第272回:まさか夢にも思うまい
2023.11.27 カーマニア人間国宝への道芸能界には無知だが軽ハイトワゴンには詳しい
私が芸能界について何も知らないと聞きつけた人が、こう尋ねてきた。
「NHKの『ブギウギ』の主演のコ、誰と誰の子だか知ってる?」
NHKしか見ない私だが、『ブギウギ』はNHKなのでちらっと見たことがある。
「あの小柄だけどパワフルそうなコでしょ。あのコ、有名人の子なの?」
これは知るわけないなと察した相手は、すんなり正解を教えてくれた。
「伊藤 蘭と水谷 豊だよ」
「ええ~~っ! 伊藤 蘭と水谷 豊って夫婦だったの~~~っ!?」
かように芸能界に無知な私だが、軽ハイトワゴンについてはかなり詳しい。なにしろ2022年に「ダイハツ・タントスローパー」(介護車両)を買っている。タントを選ぶにあたっては、詳細にライバルと比較のうえ決定した。だからライバルについても詳しい。
タントを選んだ決め手は、以下の2点だった。
1:DNGAのシャシーが素晴らしく、軽ハイトワゴンのなかで最もハンドリングがいい。
2:介護車両に唯一オシャレな2トーンカラーの設定がある。
販売台数ナンバーワンは「ホンダN-BOX」だが、ハンドリングはタントが上! タントを選んだのはカーマニアの意地と良識の発露だった。
しかしこの度、N-BOXがフルモデルチェンジを受けた。うわさによれば、新型はすべての点で先代を上回っているという。タント危うし! なのか?
そんな時、担当サクライ君からメールがあった。
「新型N-BOXにお乗りになりますか」
「乗る乗る~!」
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このクルマはすごい!
わが家にやってきたN-BOXの顔を見て、私は軽く落胆した。「カスタム」だったからだ。
新型N-BOXのデザインは、初代への原点回帰で大変好ましいが、カスタムはカーマニア的に評論の対象外。私のような正統派カーマニアは、カスタム系のスタイリングを憎んでいる。なかでもマイチェン後の現行「タント カスタム」を強く憎んでいる。新型N-BOXカスタムはそうでもないが、ノーマルのほうが好ましいことは言うまでもない。
オレ:カスタムだね。
サクライ:カスタムです。
オレ:ってことは「ターボ」?
サクライ:ターボです。
オレ:300万円コース?
サクライ:確かオプション込みで240万円くらいだったと思います。
高い。あまりにも高い。軽はノンターボが王道だ。しかしまず頂点を知るのも悪くない。私は新型N-BOXカスタム ターボを発進させた。そして恐るべきことに気づいた。
オレ:サクライ君、このクルマはすごいね!
サクライ:ですよね。
オレ:アクセルとブレーキが節度感満点で、とってもコントロールしやすいよ!
サクライ:ですよね。
オレ:それにものすごく静かだよ! ウチのタント、アイドリングストップからの復帰のとき、キュルキュルって音がすごく耳障りで、常にアイドリングストップを切ってんだけど、N-BOXはぜんぜん気にならないよ!
サクライ:遮音性が高いですよね。
オレ:ハンドリングもイイ! DNGAのタントに追いついてる!
サクライ:そうですか。
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首都高でポルシェを追い回す
このクルマ、何かに似ているなと思ったが、それは「最善か無か」時代のメルセデス・ベンツ。例えばW124だった。
軽ハイトワゴンは主に一般ピープルが乗る。アクセルやブレーキはカルカルなほうがウケるはずだ。しかしN-BOXのペダルフィールは重厚そのもの。エンジンサウンドも重厚で色気がなく、「最善か無か」時代のメルセデス的だ。すべてが最善を求めてつくられている。ナンバーワンだけに許される良心のクルマづくりだ。
私はN-BOXカスタム ターボで首都高を走りながら、完膚無きまでにたたきのめされた。
その時、イナズマのように左側から追い越していったクルマがいた。「ポルシェ911」だった。
オレ:あれは992型?
サクライ:いえ、991型の「カレラ4」系ですね。
オレ:さすが詳しいね!
サクライ:ええ。カーマニアですから。
わがタントの自慢。それは、「首都高でポルシェを追い回せるハンドリング」だ。N-BOXカスタム ターボならポルシェをブチ抜けるかもしれん。
私はポルシェに食らいついてフル加速した。ポルシェはすぐ前車に詰まり、やすやすと追いつくことができた。そこからは「追い回す」態勢である。ただクルマの流れに乗って走っているだけともいえるが、私は間違いなくポルシェを追い回した。一瞬、コーナーでインを差せそうな場面もあったが自制した。あっぱれ新型N-BOXカスタム ターボ。
こんな時代に、まさか「最善か無か」にお目にかかれるとは。こんなクルマを国民車にできる日本の一般ピープルはシアワセだ。彼らは、まさか自分がW124に乗っているとは夢にも思うまい。私が伊藤 蘭と水谷 豊が夫婦だとは夢にも思わなかったように。
(文=清水草一/写真=清水草一、webCG/編集=櫻井健一)
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清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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