第849回:“メガ・パンダ”に“パンディーナ” 「フィアット・パンダ」が変身する
2024.03.07 マッキナ あらモーダ!フィアット式・全方位戦略
今回は、2024年2月末にフィアットが相次いで発表した、新型「パンダ」に関する情報を解説する。
ステランティスグループのフィアットは2024年2月25日、次世代商品群の概要を動画で発表。同時にコンセプトカー5台の映像を公開した。ステランティスの新グローバルプラットフォームを採用し、それをベースに発売国・地域の市場特性に応じて、さまざまな車体を構築する。パワートレインも各地域の需要にしたがって電気自動車(EV)、ハイブリッド、内燃機関を使い分ける。
インテリアも高度にモジュール化を推進し、無駄なパーツを排除。クロームメッキ、合金、レザーなど、汚染物質の排出や環境破壊につながる材質は使用しない。
各ボディータイプに個性あるデザインを与えながらも、最大80%の部品を共用して生産効率を向上させる。それにより、商品性と価格的メリットを両立させるという。映像で公開されたコンセプトカーは、以下の5台である。
【シティーカー】
メーカーいわく、現行型「パンダ」よりひとまわり大きい“メガ・パンダ”的存在で、スペースと多様性を重視する都市ユーザー向け。楕円(だえん)を基調としたデザインは、旧フィアット工場「リンゴット」にある屋上テストコースの形状から着想を得ている。
着座位置は高めで、インテリアデザインのキーワードは「軽さ、空間の最適化、明るさ」だ。ダッシュボードからディスプレイ、座席に至るまで、こちらもリンゴットのテストコース形状を反復させている。
このシティーカー、フィアット創立125周年を迎える2024年7月11日に発表が予定されていて、イタリアのメディアで“新型パンダ”と呼ばれるモデルの姿を示唆していることは明らかだ。現行パンダに比べてクロスオーバー志向が強められるとともに、全長が4mを超えるのは確実だろう。
【ピックアップ】
南米地域はフィアットにとって重要な市場であり、特に従来型「ストラーダ ピックアップ」はブラジル市場で大きな人気を博している。将来この車型は、欧州を含め世界各市場でも成功を収められるとフィアットは見通している。
【ファストバック】
ラテンアメリカ圏で販売されているクロスオーバーSUV「フィアット・ファストバック」のヒットを、欧州市場にまでもたらすための提案。
【SUV】
広い室内空間と多用途性を追求した家族向け。こちらには“ギガ・パンダ”と愛称が授けられている。
【キャンパー】
「オールラウンダーかつ、ドルチェヴィータ スタイルの象徴」とブランドは説明する。SUVの機能性に、信頼できる相棒の精神を備えたモデル。
仕向け地の実情に合わせた3種のパワーユニットの併存をうたったことからは、フィアットも過度なEVシフトから現実路線へ、トヨタでいうところの全方位戦略に舵を切り直したことがうかがえる。
フィアットは、前述の2024年7月の第1弾以降、3年間で毎年新モデルを投入する計画だ。フィアットブランドのCEO兼ステランティスのマーケティングディレクターのオリヴィエ・フランソワ氏は、「フィアットは2023年に世界で130万台を販売し、多くの国・地域で確固たる地位を築いているグローバルブランド」と紹介したうえで、「競争における次の段階は、ローカルな製品から、世界中のすべてのお客さまに利益をもたらすグローバルな提案への移行」と定義する。
世界規模ということで歴史をひも解けば、フィアットにおける嚆矢(こうし)は1996年の初代「パリオ」であった。ワールドカーとして位置づけられ、ブラジル、アルゼンチンをはじめ各地の拠点で生産されたものの、欧州では同じ立ち位置を目指したルノーのダチアに匹敵する成功は収められなかった。新時代の戦略が功を奏するか、フィアットの手腕が試される。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
現行型は生産継続
フランソワCEOは4日後の2024年2月29日にも、別の発表会を催した。その日を選んだのは、1980年の同じ日に、初代パンダが当時のイタリア大統領に披露されたのに合わせたものだ。現行パンダの生産拠点である南部ポミリアーノ・ダルコ工場の特設ステージから生配信された。
発表会では、まず現行パンダの特別仕様「パンディーナ」を公開。~inaとはイタリア語で「小さい」を表す接尾詞で、Pandinaは小さなパンダを意味する。イタリアではパンダの愛称として以前から使われてきたものである。
「パンダ史上最も高度な技術が搭載され、安全なモデル」として紹介された同車は、7インチのデジタルメーター、新デザインのステアリングホイールなどが与えられている。さらに先進運転支援システム(ADAS)も搭載。こちらは、欧州の新安全基準に適合させるためのものでもある。
加えて、より重要な発表が後に続いた。フィアットがポミリアーノ・ダルコ工場の生産を少なくとも2027年まで継続し、加えて同地で20%の生産量増加を図ることを明らかにしたのだ。これは現行型パンダの生産継続を意味するものである。
この決定の背景にあると考えられるのは、以下の4点だ。第1は、パンダの出荷先として59%を占めるイタリア市場において、このクルマが過去12年にわたり登録台数の首位を保っていることである。ドル箱の生産をやめることは、メーカーとしても惜しいのだ。ステランティスグループの車種中、唯一の全長3.6m以下、5ドア、5人乗りでもある。
加えて、
- イタリアをはじめとする各市場における、電動化移行の減速
- ロシア-ウクライナ戦争によるエネルギー高騰などの影響を受けた経済回復の遅れ。すなわちEVをはじめとする高価格車の販売頭打ち
- イタリア政府および「企業・メイドインイタリー省」による国内自動車生産維持の強い要請
それらすべてを見据えたうえでの最適解として、現行型パンダの国内生産継続が決まったのは明らかだ。
思えば、現行パンダが2011年に発表された際も、生産拠点をめぐる議論があった。先代同様ポーランド生産を意図していた当時のFCA(フィアット・クライスラー・オートモービルズ)と、イタリア政府の意見が衝突。最終的にポミリアーノ・ダルコとなった経緯がある。ベストセラーのパンダは、政権の実績を誇示する道具としても使われてきたのである。
宿る“企業体質”
欧州でパンダが属するAセグメントでは、フォルクスワーゲンが「up!」を、ルノーが「トゥインゴ」の生産終了を決めている。強化される排出ガス規制および安全基準に対応するための開発投資と、安価な販売価格との均衡が難しく、採算がとれなくなったためだ。そうしたなか、フィアットは現行パンダで引き続き臨む。逆張りである。
筆者の予想では、当面イタリアにおいては、競合車が少なくなったブルーオーシャンを悠々と泳ぐと考える。全長4mを超えるクルマだと、歴史的旧市街の、馬小屋を改造したような古い車庫に途端に収めづらくなるからだ。全幅もしかり。近年の月間登録台数で2位の「ダチア・サンデロ」(Bセグメント)が、首位で1万台ペースのパンダに対し、台数が約半数にとどまる背景には、1848mmという幅がユーザーによっては敬遠されるからだ。
ただし将来的には、トヨタの欧州専用車で、設計年次が格段に新しい「アイゴX」や――初代パンダがモデル末期に悩まされたように――ヒョンデ製のコンパクトカーにじわじわと追い上げられることもあり得る。
最後に、冒頭で話した新コンセプトカーに話題を戻せば、その動画は凝っていた(参照)。
タイトルは「“ジュネーブ”でオリヴィエ・フランソワと見るフィアットの未来」だ。フランソワCEO自身が現行型パンダを運転しながら、新型車を公開する“ジュネーブ”に向かう。最初にそれを見た筆者は、「2024年の同ショーにステランティスは不参加を表明していたはずなのに!」と焦った。
ただし直後に続くシーンで納得した。フランソワ氏が向かったのは、イタリア・ブレシア県にある、Genèveのイタリア語表記と同じジネヴラ(Ginevra)村だったのだ。バールに備えられた壁掛けテレビを使って、村人役の人たちに、前述のコンセプトカー5台を紹介してゆく。
熱心に解説するCEOに向かって、やがて「そろそろサッカーの試合見せろよ」とヤジが飛ぶ。こうした愉快な演出にゴーサインを出し、重役自らが主役として登場してしまうのは、さすがフィアットだ。国や大洋をまたぐ巨大グループの1ブランドとなっても、いい意味でかつての体質が残っていることに安堵(あんど)したのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=ステランティス、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い 2025.10.30 他の警察組織とともにイタリアの治安を守るカラビニエリ(憲兵)。彼らの活動を支えているのがパトロールカーだ。イタリア在住の大矢アキオが、式典を彩る歴代のパトカーを通し、かの地における警察車両の歴史と、それを保管するコレクターの思いに触れた。
-
NEW
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
NEW
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RS
2025.12.4画像・写真およそ3年ぶりに、日本でも通常販売されることとなった「ホンダCR-V」。6代目となる新型は、より上質かつ堂々としたアッパーミドルクラスのSUVに進化を遂げていた。世界累計販売1500万台を誇る超人気モデルの姿を、写真で紹介する。 -
NEW
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。 -
NEW
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった
2025.12.4マッキナ あらモーダ!1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。


















































