第848回:あのクルマで自動車デザインは終焉を迎えた
2024.02.29 マッキナ あらモーダ!これを超える作品はありえない
読者諸氏にとって「自動車デサインは、これで終わった」と思える一台はなんだろうか? これが今回の問いである。
自動車デザインの視点から筆者の真情を吐露すれば、本当に欲しいクルマに長いこと出会っていない。コンピューター支援とモデリング技術の高度化に依存した、抑揚が過度に激しく空力的・実用的裏づけがないキャラクターライン、極端に誇張されたフェンダーのプレスやガーニッシュ。その過剰さはさながら18世紀フランス・ルイ王朝時代のロココ様式である。いっぽう、日本でも2024年2月15日に公開された「テスラ・サイバートラック」は、まったく異なったデザイン的アプローチを試みている。デザイナーの勇気を称賛したい。だがこちらは情感に乏しく、将来他社の模範となるとは考えにくい。
『8 1/2(はっかにぶんのいち)』とは、フェデリコ・フェリーニ監督による1963年のイタリア・フランス合作映画だ。ストーリーのなかで、マルチェロ・マストロヤンニ演じる映画監督は、次回作の構想がなかなか浮かばない。滞在先のテルメ(温泉保養地)で苦悩し、やがて現実逃避に走るようになる。そして、意外な結末で幕を閉じる。この作品を観た日本の高名な映画評論家は、「映画はこれで終わった」と語ったとされる。同時に鑑賞していた別の著名評論家も「これを超える作品はありえない」と感想をもらした、といわれている。
『8 1/2』を見た映画評論家をまねるなら、筆者が「これで自動車デザインは終わった」と考える一台がある。
初代「Eクラス」が体現する悠久
1984~1997年の初代「メルセデス・ベンツEクラス」(W124)だ。イタリア出身であるブルーノ・サッコのディレクションによるデザインは、クルマの強固さと品質を醸し出すのに、ひとつとして余計なラインやプレスがない。モールの使用が最小限に抑えられているにもかかわらず、ブランドが必要とする高級感を漂わせている。先にサッコが手がけた2代目「Sクラス」や「190クラス」と比較しても、W124は完成され、均整がとれている。重箱の隅をつつくように惜しい点を探せば、トランク開口部を広くとったことにより左右幅が小さめとなったテールランプユニットである。それまでのメルセデスの大きなそれからすると古風に見えてしまう。だが、1950~1960年代の武骨なドイツ車の雰囲気を漂わせている、と捉えることもできる。
W124が、良質なデザインを適切な車体寸法のなかで実現していることにも注目すべきだ。全長×全幅は4740×1740mm(セダン)である。現行「Cクラス」の4755mmより短く、全幅に至っては現行「Aクラス」の1800mmより狭い。にもかかわらず、凛(りん)とした風格をたずさえている。
もちろん、後継モデルのほうが、より安全性や環境保護の要件が増したことに疑いの余地はない。だがW124の造形は時空を超越している。生産終了後およそ四半世紀が経過した今日でも、イタリアでは時折路上でW124と出会う。地元の人によって大切に使われてきたもの、東欧からやってきた出稼ぎ外国人の足になっているものとさまざまだ。だが、その姿が発する端正さは色あせていない。タイムレスという点でも「自動車デザインはこれで終わった」と考えるにふさわしい完成度なのである。東京時代、筆者の実家にも一台、当時W124のなかでは最も安かった「230E」があった。自分のもとを去ったクルマに感謝はすれど未練は感じない筆者だが、あのクルマだけは今でももう一度欲しい。
パイクカーが果たしたこと
「終わった」という語でもうひとつ思い出すのは、ポップアートの第一人者アンディ・ウォーホルの「ブリロ・ボックス」だ。食器洗いパッド「ブリロ」の外箱を精巧に模した彫刻で、1964年にマンハッタンの画廊で公開された。日本では2022年に鳥取県立美術館が約3億円で購入したことで話題になった。
この作品、20世紀の大量生産・大量消費社会を反映したものと解説されることが多い。だが、アメリカの美術評論家 アーサーC.ダントーは、作品発表と同年である1964年の論文「アートワールド」で、より詳しく考察している。彼は視覚芸術を「ブリロ・ボックス」以前と以後に分けた。まず前者を「マニフェストの時代」と名づけ、哲学的・歴史的裏づけがあるとみなされたものが芸術制作の中心にあった、と説明している。対して「ブリロ・ボックス」は、そのように見られる必要がない。すなわち西洋において6世紀にわたって続いた、驚くべき創造の時代の終わりであり、「芸術の終焉(しゅうえん)」であるとした。
自動車デザイン史に当てはめた場合、「ブリロ・ボックス」に該当するのは、日産の「パイクカーシリーズ」であると筆者は信じている。1985年の東京モーターショーに出品され、1987年に発売された「Be-1」と、後年に続いた「パオ」「エスカルゴ」そして「フィガロ」だ。
それらは自動車において、「ブリロ・ボックス」に匹敵する働きをしたと考える。ダントーにならって述べるなら、パイクカーシリーズによって、メルセデス・ベンツW124とは別の意味で「自動車デザインは終焉を迎えた」のである。
消費者に委ねられた価値の創造
ダントーは芸術の終焉を決して批判しているわけではない。作品が哲学や歴史から解放され、作品と対峙(たいじ)する者に判断や理解が委ねられる時代が到来したことを示唆している。パイクカーシリーズも、機能・性能や歴史といった、従来の自動車において最優先に求められていた裏づけを無価値にした。主要メーカーが設計思想や機能的先進性、歴史的脈絡や車格をうたわなくてもビジネスとなる可能性を明確に示唆した。同時に、そのポジショニングを消費者に委ねたのである。
日本市場用の限定商品であったうえ、国内の自動車愛好家の間では色物扱いにとどまった。だが考えてみてほしい。当時日本は世界1位の自動車生産国だった。世界が日本メーカーの動向に注目し、東京モーターショーには毎回、各国の技術者やデザイナーたちがこぞって視察に訪れていた。当時国内2位だった日産が、従来小規模なカスタム工房の領域だったそうしたモデルを、グループ企業の助けを借りたとはいえ5桁単位の台数で生産した。国外の関係者にとって少なからず衝撃的だったのは、エスカルゴが発表と同年の1989年、ロンドンデザイン美術館の要請を受け、こけら落とし期間に展示されたことからうかがえる。また今日でも、欧州の自動車メディアが時折フィガロを取り上げることからもわかる。
後年、欧州の主要メーカーはこぞって、オープンモデルやクーペカブリオレといった、従来の車格にとらわれないニッチカーを、イタリアのカロッツェリアなどの協力を得ながら開発した。それらにはパイクカーシリーズの影響が少なからずあったはずだ。さらにニッチカーではないが、同様に機能性や居住性よりも流麗なスタイルを優先した4ドアハードトップも、その流れといえる。メルセデス・ベンツの2005年「CLS」がその代表だ。
黒電話のあとに
最後に再びダントーに戻れば、1997年、著書『芸術の終焉のあと』で、「ブリロ・ボックス」後の美術界について取り上げ、「芸術の終焉のあとの三十年間」として考察している。メルセデス・ベンツEクラスや日産Be-1が登場してから約30年。私たちは自動車デザインの終焉以後を生きている。
ただし失望することはない。それは電話機が示している。日本電信電話公社時代の「600型電話機」は、機能的にもデザイン的にも「最後の電話機」といわれた。だが後年、プッシュ式電話、携帯電話そしてスマートフォンへと変貌を遂げた。モバイルに値するビッグバンがあれば、自動車デザインも意外な進化を遂げる可能性はあるのだ。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA> 写真=テスラ、メルセデス・ベンツ、日産自動車、フォード、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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