第837回:猛牛よ永遠なれ! 歴史的ランボルギーニを未来へつなげる、ポロストリコの仕事を知る
2025.07.04 エディターから一言![]() |
ランボルギーニの社内には、これまで生産されたヒストリックモデルのデータ管理やレストレーションを行う「ポロストリコ」部門が存在する。2015年の設立から10周年を迎えた同部門の仕事を西川 淳が見学。その内容をリポートする。
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“至極の作品”を味わう幸せ
シルバーの「カウンタック25thアニバーサリー」がたたずんでいる。カウンタックをドライブするのは数年ぶりのことだった。オーナーだったこともあるから慣れているはずだけれど、それでも心臓の音が聞こえてきそうなくらいドキドキする。それこそカウンタックがカウンタックであるゆえんというべきだろう。少年時代のまなざしを取り戻してくれる稀有(けう)な存在である。
ドアを跳ね上げ、お尻から滑り込ませて畳んだ足を上げて乗り込むのが流儀だ。見た目から想像するよりもルーミーだが、興奮しているから息苦しくなる。深呼吸をして鍵を握る。掛かってくれよ、と念を送る。燃料ポンプの作動音が聞こえる。音がなめらかになったら、少し燃料を送り込んでキーをひねる。ブバッ。火が入ったと思ったが、失敗。こういう時は慌てずにもう一度深呼吸。気合を込め直して、おもむろにキーをひねる。素早く右足を動かして断続的に燃料を送り込む。すると。ドド、ドドドド、ヴァヴァヴァーン。掛かった!
(とても)うれしい。軽くあおって温める。クラッチは重めだが、嫌になるほどじゃない。アイドルスタートで走りだす。ブレーキがややスポンジーだったので、減速する直前に何度か軽く踏んで剛性感を戻してやる。走り始めのステアリングは重い。走りだせば軽い。機敏だといってもいいくらいに。
走り始めは早めに2速へアップシフト。オイルさえ温まってくれば、存分にエンジンを回してから変速したほうがいいだろう。クラッチをちゅうちょなく、そして素早く踏み込んで、自信をもってガツンとつなぐ。あやふやな操作が一番、クルマに悪い。
お楽しみはここからだ。2速で踏み込むとエンジン回転が上がると同時にさまざまなノイズが響き出す。エンジンのメカニカル音、吸気音、排気音、そしてトランスミッションからの音。これらが高回転域になればなるほどシンフォニーと化す。クラシックカーが総じて“遅く”ても、ドライブが楽しい最大の要因だろう。気分はとてつもなく“速い”し、音によって脳が刺激され、恍惚(こうこつ)となっていく。
峠道では見事なスポーツカーだ。きっと読者諸兄にそんなイメージはないと思う。けれども重量バランスに優れたカウンタックは、タイヤが細くても太くても、同時代のフェラーリ12気筒ミドシップモデル、つまり「BB」や「テスタロッサ」よりも優れたハンドリングカーである(同時に所有した経験のある筆者が言うのだから信じてもらうほかない)。
歴史的資産を守るために
「ポロストリコのスタッフになって業務を体験してみないか?」
そんな誘いを受けて私はサンタアガータまで向かい、試乗テストの前日にこの銀色のカウンタック25thアニバーサリーと向き合っていた。いったい、ポロストリコは普段、どんな業務を行っているのだろうか。
ランボルギーニがポロストリコというクラシックカー部門を立ち上げたのは、ちょうど10年前、2015年のことだった。もちろん以前から古いモデルに対して、アフターサービス部門によるケアはある程度あったし、その昔にはレストレーションサービスも存在したと聞く。けれども、それは決して系統立ったビジネスとはいえず、また貴重な内部資料の多くは散逸しかけていた。20年くらい前になるが、熱心なコレクターの所蔵品となった製造に関するドキュメントを私も見たことがあった。
ポロストリコにおける最も重要な業務は、散逸したドキュメントを可能な限り回収し、アーカイブを整理(デジタライズも含む)して、貴重な記録を次世代へと引き継ぐことにある。そして、そのアーカイブをベースにクラシックモデルの認証作業を行い、場合によってはレストレーションを施す。もちろん純正部品の再生産も彼らの重要な仕事である。
10年間でアーカイブはかなり整った。今では3万点以上にもおよぶ。また認定証も200台以上に発行し、レストレーション実績も40台を超えた。「年間4台」は、かなりのハイペースだと思う。ちなみに20世紀の間にランボルギーニが世に送り出した台数は1万台に満たなかったが、今では年間に1万台以上を生産する。
まずはモデルごとに決まった場所にあるシャシー番号やエンジン番号を見つけ出す。さらにボディーカラー名の表示と実際の色が合っているかどうかや、ガラスのシリアル番号がすべての面で同じかどうかなど、詳しくチェックする。さらに60カ所以上のパートについて、ウインカーやホイール、マフラー、ハンドル、シフトノブなど、その状態を吟味する。判断基準はオーセンティックであるかどうか。つまり工場出荷時のオリジナル状態を保っているかどうか。その判断は、元を知らなければ難しいけれど、まずは疑わしき部位をすべて洗い出す。その際、プラグコードや各種ホース類、バッテリーなど消耗品は特に問わない。また、内外装のカラーも塗り替えられていたとしても問題はない。認定書に“色が違う”と記載されるだけの話だ。
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豊富な知見があればこそ
アーカイブから関連する資料を引っ張り出して、疑問点を解消する。オリジナルかどうかに関しては、当時のカタログや書籍が参考になる。最も重要なドキュメントは製造時の記録シートだ。シャシー番号で検索でき、古いモデルでは当時の書類が残されている。
記録シートによれば、この個体は1990年6月13日にオーダーされ、同年7月4日にラインオフ、翌7月5日にデリバリーされた。エンジン番号もマッチングしている。それもそのはず、オーダー主はランボルギーニ自身で、有名なアニバ最終生産車、つまりカウンタック最後の個体に出会った。ちなみに私がチェック作業を行った日は、35年後の6月13日だった。
タイヤは例の太い「Pゼロ」だ。ピレリもクラシックカーモデル向けタイヤを再生産しており、ランボの歴史的モデル「350GT」からカウンタックまで広くカバーしている。
ポロストリコ認定は、実はスタティックな評価のみである。だから試乗テストなどは行わない。けれどもレストレーションなどを施した場合には当然、完成テストを行う。今回は特別に銀色のアニバーサリーを顧客がオーダーしたレストア車両に見立ててテストすることになった。
走りだす前に、今一度、内外装をチェックする。さらにエンジンを掛けるところから気になる点をメモに残す。アイドリングが高いとか、ブレーキがスポンジーだとか、アフターファイアが多い、といった具合に。
試乗中も目と耳と鼻でコンディションの変化に気を配る。休憩のたびにステアリングがやや中立からずれていたとか、左コーナーで小さな異音が出たなどといった点をこと細かに記録する。それが改善のポイントであり、コンディションをより完璧に近づける近道となる。もちろん、そのためには豊富な経験と知識が必要になってくるのだ。
(文=西川 淳/写真=アウトモビリ・ランボルギーニ/編集=関 顕也)
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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