テスラ・モデルX P90D(4WD)
唯一無二の存在 2017.04.12 試乗記 電気自動車(EV)専業メーカー・テスラのラインナップに新たに加わったSUV「モデルX」に試乗。特徴的な開き方のリアドアや、過剰ともいえるほどの動力性能など、既存のSUVとはまるで違う価値観のもとにつくられた、その魅力に迫った。発想の根本からしてちがう
現在のEV技術のレベルでは、ガソリン車やディーゼル車の代替になりそうなEVは「日産リーフ」のサイズがギリギリ……。で、それより車重が重く空気抵抗も大きなEVは、決まったルートを定期的にめぐる商用車のような用途にかぎられる……というのが世間の相場観だろう。昔ながらの普通の自動車メーカーは真面目なので、多くがそう考えている。
ところが、そもそもガソリン車もディーゼル車もつくったことがない新興メーカーのテスラは発想の根本からしてちがう。
EVでEセグメントセダンをつくってしまった「モデルS」にも驚いたが、モデルXはそれをベースにしたSUVである。しかも、3列シートレイアウトが可能で、最大で7人乗り仕様まで用意される。車重も2.2t前後だったモデルSより当然のごとく重く、なんと2.5t弱もある。
このモデルXにしてもモデルSにしても、常識的に考えれば“こんなにデカくて重いEVでまともな航続距離が稼げるのか!?”といいたくなるが、テスラの場合はバッテリーを大量に積むことで、それを単純かつ明快に解決している。
モデルXでは現在「75D」「90D」「100D」「P100D」というグレードが注文できるが、グレード名の数字は純粋に電池の容量を意味する。たとえば、75Dのそれは75kWh、100Dなら100kWhということである。
つまり、テスラはじつに日産リーフ(24~30kWh)の3倍から4倍以上の電池を積んで、モデルXでは75Dでも満充電あたりの航続距離は最大417km(欧州のNEDC値、以下同)。90Dで最大489km、100Dにいたっては最大565kmをうたうのだ。
もっとも、日本全国で十数カ所用意されている専用の「スーパーチャージャーステーション」での急速充電を例外とすれば、電池容量が大きいぶんだけ、充電にも素直に長い時間がかかるのだが……。
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“真面目”に考えすぎないことが好結果に
現時点でEVを世界で最も多く販売しているメーカーは、今年(2017年)2月時点で世界累計43.5万台を達成したというルノー・日産である。テスラは正確な累計販売台数を公表していないが、おそらくは10万~20万台には達していると思われる。企業規模からすれば、これは素直にたいしたものだ。まさに大成功である。
EVというと、いまだに“充電インフラはどうするのか?”とか“航続距離をどこまで伸ばせば実用に耐えるのか?”、あるいは“結局のところ、発電用エンジンを積んだプラグインでないと使えないんじゃないか?”といった話になりがちだ。いつものことである。EVを“真面目”かつ“常識”的に考えるほど、どうしても、そういう議論になってしまう。
だが、テスラが成功した最大の理由は、誤解を恐れずにいうと、EVを実用車として真面目に考えすぎていない点にあると思う。
いかに充電時間が長かろうが、絶対的な航続距離がこれだけあれば、電気残量を気にして走らなければならないケースは劇的に減少するし、いちいち満充電にする必要もなくなる。それに、現在のテスラは1000万円級のスーパーカーであり、これ1台で生活のすべてをまかなうユーザーはごく少数のはずで、“乗れないときは乗らない”と割り切ってもらえる。
テスラは航続距離や充電時間など、EVの実用性をこむずかしく考えず、しかも“面白い”と直感したら、1000万円程度のクルマならポンとノリで買ってしまう富裕層に向けた商品としてつくった。だからこそ、ここまでヒットしたのだと思う。
“巨大な電気SUV”などというモデルXは、昔ながらの大自動車メーカーが真面目に思案したらとてもつくれない……という意味で、モデルS以上にテスラらしいEVともいえる。
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ファルコンウイングドアのメリットとは!?
モデルXは、モデルSにも使われている既存のプラットフォームに、背高の車体を載せる。このプラットフォームは前後軸付近にそれぞれ動力モーターを配置することが可能で、モデルXは全車が2モーター4WDだ。
大量のバッテリーセルを敷き詰めたフロアは低く、ホイールベース内側のフロアに凹凸や突起物はほぼ皆無といっていい。試乗した6人乗り仕様車の2列目シートはそういう真っ平らなフロアに、脚付きで配置されており、レイアウト上の制約が少ない。つまり、テスラはもともと、こういうミニバン的なレイアウトには最適なパッケージなのだ。
事実、モデルXはSUVとしては低めのスタイルだが、室内空間は驚くほど広い。座ってみての印象は“サードシート付きのSUV”というより、完全に“ミニバン”と呼びたくなる開放感がある。
特徴的な跳ね上げ式のリアドアを“ガルウイングドア”と呼ぶと、テスラの広報担当は非常に嫌がる(笑)。モデルXのそれは「ファルコンウイングドア」と名付けられている。ちなみにカモメを意味するガルに対して、ファルコンはハヤブサだ。
テスラのファルコンウイングドアは古典的なガルウイングドアとは異なり、緻密な“中折れ”機構が備わっており、開閉に要する左右スペースが、普通のヒンジ式スイングドアやガルウイングより圧倒的に小さくて済むのが特徴だ。広報担当氏によれば“日本で主流のスライドドアよりせまい空間で乗降できます”とのことである。
まあ、現実的にはそういう実用や利便性より、開閉時のド派手なスペクタクルのほうにより大きなメリットがあるだろう。実際、撮影中にドアを開閉するたびに、道行く人が思わず立ち止まって、スマホでパシャパシャと記念撮影までされたくらいである(笑)。
意識が飛ぶほどの加速感!
今回試乗したモデルXはP90Dで、厳密にはすでにカタログ落ちしたグレードである。同様に頭に「P」がついたモデルXで、現時点で、日本で買えるのはP100Dだけだ。
Pがつくグレードは、リアモーターがよりパワフル(最高出力262ps→510ps)となり、電池残量にかかわらず超絶フルパワー加速を可能とする「Ludicrous(ルーディクラス)」モードが用意されるのが特徴だ。ルーディクラスとは直訳すると“ばかげた、笑うべき”という意味で、さしずめ“お笑いモード”といったところか。
ただ、モーターが供出できる出力はバッテリーに依存するので、実際のシステム出力はPがつかない90Dで422ps、今回のP90Dで470psとなる。
いずれにしても、ルーディクラスモードでのフル加速はちょっと意識が飛びそうになるほど強烈。単なる加速Gだけでなく、間髪入れないレスポンスがエンジン車とは完全に異質である。しかも、4WDのトルク配分も後輪出力が優勢になるため、回頭性も向上するから、その迫力はなおさら強調される。いや、そうでなくても2モーターによる動力性能は笑っちゃうほど速い。
今回の試乗は東京・お台場周辺と首都高速……という、正味1~2時間ほどにかぎられたが、重量物が床下に集中した低重心パッケージゆえに、身のこなしにSUVならではの背の高さを意識することはほとんどない。しかも、サスペンションもソフトな設定で、22インチ(!)という武闘派きわまりないタイヤのコツコツ感はあるものの、とにかく乗り心地はしなやかだ。さらに凹凸を乗り越えても、ガタピシという低級音も皆無に近い。
ふと、ホイールハウスの隙間からサスペンションをのぞきこんでみると、これがまた異例なほどゴツいアルミパーツで固められている。シロートの目から見ても“もっと軽量化の余地があるのでは?”とツッコミたくもなるが、これまでテスラを試乗したジャーナリスト先生方が総じて、走りを絶賛しているキモは、低重心パッケージと、すこぶる頑丈そうなシャシー構造にあると思われる。
“自動運転”といいきる姿勢に脱帽
今回は雨天ということもあって、自慢の自動運転機能「オートパイロット」を試すことは遠慮した。しかし、メーターパネルに表示される周囲の検知状況を見るに、体感的には日産やスバル、あるいはメルセデスにBMWなど、世界トップクラスのそれと同程度の性能はもっていると感じられた。
知っている人も多いと思うが、昨年5月にアメリカでオートパイロットを装備したモデルSで不幸な死亡事故が発生したが、その後のアメリカ国家道路交通安全局の調査で、テスラのシステム自体に欠陥はなかったと結論づけられた。現在の自動運転技術が完全なものではなく、最終的な責任があくまでドライバーにあることはテスラにかぎったことではない。
それでも、既存の自動車メーカーは奥歯にモノがはさまったように“自動運転”という表現を使いたがらない。しかし、テスラは「各国・地域の認可が必要」と断り書きを入れつつも、「将来の完全自動運転に対応したハードウエア」と、あえて一歩踏み込んだキャッチフレーズを使っている。
前記した航続距離や充電時間の問題といい、価格の件といい、そして自動運転に対する姿勢といい、既存の自動車メーカーがなかなか煮え切らない部分を、良くも悪くもズバッと気持ちよく“やりきって”くれるのがテスラならではの勢いの良さであり、最大の魅力だろう。
このモデルXにしても、重箱のスミをつつけば、細かいツッコミどころをあげることは可能だ。しかし、これほど新鮮でインパクトがあり、胸がすくほど速く、そして周囲から(やっかみより)好奇心と好意の目で見てもらえるスーパーカー、あるいはラグジュアリーSUVは、ほかにないのではないか。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
テスラ・モデルX P90D
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5037×2070×1680mm
ホイールベース:2965mm
車重:2468kg
駆動方式:4WD
モーター:三相交流誘導モーター
フロントモーター最高出力:262ps(192kW)
フロントモーター最大トルク:--Nm(--kgm)
リアモーター最高出力:510ps(375kW)
リアモーター最大トルク:--Nm(--kgm)
システム最高出力:470ps(346kW)
システム最高トルク:830Nm(84.6kgm)
タイヤ:(前)265/35R22 106W/(後)265/35R22 106W(グッドイヤー・イーグルF1アシメトリック3)
価格:1381万円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2016年型
テスト車の走行距離:8801km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(7)/高速道路(3)/山岳路(0)
テスト距離:40.2km
参考電力消費率:5.28km/kWh(車載電費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。