フェラーリGTC4ルッソ(4WD/7AT)
至高のグランツーリズモ 2016.07.26 試乗記 車名も新たに、大幅に進化したフェラーリのフル4シーター4WDクーペ「GTC4ルッソ」に試乗。6.3リッターV12自然吸気ユニットを高らかに歌わせれば、真に贅沢(ぜいたく)なグランツーリズモとは何なのかが、即座に理解できるだろう。顧客の若返りを狙う
その名前を初めて聞いたとたん、「なんと贅沢な!」と思ってしまった。歴史的なフェラーリをよく知る人なら、同じ気持ちになったはず。4を挟んで前後の「GTC」と「ルッソ」は、ともに歴史的な跳ね馬に付けられた、言ってみればとっておきの名前だったからだ。
前者は、「グランツーリズモ・クーペ」を、後者はイタリア語でラグジュアリーを、それぞれ意味している。名は体を表す、というが、このクルマはまさにそう。全長5m弱、ホイールベース3m、という堂々とした体躯のフル4シーター4WDクーペで、真ん中の数字の意味もおのずと分かっていただけよう。
新型、とはいうものの、流れ的には、前作「FF」(「フェラーリ・フォー」、2011年デビュー)のビッグマイナーチェンジというべきモデルだ。けれども、その内容を知れば知るほど、ほとんどフルモデルチェンジ級に思えてくる。
まずは、エクステリアからチェックしてみよう。FFのシューティングブレークスタイルを継承するものの、見栄えにはよりアグレッシブ、かつ、よりスポーティーな演出が加えられた。フェラーリによると、FFのオーナーの平均年齢層はそれ以前の4シーターモデル、「456GT」や「612スカリエッティ」に比べて10歳ほど若返ったのだという。ユニークなスタイルが、これまでとは違う層にアピールしたというわけだ。それに味をしめたのか、どうか。さらに若い人たちを取り込むべく、いっそうのパフォーマンスアピールを試みた。
インテリアを大幅にアップデート
FFと共通のボディーカウルパートはどこにも見当たらない。フロントグリルの開口部はより大きくなり、ノーズも若干長く見える。サイドのエアベント形状やキャラクターラインも変わったし、驚くべきことに、ルーフとサイドウィンドウの形状まで変更され、空力性能を上げている。そして、テールライトも伝統の丸目4灯へと回帰(もっとも、2灯にだって伝統はあるのだけれど)。後ろから見ると、リアガラスは薄く、背が低く見えて、FFとはまるで“別人”だ。
全体的にみてもワイド&ローが強調され、FFのちょっと鈍重な雰囲気はまるでなくなった。シューティングブレークスタイルでありながら、いっそう“鋭く”なったという印象で、フェラーリを目の前にあらためて言うのもおかしいけれど、ずっとスポーツカーらしくなったと思う。
インテリアに至っては、まさにフルモデルチェンジだ。シンプルなデュアルコックピットデザインとし、センターコンソールまわりを大きくあつらえたことで、ゆったりとして豪勢なスペースイメージを実現している。ピンチやスワイプなどが可能なマルチタッチスクリーンの大型センターモニターに加えて、助手席側にも薄いモニターを置き、ドライバーの運転状況やナビゲーション情報などをモニタリングできるようになっている。
最新世代のコンパクトなステアリングホイールにも、さまざまな新工夫があった。ウインカースイッチは3カ所から操作可能で、直感的に指示できる。ハイビームやフラッシュはボタン方式で、ワイパーもダイヤル式。いずれもステアリングホイール上に存在する。
ちょっとした物置や収納スペースも、大いに増えた。日本車並みの気遣いだ。フェラーリも変わったものである。
とまぁ、見栄えの変更点を細かく説明しているとキリがなくなるので、注目のパワートレインへと話を移そう。
6.3リッターV12は690psへ
ハイエンドラグジュアリーのGTC4ルッソであっても、最大の注目点はやはり、65度V12気筒自然吸気エンジンだろう。
ルーツを「エンツォ・フェラーリ」(6リッター)に持つティーポF140型で、FFと同様に6.3リッター仕様となる。ちなみにフェラーリは、V8エンジンのようなターボ化をV12では行わないとしている。言い換えればハイブリッド化の可能性は高い(「ラ フェラーリ」で実用化済み)というわけで、このGTC4ルッソ(と「F12ベルリネッタ」)がピュア自然吸気のV12エンジン搭載車としては最後のモデルになるかもしれない。
高回転域での最高出力をFFプラス30psの690psとし、全回転域においてトルクを平均5%増すことに成功した。最大トルク71.1kgm(697Nm)の8割はわずか1750rpmで得られる。CO2排出量も3%減らした。これらは特別限定車「F12tdf」用エンジンの知見から得た、ピストンクラウンの形状変更を含む燃焼室の最新設計や、ガソリンの実オクタン価をリアルタイムに把握して点火進角をアジャストするイオン検出システム、燃焼を安定させるマルチスパーク・シリンダー・アクティベーション、などによるもの。
エンジンサウンドの演出にも、いっそうのこだわりをみせている。新たな電気バルブシステムを加えることで、抑制されたGTサウンドと、心地よいV12サウンドの両方を実現した。
フェラーリにとって、V12とは自らの歴史そのもの、といっていい。それゆえ、進化を諦めることはないという強固な意志すら感じさせる内容だ。
このV12エンジンを完全にフロントミッド、つまりフロントアクスルの後ろに積み、前輪駆動用のPTU(パワートランスファーユニット、2速+後進の多板クラッチ付きギアボックス)をフロントアクスル側に、そして、E-DIFF3付き7段F1-DCT(デュアルクラッチ)ミッションをトランスアクスル方式でリアアクスル側に、それぞれ組み合わせた。
このシンプルな4WD方式そのものは、FFと同じ。PTUとE-Diff(エレクトロニック・ディファレンシャル)、そしてトラクションコントロールシステムを統合制御するシステムを、フェラーリでは4RMと呼ぶ。
GTC4ルッソ用としては、新たに後輪操舵(そうだ)の制御も加えた4RM-Sを搭載。この4RM-Sと、デュアルコイルダンパー仕様となったSCM-Eを統合制御するサイドスリップアングルコントロール(SSC)も最新世代のSSC4とした。
電子制御系は、まったくもってパソコンの仕様変更のように、ありとあらゆる手法を持ち込んで大幅なアップデートが図られている。もちろん、全ては性能向上のため、である。
フェラーリの本気がにじむ
果たして、そのパフォーマンスはどうだったか。
結論から言うとそれは、ラグジュアリーGTとしても、そして一流のスポーツカーとしても、一台二役という難しい立ち回りを考えれば、もうほとんど文句の付けようもない完成度の高さであった。
まず、一部タウンスピード域を除いて、乗り心地が素晴らしい。決してヤワじゃない。ビシッと筋の通ったそれは心地よさで、ソリッドだが不快ではないという類いのもの。抑制の利いたV12サウンドは、まるで猫が主人に甘えているかのようだ。
国際試乗会の開催された南チロルの山あいの道では、バカンスシーズンがスタートした初夏の心地よい天候だけあって、けっこうな渋滞に見舞われたが、その中にあっても、落ち着いた気分でリラックスできる。以前の跳ね馬なら、クルマが急(せ)いて、ドライバーがいらつく、といった悪循環に陥るところだ。それだけ、微速域におけるパワートレインのマナーがよく、室内スペースの演出も平和、ということだろう。
ひとたびオープンロードにノーズを向ければ、まるでよどみのない安定した加速をみせた。690psを感じさせることがない、というあたりもまた、オトナだ。良い意味で“速くない”。後輪操舵を得たこともあるだろう、前輪の動きにより“落ち着き”を与えたパワーステアリングのチューニングになっている。FFでも同じような安心感があったが、GTC4ルッソはそれを大幅に上回った。
そのくせ、どんどん攻め込めば、巨体をまるで感じさせない動きに、操っている方のドライバーが驚かされる。タイトベンドを強引に切り込んでいっても、車体の反応は、決して無理強いされたそれではない。まさに、ホイールベースが変わってしまった、それも前後左右に、という感覚だ。高速コーナーでの安定感も、本当に気分がいい。
そして、何より、高回転域まで回したときの、V12エンジンフィールの素晴らしさといったら! 右足に伝わった“歓び”が、腹、胸、頭へと、一瞬にして伝播(でんぱ)する快感は、何物にも代え難い。
その歓びが一瞬でもあれば、9割方の低速走行だって満足できてしまう。そういう演出こそが、今の時代の“真のラグジュアリー”、というわけだろう。ロールス・ロイスでもベントレーでもなく、フェラーリがそれを世に問うてくるとは! いよいよもって、フェラーリのホンキを感じざるを得ない。スーパースポーツの世界には、今、さまざまなコンペティターが存在するが、「誰がこのマーケットを引っ張ってきたのか」を思い出させるに十分過ぎる、最新にして最高のグランツーリズモである。
贅沢な名前を付けただけのことはあった。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ)
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テスト車のデータ
フェラーリGTC4ルッソ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4922×1980×1383mm
ホイールベース:2990mm
車重:1790kg(乾燥重量)/1920kg(空車重量)
駆動方式:4WD
エンジン:6.3リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:690ps(507kW)/8000rpm
最大トルク:71.1kgm(697Nm)/5750rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20/(後)295/35ZR20
燃費:15.0リッター/100km(約6.7km/リッター)(欧州複合サイクル)
価格:3470万円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。