「オートモビル カウンシル2025」取材録 ~10年を迎えた「大人の自動車フェス」を振り返る~
2025.05.02 デイリーコラム自動車文化の成熟を掲げて
2025年4月11日(金)~13日(日)に開かれた「オートモビル カウンシル 2025」。開催前から伝えられていたように、今回は2016年に実施された初回から数えて節目となる10回目だった。初回の様子は筆者もコラムに書き記しているが(参照)、当初から日本における既存のカーショーとは一線を画したイベントだった。
“Classic Meets Modern”(2023年に“Classic Meets Modern and Future”に改定)というフィロソフィーのもと、自動車メーカーをはじめヘリテージカー販売店、愛好家クラブ、イベントオーガナイザーなど、クルマを愛する者同士が垣根を越えて集結。ひとつのムーブメントとして盛り上げて自動車文化の成熟度を高め、国内外に向けて発信していこうという高邁(こうまい)な目標を掲げていたのだ。
クラシックカー主体のイベントながらフィロソフィーにあるようにモダンカーが共存し、展示車両は「量」より「質」にこだわった。また音楽やアートといったさまざまなカルチャーと自動車文化との融合にも目を向けていた。クオリティーの高いイベントとするために出展者も厳選し、コンプライアンスも徹底した。会場内での鳴り物やカメコ(カメラ小僧)が群がるようなキャンギャルは禁止。会場内の景観を乱しかねないノボリ旗なども禁止された。
つまるところ、主催者が描いたコンセプトは「大人の自動車フェス」。開催されたイベントは、当然のことながら初回から賛否両論だった。「展示のレベルが高い」とか「落ち着いて観られるのがいい」といった評価もあれば、「入場料が高い」とか「展示車両が少ない」、あるいは「お高くとまっている感じ」というような批判もあった。
そうした声に耳を傾けながらも、主催者は試行錯誤を重ねながら継続開催してきた。とりわけ2020年以降の新型コロナ感染症の脅威のなかでも休止・中止することがなかったのは、数ある自動車関連イベントのなかでも希少な存在だった。
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節目の年に花を添えたマエストロの講演
そうして迎えた10回目。会場面積を過去最大規模となる幕張メッセ 9-11ホールの3ホールまで拡大し、出展者数も過去最多の131を数えた。企画にも例年以上に力が入れられたが、なかでも最大の目玉は主催者テーマ展示の「生ける伝説のカーデザイナー Giorgetto Giugiaro展 『世界を変えたマエストロ』」。ジョルジェット・ジウジアーロ氏の代表作を並べる企画展のみならず、本人が来日してトークショーを行うという、オートモビル カウンシルはもちろん東京モーターショーなどのビッグイベントでも前例のない豪華企画である。
展示車両はジウジアーロ氏が手がけた数多い作品のなかから厳選された、1960年代の「アルファ・ロメオ・ジュリア スプリントGTA」から2020年デビューの「バンディーニ・ドーラ」までの10台。加えてニコンのカメラやオカムラのチェア、ドゥカティのモーターサイクルなど氏がデザインしたクルマ以外の工業製品も展示された。
11日と12日に行われたトークショーは大盛況だったが、とくに12日がすごかった。開演は午前10時30分からだったが、近くで観たい、聞きたいという来場者が10時の開場前から長蛇の列。並んだ人々が開場と同時にトークショー会場であるセンタープラザにわれ先にと駆け寄る光景は、自動車イベントでは見慣れないものだった。
加藤哲也 オートモビル カウンシル実行委員会共同代表、中村史郎 SNDP代表取締役(12日のみ)を聞き役、小野光陽『CAR GRAPHIC』編集長を通訳として進められたトークショーで、ジウジアーロ氏は86歳という年齢が信じられないほど明晰(めいせき)かつ情熱的に弁舌をふるった。話題は自己のキャリアからデザイン哲学、そして手がけたモデルに関するさまざまなエピソードを、ときにその場でスケッチを描きながら披露。ひとことも聞き漏らすまいと熱心に耳を傾けた来場者にとっては、1時間というトークタイムがさぞかし短く感じられたことだろう。11日には終了後、抽選に当たった幸運な30名を対象にサイン会も行われた。
ジウジアーロ氏のトークショーは、間違いなく今回のみならずオートモビル カウンシル史上最大のハイライトだった。
門外不出のコンセプトカーの姿も
もうひとつの主催者テーマ展示は「THE GOLDEN AGE OF RALLY IN JAPAN」。2010年に急逝したスイス時計業界の重鎮にしてラリーのコ・ドライバーとしても活躍したイタリア人、ジーノ・マカルーゾ氏が遺(のこ)したコレクションのなかからラリーカーをフィーチャーし、2022年から2023年にかけてトリノ自動車博物館で開かれた「THE GOLDEN AGE OF RALLY」。その出展車両から選抜された6台が昨2024年の世界ラリー選手権(WRC)ラリー・ジャパンに合わせて日本に持ち込まれ、続いて富士モータースポーツミュージアムに展示。そしてイタリアに戻る前、ジャパンツアーの最後の舞台が幕張メッセとなったのだ。
6台のマシンはいずれもヒストリーを持つホンモノで、目の肥えたマニアも満足させていた。
主催者テーマ展示とは微妙に肩書が異なる、主催者特別展示は「ニッサンとイタリアンデサインのクリエーション」。1960年代から2010年代にかけて日産とイタリアのカロッツェリアがコラボレーションしたモデル4台が展示された。今回はメーカーとしての出展はなかったが、長年イベントの趣旨に賛同し協力してきた日産に対する、主催者・関係者からのエールのように筆者には思えた。
日本車メーカーはトヨタ、ホンダ、マツダ、三菱の4社が出展。10回目ということで原点回帰の意味を含め、初回と同じく自社のデザインにスポットをあてたマツダをはじめ各社テーマを掲げていたが、共通企画として「過去が見た未来」が実施され、ホンダを除く3社がかつて東京モーターショーなどに出展されたコンセプトカーを展示した。
そのなかで筆者が注目したのはマツダの「S8P」(1964年)。メインゲストであるジウジアーロ氏がカロッツェリア・ベルトーネ時代に手がけた、マツダデザインの重要な要素であるエレガンスの源流となる存在だが、東京モーターショーなどで公開されることはなく、公の場に姿を見せたのは今から10年ほど前に広島で開かれた企画展のみだった。この、半ば門外不出といえるモデルとの邂逅(かいこう)に歓喜した人間は筆者だけではないはずだろう。
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会場のいたるところに「注目の一台」が
車両展示の主体となるヘリテージカー販売店も過去最多の38店。すばらしいコンディションの、立派な価格のクルマがズラリと並んでいるのは初回以来不変の光景だ。そうしたクルマが会期中に少なからず売れていくのも相変わらずで、毎度のことながら世の中にはお金持ちが多いのだなあと筆者などは驚嘆していた。
販売車両ではなく参考出品だったが、筆者が注目したのはクラシックなコンペティションマシンを得意とするCORGY'Sが展示した「ローラT212」。ここで詳しい説明をする余裕はないが、1971年から富士グランチャンピオンシリーズなどで活躍した、日本のレース史上重要なマシンそのものである。複数のドライバーの手に委ねられモディファイが重ねられていったが、最初のオーナーだったレジェンドドライバーである高原敬武の仕様にレストアされた姿はオールドファンにはたまらないものがあった。
オーナーズクラブの展示も見逃せなかった。日本クラシックカークラブ(The Classic Car Club of Japan 略称CCCJ)のブースへの出展情報が開催直前になってリリースされ、まさにサプライズというべき存在だった「ランチア・ストラトス ゼロ」。1970年のトリノショーでデビューした、ベルトーネ時代のマルチェロ・ガンディーニによるコンセプトカーである。
発表当時「もはやクルマではない」と言われたほど前衛的だったデザインは、それから半世紀以上を経た今なおインパクト十分。会場内では「まさかここでストラトス ゼロまで見られるとは思わなかった」という声はもちろんのこと、「これが出展されると聞いて、これを見るためだけに幕張メッセまで足を運んだ」という意見さえ聞かれた。
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次の10年へ向けて
「クルマを超えて、クルマを愉しむ。」というキャッチコピーのもと、従来提供してきたアート、音楽、美食といったクルマ以外のカルチャーや楽しみもいっそう充実していた。
もっともわかりやすく、多くの来場者が楽しんだと思われるのは「プレシャスライブ」と題された音楽ライブ。クラシックピアニストの佐野優子、ジャズギタリストの小沼ようすけとヴォーカリスト/フリューゲルホーン奏者のTOKUのデュオ、ボサノヴァシンガーの小野リサ、トリを務めた超ベテランシンガーの森山良子という、いずれもその世界では一流どころのライブが会場中央のセンタープラザで行われた。
金の話をするのはやぼだが、今日、ライブハウスやクラブで中堅クラスのアーティスト/ミュージシャンのライブを見ても3000円はする。トップクラスとなれば1万円はザラだ。それが入場料だけ払えば無料で楽しめるというのは、お得感がある。もっとも、損得勘定で来場する人はいないとは思うが。
そんなこんなで、例年にも増して盛りだくさんだった10回目のオートモビル カウンシル。主催者・関係者が頑張ったかいあって、3日間の来場者は4万4963人を数え、前回の3万9807人を上回り過去最多を更新した。ちなみに初回(2016年)は1万8572人で、4回目(2019年)までは3万4692人と順当に増えていったが、新型コロナ渦中の2020年には一気に3分の1にも満たない1万1230人まで減少してしまっていた。そこから考えれば、よくぞ盛り返したものだと思う。
節目となる10回目を成功裏に終え、次回からは新たなステージを迎えるオートモビル カウンシル。今回のプログラムが充実していたがゆえに、自らハードルを上げてしまった感もあるが、再び真価を問われる次回の開催日程は2026年4月10日~12日と発表されている。
(文=沼田 亨/写真=沼田 亨、荒川正幸、webCG/編集=堀田剛資)

沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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