「ポルシェ911」のハイブリッド化をどう思うか?

2024.09.03 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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この連載で、しばしば多田さんはポルシェ、なかでも「911」を高く評価されています。一方、「ハイブリッドは物理の原理原則からいって“最も効率のいいもの”にはなり得ない」ともおっしゃっています。そんな多田さんは911のハイブリッド化をどう思うか聞いてみたいです。

ハイブリッドの911、ぜひ乗ってみたいです。ポルシェは過去に同じようなパターンで大失敗していますから、その点からも大いに注目したくなる一台です。

ご存じの方も多いと思いますが、同社は走行性能と環境性能の両立を図り、「ボクスター/ケイマン」のパワーユニットを水平対向6気筒から水平対向4気筒ターボに変更したことがあります。スペックのうえでは動力性能も環境性能も上がっていて、非の打ちどころのないクルマと思われましたが、いざ乗ってみると「なんだこりゃ!?」という……(オーナーの方には失礼ながら)ポルシェとしての感動がやや乏しいクルマになってしまいました。

実際、世界中のファンから大ブーイングが起こった。で、ポルシェはそれを受けて即座に6気筒エンジンを復活させました。彼らはユーザーの声を常に非常に意識していて、そのニーズに真正面から応えるメーカーなのです。

そうした来し方を見ていますから、今度のモデルには期待が高まります。今のポルシェに限って、環境性能という社会的なニーズに応えるためだけにハイブリッドの911をつくったということはないと思うのです。たとえ、環境性能が理想の100%を達成できていなくとも、官能性においてドライバーを感動させてくれるだけの仕掛けをちゃんとつくっているだろうというのが私の見立てです。

かつてトヨタでは「予期せぬ加速」が大問題となり、アクセルペダルとブレーキペダルが同時に踏まれた際には減速を優先する「ブレーキオーバーライドシステム」の搭載に至った経緯があります。その当時、ポルシェはどうしているのか気になって調べてみたところ、ちゃんとペダルを両踏みすると出力を下げる設定になっていました。しかも、スポーツ走行上の“ドライバーが意図した両踏み”であれば両方生かすようにしてあるのに、車両の暴走につながるようなアクセルとブレーキの踏み加減なら減速の制御をするようになっていた。

この一件で、私はポルシェがスポーツカーでも安全に使ってもらえるよう徹底的にこだわっているということを見せつけられ、大いに衝撃を受けるとともに敬意を抱きました。

こうした経験から、911のハイブリッド化に際しても、思ってもみなかった隠し技があるに違いないとみているのです。今回は、シリンダー数が減ったわけではありませんし、電動化といっても、フルEV「タイカン」の最新型もまさにポルシェといえる乗り味を実現しています。ハイブリッドの911がファンの期待を裏切ることは、きっとないでしょう。

もっとも、古典的なクルマ好きはモーターそのものに嫌悪感を抱くかもしれません。気持ちはわかりますが、その点については、ぜひ近所のディーラーで、このブランドの電動モデルに試乗してみてほしいと思います。いまどきは近場のチョイ乗りではなく、もっと長く貸してくれることがありますから、例えばタイカンを連れ出して、ご自身の“いつもの道”で試してみてもらいたい。「モーター駆動だから、トライビングプレジャーにおいてエンジン車に劣っているに決まってる」なんてことはありません。エンジン車の最後のよりどころである“音”にせよ、今や、よりエモーショナルなものにしようと思えば騒音規制のため人工サウンドに頼らざるを得ない時代なのですから。

私自身の「究極の効率を求めるとハイブリッドというのは中途半端だ」という見解については、ポルシェだろうと変わりません。しかし、ポルシェだからこそ、そこにどう向き合うのか期待したいと思っています。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。