丸いハンドルはなくなるのか?
2024.01.09 あの多田哲哉のクルマQ&A最近のコンセプトカーを含め、多くの次世代車には操縦かん型のハンドルが付いています。これまで常識だった「丸いステアリングホイール」は、スタンダードではなくなりますか? 「いずれはこうなる」という形は見えているのでしょうか。
「ハンドルは丸(真円)じゃなくてもいいだろう」というのは、私も考えたことがあります。20年前、トヨタで2代目「ラウム」の開発を統括した際には、まさにそれを世に問いたいと思い、楕円(だえん)ハンドルを採用しました。
ステアリングホイールについては、そもそも丸型でなければならないという確固たる理由はないのです。なんとなく、ずーっと丸になっていたというのが実情で、最近は各社が個性的なデザインのものを提案するようになってきたわけですが、これは単にカタチの話ではありません。最も重要な目的はステア・バイ・ワイヤ(電気信号で操作するステアリングシステム)への移行であり、いまはまさに、規制が変わってその搭載車が量産されようとしている段階なのです。
ステアリングが電子化されると、いいことがたくさんあります。運転席まわりの設計の自由度が格段に上がり、デザインや使い勝手はもちろん、ハンドリング、つまり操縦安定性についても“思いのまま”になります。
例えば? ドライバーの余分な(好ましくない)入力を伝えないようにしたり、ステアリングの切りはじめで早めに舵を動かしてクルマの応答性をアップさせたり……本当にさまざまなことが可能になるのです。クルマの乗り味が大きく変わる技術であり、エンジニアにしてみれば、まさに夢のような話です。
かつてスロットル・バイ・ワイヤが実現した際は、「アクセルをケーブル経由で操作しないなんて、危険性はないのか?」などと異論反論があったものですが、いまでは常識ですよね。ステアリングのバイ・ワイヤも、航空機の世界では既に常識(フライ・バイ・ワイヤ)。同様に、クルマでも当たり前になるでしょう。
それに付随して「ステアリングホイールの形はどうあるべきか」という議論になるわけですが、そもそも、ハンドルが付いている必要すらなくなります。ゲーム機のようなボタンやスティックでもいいのです。
私自身は車両開発の場において、実際にジョイステックで運転した経験があるのですが、そこからわかったのは「(スティックやボタンに触れるのではなく)ああいうハンドル形状のものに両手でつかまっていると、ドライバーは安心感が得られる」という事実でした。たとえ4点式シートベルトで体をしっかり固定しても、ボタン操作で運転していると不安でたまらないですね(笑)。
操舵に関するインターフェイスの競争は、まさに始まるところです。丸型には、リム上辺がメーターにかぶるとか、リム下端が乗り降りの邪魔になるといったネガもありますから、これに限られることはなくなるでしょうが、多様化されるなかでのひとつの選択肢として、丸もまた残るでしょう。
どんな形がスタンダードになるかは結局、ユーザーとその使用シーンで決まっていくものと思います。どういう展開になるか、私自身、楽しみです。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。