第307回:カーマニアの未体験ゾーン
2025.04.07 カーマニア人間国宝への道やっぱりフェラーリは燃える
その日私は、“黒まむしスッポン丸”ことわが愛車1989年モデルの「フェラーリ328GTS」で首都高・辰巳PAを訪れていた。訪れていたというより駆け込んでいた。数百m手前で焦げ臭い匂いがしたのでルームミラーを見たら、エンジンフードから煙が吹き出していたのである。
煙の色からして水蒸気ではなく、油類が燃えているようだ。オイルか!? 油温計異常なし! 油圧計異常なし! なんだなんだ? とにかくクルマを止めなくては。ちょうどすぐ先に辰巳PAがある。あそこだ!
クルマを止めてエンジンフードを開けたら、火が出ていた。
(ついにこの日が来たか……)
かつて「フェラーリ様で爆死したい」と書いた私だが、爆死はともかく、とうとう自分のフェラーリが炎上する日がやってきた。なんとか火を消す方法を考えたが、慢心により何も積んでない! 仕方なく上着で火をはたくが、ぜんぜん消えない。
(こりゃダメだな。全焼だな)
人間は無力だ。道具がないと何もできない。半分あきらめたとき、神の使いが現れた。
たまたまPAに居合わせたポルシェ乗りのカーマニア様おふたりが、携帯型CO2消火器で火を消してくださったのである。あんなちっこい消火器で、炎は一瞬で消えた! 信じられない! 奇跡だ! ありがとうございますありがとうございます! うおおおお~~~~ん。
2日後の夜。オレとサクライ君は、「ベントレー・コンチネンタルGTCスピード」に乗り、首都高に出撃していた。燃えないクルマって安心。
オレ:というわけで、ついにオレもカーマニアとして、車両火災を経験したよ。
サクライ:火が消えてよかったですね。原因は何だったんですか。
オレ:オイル漏れ。回転を上げた時、一気に噴き出して排気管にかかったのかな。ガソリン漏れだったら丸焼け間違いなしでしょ。
サクライ:ですよね。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
フェラーリに乗るのは小さな冒険だ
オレ:それにしても、いまエンジン何回転なんだろ。
サクライ:ゼロ回転です。
オレ:ええっ! 止まってるの!?
サクライ:はい。モーターだけで走ってます。PHEVなので。
オレ:それなりに加速もしてるのに~! ってことは、首都高レベルだったらエンジン要らないんじゃ?
サクライ:かもですね。もっとも全開だと1000N・m(システム最大トルク)ですけど。
オレ:あれ、こないだの「M5」も1000N・mだったよね?
サクライ:最近こういうクルマは、1000N・mが定番なんです。
オレ:そうなのね。なのにゼロ回転はさみしいな。うちに来たときは、すげぇいい重低音を響かせてたし。
サクライ:あのときは「SPORT」モードにして、充電してたんです。入れますか?
オレ:してして~!
サクライ君がセンターコンソールのスイッチを操作し、SPORTモードに入れた。その瞬間、V8ツインターボの「ずどどど~ん」という重低音が響いた。
オレ:あ、いいなこの音。なんだか癒やされる。
サクライ:ですか。
オレ:母の胎内で聞く心音みたい。カーマニアにとって、エンジンはぬくもりなんだね。実際あったかいし!
サクライ:こんな寒い夜は、ぬくもりが欲しくなりますね。
サクライ君は、「フェラーリが燃えちゃったので、清水さんを元気づけようと思ってました」と言ってくれた。しかし私は、炎上でかえって元気になっていた。
フェラーリに乗って33年。大したトラブルもなく、いいことばかりの33年間だったけど、やっぱりフェラーリは燃えるのだ。フェラーリに乗るのは小さな冒険なのだ! 「よし、ならばもう一度燃えるまで乗ってやる!」という、チャレンジスピリットが湧いてきたのである。今度はちゃんと消火器積んで!
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
カーマニアは経験値を上げてナンボ
サクライ:実は僕、30年くらい前ですけど、スーパーカーが全焼するのに立ち会ったことがあります。
オレ:それはガソリン漏れ?
サクライ:そうです。でっかい消火器を5本くらい使いましたけど、ぜっんぜん消えませんでした。
オレ:そうかぁ。ガソリン漏れは怖いね。そこは重々点検しないとね! まぁ点検で防げるわけじゃないけど。
サクライ:ですね。そのクルマ、ほぼ新車でしたし。
コンチネンタルGTCスピードは、「COMFORT」モードで工事渋滞に突入した。モーター+バッテリーでのEV走行可能距離は残り10km。もう一度SPORTモードに入れて充電しながら走ろう。そう思って、助手席からサクライ君がいじっていたスイッチを自分で押した。
サクライ:清水さん、それ、エンジンストップスイッチです。
オレ:えっ!?
サクライ:ドライブモード変更は、このスイッチのまわりのダイヤルを回すんです。真ん中を押したら止まっちゃいます。
1000N・mのコンチネンタルGTCスピードは、すべての動力を失っていた。あわててエンジンを……というかメインスイッチをONにしようとしたが、Dレンジのままじゃスカ。いったんブレーキを踏んで停止し、Pレンジに入れてON! あらためてDレンジに入れ、ゆるゆると再スタートさせた。渋滞の中でヨカッタ~。
オレ:これ、操作系に問題あるね。間違って真ん中押したらヤバいじゃない!
サクライ:ですね。特にわれわれみたいなiDriveダイヤル付きのBMW経験者にとっては、真ん中押すのは「決定」ですから。
オレ:それにしても、まさか走行中にメインスイッチをOFFにしちゃうとは……。こんなの、免許を取って以来初めてだー!
サクライ:僕もやったことないです。
オレ:長いことカーマニアやってるけど、まだ経験値が足りないね。
サクライ:清水さんは水没も炎上も経験しましたよね。残りは何です?
オレ:……全損クラッシュ。
カーマニアは、経験値が上がるなら、クルマに関することは何でも経験したいものだ。でも、全損や踏み間違い、逆走は、死ぬまで未体験でいいです。しみじみ。
(文=清水草一/写真=清水草一、webCG/編集=櫻井健一)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第321回:私の名前を覚えていますか 2025.10.20 清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。
-
第320回:脳内デートカー 2025.10.6 清水草一の話題の連載。中高年カーマニアを中心になにかと話題の新型「ホンダ・プレリュード」に初試乗。ハイブリッドのスポーツクーペなんて、今どき誰が欲しがるのかと疑問であったが、令和に復活した元祖デートカーの印象やいかに。
-
第319回:かわいい奥さんを泣かせるな 2025.9.22 清水草一の話題の連載。夜の首都高で「BMW M235 xDriveグランクーペ」に試乗した。ビシッと安定したその走りは、いかにもな“BMWらしさ”に満ちていた。これはひょっとするとカーマニア憧れの「R32 GT-R」を超えている?
-
第318回:種の多様性 2025.9.8 清水草一の話題の連載。ステランティスが激推しするマイルドハイブリッドパワートレインが、フレンチクーペSUV「プジョー408」にも搭載された。夜の首都高で筋金入りのカーマニアは、イタフラ系MHEVの増殖に何を感じたのか。
-
第317回:「いつかはクラウン」はいつか 2025.8.25 清水草一の話題の連載。1955年に「トヨペット・クラウン」が誕生してから2025年で70周年を迎えた。16代目となる最新モデルはグローバルカーとなり、4タイプが出そろう。そんな日本を代表するモデルをカーマニアはどうみる?
-
NEW
ジャパンモビリティショー2025(横浜ゴム)
2025.11.2画像・写真全日本スーパーフォーミュラ選手権に供給しているレーシングタイヤや実際のマシン、ウルトラハイパフォーマンスタイヤ「アドバンスポーツV107」の次世代コンセプトモデルなどが初披露された横浜ゴムのディスプレイを写真で紹介する。 -
NEW
ジャパンモビリティショー2025(ヒョンデ モビリティー ジャパン)
2025.11.2画像・写真燃料電池車の新型「NEXO(ネッソ)」やフラッグシップ電気自動車「アイオニック5」、そしてデザインコンセプトカー「インスタロイド」が並んだヒョンデブース。これら展示車両や、燃料電池に関するディスプレイを写真で紹介する。 -
NEW
ホンダ・シビック タイプRレーシングブラックパッケージ(前編)
2025.11.2ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛え、STIではモータースポーツにも携わってきた辰己英治氏。今回、彼が試乗するのは「ホンダ・シビック タイプR」だ。330PSものパワーを前輪駆動で御すハイパフォーマンスマシンの走りを、氏はどう評するのか? -
これがおすすめ! 東4ホールの展示:ここが日本の最前線だ【ジャパンモビリティショー2025】
2025.11.1これがおすすめ!「ジャパンモビリティショー2025」でwebCGほったの心を奪ったのは、東4ホールの展示である。ずいぶんおおざっぱな“おすすめ”だが、そこにはホンダとスズキとカワサキという、身近なモビリティーメーカーが切り開く日本の未来が広がっているのだ。 -
第850回:10年後の未来を見に行こう! 「Tokyo Future Tour 2035」体験記
2025.11.1エディターから一言「ジャパンモビリティショー2025」の会場のなかでも、ひときわ異彩を放っているエリアといえば「Tokyo Future Tour 2035」だ。「2035年の未来を体験できる」という企画展示のなかでもおすすめのコーナーを、技術ジャーナリストの林 愛子氏がリポートする。 -
2025ワークスチューニンググループ合同試乗会(前編:STI/NISMO編)【試乗記】
2025.11.1試乗記メーカー系チューナーのNISMO、STI、TRD、無限が、合同で試乗会を開催! まずはSTIの用意した「スバルWRX S4」「S210」、次いでNISMOの「ノート オーラNISMO」と2013年型「日産GT-R」に試乗。ベクトルの大きく異なる、両ブランドの最新の取り組みに触れた。












































