トミーカイラZZ(MR)
ありのままのEV 2017.06.09 試乗記 京都のベンチャー企業、GLMが初めて手がけた量産電気自動車(EV)「トミーカイラZZ」。自動車メーカーとしての第一歩を飾る99台の限定モデルは、電動パワープラントならではの刺激と、走る楽しさにあふれたピュアスポーツカーだった。ドアハンドルは内側だけ
この5月にコンセプトカー「AKXY(アクシー)」を発表したのは旭化成である。化学素材や医療品、建築など幅広い分野で存在感を示す大企業だが、今後はより自動車事業に力を注いでいく意欲を明らかにしたのだ。AKXYはSUVタイプのEVで、旭化成が手がける樹脂や人工皮革などの素材が使われている。ショーケース的な試作品であり、私たちが乗ることはできそうにない。ただ、同じプラットフォームを使ったクルマはすでに販売されている。
大企業とはいえ、さすがに自動車製造のノウハウは持ち合わせていない。パートナーとして車両設計や製作を手がけたのが、EVメーカーのGLMである。京都大学発のベンチャー企業で、4月にはスーパーカー「G4」の量産化を発表していた。GLMが初めて製造・販売したのがトミーカイラZZだ。1995年にトミタ夢工場が発表したスポーツカーをEVとしてよみがえらせ、2015年に量産が始められた。AKXYはこのモデルのシャシーやパワープラントを使って仕立てられているのだ。
トミーカイラZZは99台の限定生産であり、なかなか試乗の機会がなかった。ようやく実物を目のあたりにできたのはいいものの、あまりの迫力に気後れしてしまった。スポーツカーというより、レーシングカーと言ったほうがいい。低く構えたワイドなボディーは、抑揚が豊かでグラマラスな造形である。サイドシルは極端に幅が広く、乗り込みにくいことこの上ない。ドアハンドルが内側にしかないのは、オープンで乗ることが前提だからだ。
物を置くスペースは用意されていない。荷物は助手席に座る乗員が抱えることになる。ドアを閉めるとサイドシルの峰との間に細長い空間が出現する。ペットボトルや財布を置きたくなるが、降りる時に間違いなく落下するだろう。
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“重ステ”で“重ブレーキ”
試乗を兼ね、千葉県のかずさアカデミアパークで行われる自動車のイベントに向かうことにした。朝から快晴で雨の心配はなかったが、別の問題があった。編集部のある東京・恵比寿からは約60kmの距離で、トミーカイラZZにとっては超長距離ドライブなのだ。「BMW i3」のようなレンジエクステンダーは用意されていないから、途中で充電しないと目的地にたどり着けない恐れがある。アクアラインの海ほたるパーキングエリアに立ち寄ることにしたが、それでも約45km離れている。
低速ではほとんど無音で、エコカー気分である。静かなのはいいが、ウインカーの作動音すらしないのは不安になった。ハンドルを切ると、このクルマが普通ではないことを思い知らされる。パワーアシストなんて付いていないから、しっかり握って力を込めないと思った方向に曲がってくれない。“重ステ”のクルマなんて、いつ以来だろう。
ブレーキにもサーボはない。減速するにはガツンと踏む必要がある。踏み代は少なく、踏力でコントロールするタイプだ。回生ブレーキではないので、感触がソリッドなのが頼もしい。右足と両手にクルマの状況がダイレクトに伝わってくる。新鮮に感じたが、よく考えれば大昔のクルマはみんな“重ステ”で“重ブレーキ”だった。
トランスミッションはなく、2ペダルで運転する。左足はバータイプの頑丈なフットレストに置くのだが、シートの前後スライドが極小なので最適なポジションをとるのは難しい。ステアリングホイールも、完全固定式だ。小柄なドライバーには、座布団が必要になる。
アクセルペダルに触れただけで、瞬時に動き出した。エンジンの回転数が上昇するのを待たなければならないガソリン車とはまったく異なる感覚である。低速でのスピードコントロールはとてもスムーズだ。
電動カートと同じフィール
アクセルペダルを踏み増していくと、モリモリとトルクが湧き出てくるのを感じる。レスポンスのよさは異次元だ。無際限に加速が続きそうな気がして怖くなり、思わず右足の力を緩めてしまう。全開加速しようものなら、一瞬で制限速度をオーバーしてしまうだろう。背後からシャーッという音が聞こえるだけでエンジンのような爆音がないから、スピードの実感を持つのに苦労する。
電動カートに乗った時のことを思い出した。鉛電池を使った簡素な仕立てだったが、尋常ではないダイレクト感が感動的ですらあった。トミーカイラZZには、同じようなフィールがある。モーターのポテンシャルを全面的に解放しているのだ。今やEVは珍しいものではなくなったし、HV(ハイブリッド車)を含めれば電動のクルマは世の中にいくらでもある。しかし、ダイレクト感は抑制され、温和な性格にしつけられているのだ。乗用車には、モーターの荒々しい力をそのまま与えるわけにはいかない。
トミーカイラZZは、EVの本来の姿を見せてくれる。万人向けのクルマにするつもりなどないから、モーター駆動の気持ちよさを前面に押し出しているのだ。タイトコーナーの多い袖ヶ浦フォレストレースウェイのようなサーキットで走れば、とてつもなく楽しいだろう。形が表しているとおり、このクルマはレーシングカーなのだ。ということは、公道で乗るには不都合な面もあることを覚悟しなければならない。
当たり前だが、乗り心地はよくない。ほんの少しの段差でも乗員に衝撃を伝えるから、マンホールを避けて運転するようになる。石畳の道を走ると、FRP製のボディーパネルがミシミシと震えて体が揺さぶられた。小ざかしい電子制御とは無縁だから、むちゃに飛ばそうという気にはならない。
エンジン音はないが、ロードノイズと風切り音はすさまじい。まわりのクルマが発する音も盛大に聞こえてくる。トンネルに入るとさながらオーケストラの演奏する中心にいるようだ。助手席の人との会話は不可能である。最近のオープンカーは風の巻き込みを抑える工夫がなされているのが普通だが、もちろんそんな配慮はない。80km/hを超えると後方から空気のカタマリがぶつかってきた。横風が強いと、ほっぺたを張られるような痛みを感じる。
楽観的な電池残量表示
海ほたるPAに着くと、メーターの電池残量表示は50%以下になっていた。航続距離は数字では示されず、バーの長さから推し測るしかない。リアのフードを開けてCHAdeMOのポートにつなぎ、急速充電を始めた。通常はすぐに充電器のモニターに電池の状態が示されるのだが、反応がない。2分ほどして残量70%の表示となった。クルマ側のメーターを見ると、すでに100%近くを示している。かなり楽観的なメーターである。15分ほどで充電は完了。8.5kWhが電池に注入された。
交通量の少ない山道では、トミーカイラZZの魅力が存分に発揮される。さほどスピードを出さなくても、加速と減速を繰り返すだけで楽しい。路面さえフラットならば、モーターのスムーズさがすてきなドライブを約束してくれる。ただし、楽しい走りは電池の消耗という結果を導く。残量表示バーはどんどん短くなっていった。
EVの普及にともない、充電インフラは着実に整備されている。スマホのアプリで充電スポットをすぐに探せるのは安心だ。コンビニでも充電できたのだが、普通充電だったので回避。急速充電器のある大規模モールを目指した。余力を残して到着したが、そこではモールのカードを持っていないと充電器が使えないことが判明する。囲い込みをしたいのだろうが、こういう不親切は評判を落とすことにつながる。
先進的であり、古典的でもある
残量はまだ50%あったので、また海ほたるで充電することにした。メーターを信用したのは痛恨の過ちである。高速道路に乗った時点で、残量を示すバーが白から赤に変化した。残量が少ないことを警告しているのだろう。エコ運転に徹することにした。回生ブレーキがないから、減速を利用して充電することはできない。メーターに表示されるリアルタイムの電流消費状況を見ながら、慎重に走る。
普通に走っていると電流は30~50Aほどだが、加速時には250Aを超えることもあった。アクセルペダルから足を離すとコースティング状態になって、表示は0になる。なんとか20Aを下回るようにして走り、海ほたるにたどり着いた。充電を開始すると、クルマのメーターはすぐに50%まで回復。充電器は20%を示していたから、やはりかなり楽観的だ。30分で14.6kWh充電したから、残量はギリギリだったらしい。
承知してはいたものの、50km走るたびに充電しなければならないのではとても実用にはならない。トミーカイラZZは、電気の力をストレートに表現したクルマなのだ。先進的なEVでありながら超古典的な乗り物でもある。自動車の運転をピュアに味わうには、最高の選択肢かもしれない。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
トミーカイラZZ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3865×1735×1140mm
ホイールベース:2370mm
車重:850kg
駆動方式:MR
モーター:交流同期電動機
最高出力:305ps(225kW)
最大トルク:415Nm(42.3kgm)
タイヤ:(前)205/45ZR17 88W/(後)225/45ZR17 94Y(ピレリPゼロ ネロ)
価格:864万円/テスト車=971万2800円
オプション装備:特別塗装色<ブルーパール>(20万円)/カーボンリップスポイラー(7万8000円)/カーボンリアディフューザー(12万8000円) ※以下、販売店オプション ダッシュボードマニュファクチャー<ALCANTARA>(14万円)/シートマニュファクチャー<ALCANTARA+PVC>(32万円)/スポーツステアリング(5万円)/フロアマット(2万8000円)/フットレスト(1万4000円)/ETC車載器(2万円)/USBポート+シガーソケット(1万2000円)/LEDヘッドライト(7万4000円)/スポーツホーン(8800円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:2319km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(5)/山岳路(1)
テスト距離:154.1km
参考電力消費率:--km/kWh
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。