フェラーリGTC4ルッソT(FR/7AT)
似て非なるグランツーリスモ 2017.04.18 試乗記 エンジンがV12からV8ターボへ、駆動方式が4WDからFRへ改められた「フェラーリGTC4ルッソT」は、見た目からすれば誰もがGTC4ルッソ・シリーズの追加グレードと思うだろう。しかしステアリングを握ればその差は歴然。V12モデルとは似て非なるグランツーリスモに仕上がっていた。派生モデルではなく新型車
2011年に「FF(フェラーリ・フォー)」が誕生したときのこと。このクルマが、フェラーリ初の4WDロードカーであり、非常に個性的なシューティングブレークスタイルをもっていたことから、それまでの伝統的な4シーターの12気筒FRフェラーリモデルとはまったくジャンルの異なった、“新たなる跳ね馬モデル”として、捉えられていた。
たとえば、FF直前のフル4シーターモデルといえば「612スカリエッティ」で、ボディーサイズ的にはFFとほとんど同じであったものの、両車のドライブテイストは誰が乗っても違うと分かるくらい、まるで異なっていた。
端的に言って、FFは安定志向のGTであり、612スカリエッティは、もちろん2シーターモデルよりもマイルドだったとはいえ、それでもまだフェラーリらしくスリリングなハンドリング志向をもったGTだったのだ。実際に乗り比べてみれば、その差は歴然としており、それゆえ、贅沢(ぜいたく)で実用的なデイリーカーとして、FFの実力を逆に認めたフェラーリマニアも多かった。
FFの後を継いだ「GTC4ルッソ」も、基本的にはFF路線を貫いている。エクステリアデザインや走りのテイストにおいて、スポーティーさをさらに強調した、という点で分かりやすい進化を遂げたものの、革新的な4RM(4WDシステム)が提供する走りは、フェラーリラインナップのなかでは群を抜いて安定志向である、と言っていい。
そんななか、新たに登場したGTC4ルッソTのことを、フェラーリ側は、GTC4ルッソの派生モデルである、とは、公式には一度たりとも言っていない。ただ、“6番目の新型車である”、と主張し続けている。マフラーとホイールを除いて、見た目に異なる点など一切ないというのに、だ。名前もT(=ターボエンジン搭載を意味する)が付け加えられたのみ。まったくもって、追加グレードとしか思えない。
けれども、マラネッロがそこまで違いを強弁する理由は、これまた乗れば分かる、という類いのことだった。
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610psの3.9リッターV8ターボを搭載
まずは、すでに日本市場でも発表済みのGTC4ルッソTについて、簡単に復習しておこう。
前述したとおり、見た目には、12気筒の4WDマシン・GTC4ルッソと何ら変わらない。エンジンフードも変わらないし、よくあるようなノーズやバンパーまわりの意匠変更もない。エンブレムも特にない(ダッシュボートにのみ、「GTC4LUSSO T」と入る)。ただし、エキゾーストパイプエンドと20インチの鍛造アロイホイールのデザインが、12気筒版とは異なっている。インテリアのデザインもまったく同じ。もともとのデザインのエレガントさに自信をもっているから、とも言えるわけだが、ここまで徹底して同じデザインを貫くというのは、ある意味、立派だ。
違う点は、大きく、そしてただひとつ。GTC4ルッソが、6.3リッターのV12エンジン(最高出力690ps/8000rpm、最大トルク697Nm/5750rpm)を積む4WDのGTであるのに対して、6番目のニューモデル・GTC4ルッソTは、「カリフォルニアT」と同系列の3.9リッターV8ツインターボエンジン(最高出力610ps/7500rpm、最大トルク760Nm/3000-5250rpm)をフロントミッドに押し込んだリア駆動、すなわちFRのGTだという点である。
ふだんはあまり数字やスペックについて解説しないけれども、他の跳ね馬8気筒モデルとの差を見比べてみると、このクルマの性格と位置づけがよく分かるので、今回は少し詳しく記そう。
まず、12気筒との重量差は、50kg(乾燥重量)だ。多くはフロント側で減らされたため、わずかな減量とはいうものの、走りのキャラ変化が大いに興味深いところだ。実際、フェラーリ側の事前説明によると、前後重量配分がトラディショナルなGTカーの平均値である52:48(フロントヘビー)から、46:54(リアヘビー)となり、メカニカルグリップが強化され、ハンドリング全般の俊敏性が増している、とあった。そのうえで、前が軽くなったことによって減じた高速安定性と操舵の初期レスポンスを改善するために引き続き後輪操舵(4WS)制御を採用している、というわけである。
同じくFRの2+2GTカー・カリフォルニアTとの違いはどうか。最高出力は+50ps、最大トルクは+5Nm、だ。注目すべきは、最大トルクを発する領域で、数値そのものはミドシップの「488」系列と同じ760Nm/3000rpmながら、5250rpmまでフラットにそれを継続するという。たった5Nmアップとはいえ、3000rpmから最大トルクを持続的に発生するという点に注目しておきたい。さらに、12気筒版と比較すれば、+60Nm以上力持ちである。
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これぞFRフェラーリのハンドリング
これだけの予備知識があれば、この新型車=8気筒ルッソと以前からの12気筒ルッソのドライブフィールの違いについて、スポーツカーに詳しい読者なら、あらかた想像がつくのではないか。GTC4ルッソTの国際試乗会は、イタリアはトスカーナの美しいヴィラを拠点に、風光明媚(めいび)なワインディングロードで開催された。
結論から言うと、この新型車は、“いっそうスポーツカー”であった。
以前にフェラーリの、それもFFやGTC4ルッソではなく、「599」や「612スカリエッティ」「F12ベルリネッタ」といった12気筒モデルに乗ったことのある方には、こう付け加えたい。“あの味付けが再現されていますよ”、と。
実際、トスカーナのワインディングを走りだしたGTC4ルッソTは、まるでカリフォルニアTを操っているのか、と思ってしまうほどに、軽快かつ俊敏なスポーツカーだったのだ。ステアリングフィールは、フェラーリのFRに共通する独特な軽さを再現していて、カリフォルニアTはもちろんのこと、F12との近似性も感じ取れる。そういう意味では、12気筒のGTC4ルッソとはまるで縁遠く、近代跳ね馬のFRらしい敏感ハンドリングだったというほかない。
12気筒版でも、速度を上げていけば、その大きさを忘れさせるような一体感ある走りを得ることができたものだが、この新型8気筒版は、もっと低い速度域、それこそ街中の交差点を曲がっていくような場面でも、大きさを感じさせない動きをみせてくれた。そう、12気筒版に比べて、乗り手は圧倒的に軽いクルマを操っているように思うのだ。
エキゾーストノートも、はっきりとワイルドでたくましい。特にバルブが開いてからのサウンドは、けたたましく、派手な8気筒サウンドだ。
ビッグトルクで駆ける跳ね馬
4WSもよく効いている。特にタイトベンドでは、3mものホイールベースをさほど感じさせない。トスカーナからアドリア海側へと向かう山岳路は全般的に荒れていて、狭い場面が多かったが、さほど気遣うことなく抜けていけた。
基本的に、ビッグトルクをうまく使いこなして速度にのせていくクルマだと思ったほうがいい。それゆえ、シフトパドルを使ってマニュアルでシフトアップする際も、エンジンを回し切って上の回転域まで味わうという“フェラーリらしい”走らせ方よりも、最大トルクが出ている領域内で早めにシフトアップしていった方が気分も良かったし、速く走れるような気がした。小気味よく、そして間髪入れずに変速する7段DSGの醍醐味(だいごみ)も、その方がよりいっそう官能的に味わえることだろう。
とにかく、このデザインとサイズであるにもかかわらず、思う存分、意のままに駆っていける。そのあまりの機敏さに、「雨がふっての高速道路はちょっと嫌かも」、と思わずにはいられなかった。そう、それもまた、以前の12気筒FRフェラーリの典型的な試乗感と同じだ。
とはいえ、高速道路でも、GTとしてのクルーズ性能はトップレベルにある。あいにく、雨の高速を試す機会はなかったものの、想像したほどには真っすぐ走ることに不安を感じる場面はなかった。さらに言うと、悪コンディションを想定しつつ安定志向を選びたい向きには、+500万円で+4気筒&+4WD化、を選べる、ということも忘れてはいけない。
乗り心地は全般に言って硬めに終始する。これも、ある意味、フェラーリらしく、もっと言うと、12気筒のルッソが例外であった、とも言える。さらに、長いノーズが間髪入れず鋭敏に動く。左右のゲインが近年まれにみるほど強い。それゆえ、助手席は酔いやすい(筆者も酔ってしまった)。女性とのデートが主な利用場面、という男性には、あらためて、ジェントルな12気筒版を薦めておく。
もっとも、あえて8気筒版のGTC4ルッソTを選ぶ方というのは、フェラーリによれば、12気筒版に比べて10歳は若い、のだそうだ。自分はまだまだ若い、と信じてみるのもまた、男の大事な見栄というものだろう。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=竹下元太郎)
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テスト車のデータ
フェラーリGTC4ルッソT
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4922×1980×1383mm
ホイールベース:2990mm
車重:1740kg(乾燥重量)/1865kg(空車重量)
駆動方式:FR
エンジン:3.9リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:610ps(449kW)/7500rpm
最大トルク:760Nm(77.5kgm)/3000-5250rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20/(後)295/35ZR20
燃費:11.6リッター/100km(約8.6km/リッター HELEシステム搭載による欧州複合サイクル)
価格:2970万円*/テスト車=--円
オプション装備:--
*=日本市場での車両価格。
テスト車の年式:2017年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。