フェラーリへ電撃移籍! F1の7冠王者ハミルトンに何が起こったか?
2024.02.16 デイリーコラムハミルトン、“2度目の”電撃移籍
ルイス・ハミルトンが2025年にメルセデスからフェラーリに電撃移籍──2024年の開幕戦をおよそ1カ月後に控えた2月1日、F1界を揺るがすビッグニュースが舞い込んできた。
ハミルトンといえば、2023年にメルセデスと契約延長で合意したばかりで、2025年まで在籍することが決まっていた。だが今回、彼は契約の解除条項を駆使し、1年前倒しでチームを離れることを決意。フェラーリと複数年契約を締結したのだ。
メルセデス首脳陣が移籍の知らせを受けたのは正式発表の直前といわれており、シルバーアローにとってはまさに晴天の霹靂(へきれき)。2024年型ニューマシン「W15」を一度もドライブせずに下した決断ということもあり、ショックは大きかったはずである。
とはいえ、ハミルトンの電撃移籍に前例がなかったわけではない。
2007年にマクラーレンの秘蔵っ子としてF1デビューを飾った彼は、2013年にメルセデスへとやってきた。シルバーアローのF1活動は、2010年に55年ぶりに再開されたばかり。当時はレッドブルやフェラーリ、マクラーレンといった「トップ3」からは程遠い中団勢の一角にすぎず、ハミルトンの移籍を疑問視する向きも少なからずいた。
それが、1.6リッターターボ+ハイブリッドの新規定となった2014年になると勢力図が一変し、競争力を増したメルセデスでハミルトンは一時代を築くことになる。メルセデスに在籍した過去11シーズンの戦績は輝かしいもので、歴代最多タイとなる7回のタイトルのうち、メルセデスでは6回を記録。また、この間の222戦で82勝し、通算103勝という歴代最多勝レコードもメルセデスで樹立した。
さらに同チームでのポールポジションは78回を数え、こちらも通算104回という歴代最多記録を更新。ファステストラップは53回、表彰台148回、獲得ポイント数3726.5点と、メルセデスでのハミルトンの無双ぶりは如実に数字にあらわれている。
しかし、最強のタッグも過去2年は低調に終わっていた。2021年最終戦アブダビGP、マックス・フェルスタッペンと同点で迎えたタイトル決定戦に敗れ、前人未到の8冠には手が届かず。翌2022年にグラウンド・エフェクト・カー規定がスタートすると、メルセデスは戦闘力を落とし、以降はレッドブル&フェルスタッペンの一強時代が続いている。デビューから毎年勝ち星をあげていたハミルトンも、この2年はポディウムの頂点に立てていない。
F1は、2026年にパワーユニット、シャシーともにレギュレーションが大幅に変わる。ハミルトンもこうした大変革を見越して、新天地であるフェラーリにキャリア最後の夢を託したのである。
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フェラーリで栄冠を勝ち取るためには
フェラーリがハミルトンを選んだ理由に特段の説明はいらない。相手がチャンピオン経験者、しかも史上最強といっていい実力の持ち主なら是が非でも来てほしいのはどこのチームも同じである。
それに比べ、ハミルトンがフェラーリを選んだ理由はそれほど単純ではない。2025年に40歳となる彼はキャリア終盤を迎えており、再び栄冠を勝ち取るにしても、残された時間は限られているからだ。
チャンピオンとなってからマラネロの門をたたいたドライバーは過去にもいたが、最も成功したのはミハエル・シューマッハーをおいてほかにはいない。彼は1994年、1995年とベネトンで2年連続タイトルを獲得すると、長きにわたり不調にあえいでいたフェラーリに移籍。まだ20代後半だったシューマッハーがようやく3度目のタイトルを手にしたのは、在籍5年目の2000年のことであり、その後は5連覇とフェラーリでの黄金時代が続くことになる。
不惑を迎えるハミルトンにはそれほどの余裕はない。ならばチームとしての今後の伸び代に、ある程度の期待を抱いていないと移籍の決断は下せなかっただろう。フェラーリの2023年を振り返ると、メルセデスにわずか3点差で負けてランキング3位。レッドブルの22戦全勝を阻止した唯一のチームだったものの、勝利数はシンガポールGPでの1回のみ。一方でポールポジションは、シャルル・ルクレール5回、カルロス・サインツJr.2回と一発の速さはあり、課題のレースペースが向上すれば、レッドブルを脅かすポテンシャルを秘めているといえるだろう。
2026年を見据え、ハミルトンが赤いマシンの飛躍に期待していることは言うまでもないが、一方的に期待を寄せるだけではタイトルは狙えない。悲願達成のためには、2007年のキミ・ライコネン以来チャンピオンを輩出できていないフェラーリに“欠けている部分”を埋め合わせる必要がある。チームの総合力だ。
例えば2000年代初頭のフェラーリ黄金時代は、ついシューマッハーの活躍に目がいきがちだが、当時は経営トップのルカ・ディ・モンテゼーモロのもと、ジャン・トッドを監督に据え、テクニカルディレクターのロス・ブラウン、デザイナーのロリー・バーンといったトッププレーヤーそれぞれが力を結集する体制が組まれていた。
ドライバーだけで勝ち続けることができないのは、レッドブルやメルセデスも同じである。ハミルトン移籍のニュースに続き、メルセデスで彼の担当エンジニアを務めてきたピーター・ボニントンらもフェラーリに引き抜かれるのではないかとうわさが絶えないのは、ひとりの逸材だけではタイトルを狙えないということをみな知っているからである。
マネージング能力に定評のあるフレデリック・バスール代表をトップに、フェラーリは組織改変の真っただ中。バスールは、ハミルトンがGP2(現F2)を戦っていたころから付き合いがあり、両者の関係性に不安は見当たらない。“ポールの名手”たるルクレールとハミルトンの2人の強みを引き出し、宿痾(しゅくあ)であるオペレーション上のミスや戦略面の強化を図るためには、高次のチームワークこそ必要不可欠なのである。
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ドライバー市場激変? メルセデスを誰がドライブするか?
いっぽうで、チームの支柱を失うことになるメルセデスは、ハミルトンの後釜に誰を据えるのか? この緊急事態にメルセデスのトト・ウォルフ代表は「焦って決めることではない」と努めて冷静にコメントしているが、ハミルトン並みの大物を呼び寄せることはなかなか難しい。トップドライバーの一部はそれぞれのチームと契約を延長しており、ランド・ノリスとオスカー・ピアストリはマクラーレン残留、3冠王者フェルスタッペンも2028年までレッドブルに残るとされている。
しかし逆を言えば、その他多くのシートは2024年までしか確定していない。変革の年となる2026年を前に、各ドライバーやチームはにらみ合いを続けているからだ。
まず今年26歳になるイギリス人ジョージ・ラッセルは、メルセデスとの契約を2025年まで結んでおり、ジュニアプログラム出身の彼が今後もシルバーアローを背負っていく可能性は十分にある。
そのラッセルとペアを組む相手だが、フェラーリを追われるカルロス・サインツJr.がそのままスライドするという考えもある。これまでキャリア2勝を記録しているスペイン人ドライバーには、メルセデスのみならず、セルジオ・ペレスを押しのけてレッドブル入りすることだってあり得るし、2026年からアウディとなるザウバー(今季から2年間は「ステーク」と呼ばれる)入りに賭けることもできるだろう。
現役最年長にして高いドライビング能力を維持し続けるフェルナンド・アロンソも、アストンマーティンとの契約は2024年まで。今年43歳になる大ベテランにしてF1界きっての“策士”が強豪チームに返り咲くというシナリオもなかなかおもしろい。
また、メルセデスが中長期的に次世代のスターを育てたいなら、メルセデス育成ドライバーとして2024年シーズンのF2を戦う17歳のアンドレア・キミ・アントネッリに希望を託すことだってできる。そのほか、弱小ウィリアムズで孤軍奮闘のアレクサンダー・アルボン、メルセデス系のドライバーであるアルピーヌのエステバン・オコンは、トップチームへの昇格を虎視眈々(たんたん)と狙っているはずだ。
7冠王者ハミルトンの決断が、これまでのF1勢力図を一変させるきっかけとなるかもしれない。3月3日の開幕戦バーレーンGPを前に、2024年シーズンは水面化で動き出している。
(文=柄谷悠人/編集=堀田剛資)
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柄谷 悠人
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