ポルシェ・マカン(4WD/7AT)
「余裕」で売れてる 2015.01.07 試乗記 2リッター直4ターボエンジンを搭載した「ポルシェ・マカン」のエントリーグレードに試乗。ポルシェの最新SUVの基本性能を計った。したたかな商品戦略
日本でポルシェ・マカンがお披露目されたのは2014年11月。国際的な情報公開やマーケティング、予約受付は6気筒エンジンを搭載する「マカンS」「マカンターボ」が先行したものの、実質的な日本上陸は、4気筒の素の「マカン」を含めた3機種が同時となった。
ポルシェ自身がマカンを「カテゴリー唯一のスポーツカー」と表現する理由は、なによりこれがポルシェであることに加えて、マカンの海外試乗記で河村康彦さんも書いていたように全高が「カイエン」より圧倒的に低いことによるのだろう。ただ、1625mmというマカンの全高がカテゴリー内でひとり低いわけではない。スリーサイズは「BMW X4」に酷似しているし、全高だけでいえば「ランドローバー・レンジローバー イヴォーク」もほぼ同等である。
ポルシェ自身がおおっぴらに公言することはないが、マカンの骨格は「アウディQ5」をベースにした設計といわれる。で、今回の“素マカン”に積まれる2リッター4気筒ターボエンジンは、フォルクスワーゲン/アウディ系のパワーアップ版といっていい。
「911」などの本格スポーツカーではいまだに絶対不可侵の純血を守りつつも、「パナメーラ」やカイエン、マカンではグループ内の技術資産を巧妙に活用して利益を出す。こうしたビジネスモデルこそが、ポルシェの強みである。その強い経営基盤のもとで、スポーツカーの技術開発やモータースポーツ活動をさらに推進して、それがポルシェの威光をさらに確固たるものとして、結果的にSUVがまた売れる……と。
とはいえ、今回のように骨格もエンジンも……となれば、一部ファナティックの間では「ポルシェよ、お前もか?」という声もあるかもしれない。
圧倒的にシャシーファスター
ポルシェ ジャパンが用意した素マカンには総額90万円相当のオプションが盛られていたが、走行性能に直接かかわるものがなにも付いていなかったのはうれしい。ホイールこそオプション扱いのマカンS用だったが、前後異幅のタイヤサイズは標準のままである。
メディア向けに貸し出される試乗デモ車(業界用語では“広報車”などと呼ぶ)には、「こんな満艦飾仕様で買う人間が世界で何人いるのか?」とツッコミたくなるような、オプションをこれでもかとテンコ盛りした状態の個体も少なくない。特にポルシェは、クルマの限界性能や性格をガラリと変えてしまう重大機能オプションを多数用意しており、しかもそれらのデキがいちいち素晴らしい。だから、オプションの組み合わせによっては、ベースとはまるでちがうクルマになったりもする。今回のように素状態のポルシェを味わえるチャンスは意外に少ない。
というわけで、今回味わえた貴重な(ほぼ)素マカンは、ひと言でいうと、とてもいいクルマだった。マカンは全車とも今回初出となる新世代4WDである。ご想像のように400ps、56.1kgm(マカンターボ)まで想定されているマカンの基本設計にとって、この4気筒ターボ程度のパワー、トルクなど赤子の手をひねるようなものだろう。
事実、なんら特別なシャシー制御デバイスを持たず、スポーツタイプとはいえSUV用タイヤを履く素マカンは、オンロードではなにも起こさない。サスチューンも無理なく柔らかく、荒れた路面でもスポーツカー的なズンドコな蹴り上げはほとんど感じられない。
すべてにおいて余裕たっぷり
「968」以来となるポルシェの4気筒エンジンは、良くも悪くもとてもモダンな印象である。低速からグイッとパンチがあって、トップエンドまでまるで引っ掛かりはないが、正直いって過渡域に特別なドラマがあるわけでもない。ただ、同系統エンジンのたとえば「フォルクスワーゲン・ゴルフGTI」に対しても、吸排気音に演出臭さがあまりないのは好感が持てる。盛大にほえまくらないかわりに、身の詰まった精緻系の音質であるのが、「ポルシェだなあ」である。
まあ、ポルシェの場合はこれがエントリーモデルとなるわけで、トップモデルとしての派手さが要求されるフォルクスワーゲンとは、そもそも同じエンジンでも扱いがちがうわけだが。
エンジンといえば、スロットルペダルはつり下げ式だ。オルガンペダルを盲信している人(あるいは自動車メーカー)も世にはけっこう存在するが、ポルシェの場合、パナメーラを含む着座位置の低いモデルのアクセルペダルはオルガン式を使いながら、このマカンやカイエンのようなSUVのそれはあえてつり下げ式を使う。このあたりもポルシェは分かっている。
マカンの4WDシステムはFRをベースとした電子制御多板クラッチ式であり、今回が初出の新世代。システム的には完全2WDにもできるタイプだが、メーター内にリアルタイム表示されるインジケーターを見るかぎり、フロントにも常時1~2割は駆動配分しているようで、さらにスロットルの踏み加減に応じて積極的にフロント配分を変えている。フルスロットル近くまで踏み込むと、フルグリップ状態でもほぼ50:50のフル作動にしているもようである。
さらに7段PDKはいわゆるツインクラッチ型では、世界で最も洗練されているといっていい。特に今回の素マカンは、4気筒ターボのトルクによる余力タップリ感が濃厚で、無粋なシフトショックなど皆無である。
素マカンではとにかくすべてが余裕タップリ。だからこそ、乗って最初に出てくるセリフは「スポーツだなあ」より「いいクルマだなあ」なのである。
前記のようにスリーサイズはX4に酷似(全幅だけはマカンが広め)しているが、見てのとおり、プロポーションは自然で、X4のような確信犯的イビツさもなく、後席居住空間も健康的。ああ、いいクルマである。
ポルシェのポルシェたるゆえん
では、素マカンがそこいらの高級SUVでしかないのか……というと、そうではない。ポルシェのオーラはある。
その最たるものが車体である。マカンの基本骨格は、パッケージやエアコン設計などの出自こそたしかにQ5だが、実際にはライプチヒ工場で専用に生産されており、スミズミまでマカン専用仕立てだという。
なるほど、今回の素マカンでも“キンッ!”と張りつめた車体の剛性感、アソビ極小のサスペンションの横剛性は、ポルシェ以外のナニモノでもない。単なるねじり剛性や曲げ剛性などの表層数値には表れない、各部の局部剛性取りの圧倒的なうまさが、おそらくポルシェのポルシェたるゆえんなのだろう。
また、“素のポルシェ”という意味でも、911や「ケイマン」、カイエン、パナメーラ……と、これまでに私が経験した他の素モデルの印象と比較して、今回の素マカンがもっとも硬質なサスチューンに思えた。
これまでの素ポルシェは意外なほど柔らかにロールしたものだが、素マカンはピタリと水平基調の姿勢を崩さない。なによりロール剛性を高める……という昨今のトレンドに沿った設計なのだろう。だから「セグメントで唯一のスポーツカー」というポルシェ自身のコメントも、それなりに納得はできる。
ここにさらなる高出力エンジンを積んで、自慢のシャシーやトラクション系オプションをトッピングするほどに、これまでにも増してアンビリーバブルな高速運動体に変貌しても、なるほど、なんら不思議はない。そのポテンシャルは素マカンでも感じ取れた。
それにしても、これで616万円である。600万円台前半といえば、日本で売られるX4のどのモデルより安く、イヴォークの中間グレードとほぼ同等。間違いなく、相応の利益が乗っているはずなのに、直感的に安い……と思わせるのが、なんとも巧妙である。マカンは早くも増産体制という。そりゃ売れるわな。
(文=佐野弘宗/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
ポルシェ・マカン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4680×1925×1625mm
ホイールベース:2805mm
車重:1830kg(車検証記載値)
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:237ps(174kW)/5000-6800rpm
最大トルク:35.7kgm(350Nm)/1500-4500rpm
タイヤ:(前)235/60R18 103W/(後)255/55R18 105W(ミシュラン・ラティチュード スポーツ3)
燃費:7.2-7.5リッター/100km(約13.3-13.9km/リッター、欧州複合モード)
価格:616万円/テスト車=707万4000円
オプション装備:アゲートグレーレザーパッケージ+パーシャルレザーシート(28万1000円)/ポルシェ・ダイナミックライトシステム内蔵バイキセノンヘッドライト(28万3000円)/スポーツクロノ・パッケージ(19万5000円)/18インチ マカンSホイール(3万3000円)/カラークレスト ホイールセンターキャップ(3万円)/フロアマット(2万2000円)/シートヒーター<フロント>(7万円)
テスト車の年式:2014年型
テスト車の走行距離:6468km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:345.8km
使用燃料:38.9リッター
参考燃費:8.9km/リッター(満タン法)/8.5km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。