、マツダをもってしても「RX-8」が2012年6月に生産終了して以降、これまで新たなRE車は世に出ていなかった。
というわけで、今回のロータリーEVはじつに11年以上ぶりのRE復活になるわけだが、かつてとは異なり、REが発電に徹するシリーズハイブリッドだ。さらに、外部から満充電すれば100km以上のEV走行も可能なプラグインハイブリッド車(PHEV)でもある。
RE本来の特徴は“コンパクトで高出力”なことであり、PHEVのような複雑なシステムに使うには、そのコンパクトさがメリットになると考えられる。いっぽうで、燃費や排ガス面でのデメリットは、発電用エンジンとして効率のいい回転域(ロータリーEVで日常的に多用される回転数は2300rpm前後、最高回転は4500rpm強とか)に限定することで、ある程度はおぎなえると見積もっているのだろう。
ただ、現実には同じシリーズハイブリッドである日産の「e-POWER」に使われるエンジンと比較しても、今回のREがとくに高性能ともいえない。MX-30ロータリーEVが搭載する8C型の最高出力、最大トルクは71PS、112N・m。対してe-POWERの「ノート」が搭載する1.2リッター3気筒は82PS、103N・mと大差ない。エンジン単体ではREのほうがコンパクトかもしれないが、e-POWERもコンパクトカーのエンジンルームにきれいにおさめられている……。
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ロータリーは“理屈じゃない”
MX-30ロータリーEVは大容量バッテリーを積むPHEVなので、クルマそのもののピーク動力性能値はエンジン性能に依存するものではない。ただ、前記のエンジン単体性能に加えて、WTLCモードで15.4km/リッターというハイブリッド燃費も含めて、性能的な物足りなさがあるのは否めない。エンジニアでもない素人の筆者などは「マツダのエンジン技術なら、レシプロエンジンの『SKYACTIV-G』のエンジンを使ったPHEVをつくったほうが、より高い性能が得られたのでは?」と思ってしまうのも正直なところだ。
今回の取材時にはRE開発陣がプレゼンテーションをおこなってくれたのだが、その冒頭では「私たち(マツダ)は世界で唯一の量産REの開発をおこなっています」「私たちが歩みを止めれば、REの進化は止まります」、そして「全世界に何万人といるレシプロエンジンの開発者を相手にして、私たちは最高のREをつくりたい。いやつくるべき」といった開発チームの思いのたけが紹介された。また、先日インタビューをお送りしたMX-30の開発主査も「マツダの門をたたく大半の技術者の入社理由が、今もなお“ロータリーをやりたい”なのです」と語っていた。
つまり、マツダにとってのREは“理屈じゃない”ものがあるのだろう。REはマツダの顔であり、ファンの心のよりどころであり、ルマンを制した栄光の歴史であり、社員の士気を上げる求心力でもある。その存在価値は、性能や経済性だけでは測れない。
また、この11年間、RE車こそ生産されなかったが、「RX-7」や「ユーノス・コスモ」、RX-8などが積んでいた「13B」型の部品は、月間200~400台分の規模で生産されてきたという。RE部品には手作業による職人技を必要とする部分も少なくなく、その技術継承も大切だそうである。
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最新技術を盛り込んで白紙から開発
MX-30ロータリーEVに搭載される8C型は、レシプロエンジンのボア×ストロークに相当するローター幅×創成半径がまったく新しいだけでなく、量産REとしては初の1ローターエンジンでもある。
加えて、現代にREをよみがえらせるべく、これまでにない新技術も多く盛り込まれている。そのひとつが“直噴化”だ。直噴は現代に求められる低燃費・低排ガス化には欠かせない技術だが、レシプロとはまったく異なる燃焼室形状のREでは、これまでのノウハウが使えなかったという。
それに加えて、ローターとハウジングを潤滑するために、エンジンオイルを燃焼室内に直接噴射するREならではの構造的特徴も問題となった。REをただ直噴化すると、噴射した燃料でオイルが洗い流されてしまう。そこで最新技術で燃焼室内の燃料とオイルの動きを可視化。さらにシミュレーション技術によって、燃料とオイルが干渉しない噴射位置や条件を模索したという。
さらに現代では“軽量化”も欠かせないが、今回は量産REとしては1967年発売の初代「コスモスポーツ」以来となるアルミサイドハウジングを採用した。REのサイドハウジングは、ローターのサイドシール(焼結合金)が「まるで包丁のように、表面をこすって動く(開発エンジニア)」ために、耐摩耗性が重要なのだという。なので、2代目以降の量産REのサイドハウジングはずっと鋳鉄が使われてきた。
しかし、今回のサイドハウジングは、あの1991年のルマン優勝車と同様の「セラミック溶射」を、高速フレーム法を用いることで量産化に成功したという。高速フレーム法とは粒子を超高速でぶつけることで被膜をつくる工法だ。ルマン用REで使っていた「ガス爆発式溶射」は騒音や効率などの問題で、量産には不向きだったそうだ。
このサイドハウジングのアルミ化だけで、8C型は15kgもの軽量化を実現したという。
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史上初ずくめREの味わいとは?
8C型の技術的ハイライトである燃料の直噴化もアルミサイドハウジングも、この2023年現在の最新の可視化技術、解析技術、シミュレーション技術、そして最新の工法がなければ実現できていなかったものである。
MX-30ロータリーEVについて、資料や諸元表から知ることができる性能や価格は、ただ数字として見ると、いくつか物足りない面があるのは事実だ。
しかし、今回の取材で、クリーンな陽圧室(内部気圧を外より高めることで、ホコリなどの侵入を防ぐ)内で1基ずつハンドメイドされる生産現場を見せられると、純粋に心躍るのも事実。ローターの気密性のキモとなるアペックスシール、コーナーシール、サイドシールという3つのシールを組み付けたときの滑らかな動きや、それを支えるスプリングの反発力は、いまだに職人の感覚に頼るところが大きいという。
また、これまで紹介した開発陣の熱いコメントを直接うかがっても、マツダにとってのREはやはり、理屈を超えた存在であることがヒシヒシと感じられる。
あとは、記念すべきRE復活1号車となるMX-30ロータリーEVに、“理屈じゃない”というほかない魅力や味わいがあることを期待したい。ちなみに振動の少なさもREの特徴のひとつだが、1ローターであることだけでなく、モーターや発電機と同軸の“横置き”であることも、マツダのREとしては史上初という。発電専用、横置き、1ローター……と史上初ずくめのREはどんな味わいなのだろうか。
(文=佐野弘宗/写真=マツダ、webCG/編集=櫻井健一)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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