第38回:ミニバン文化の発展
広さと走りの両立に挑んだ25年
2018.12.06
自動車ヒストリー
世界的にもユニークな日本のミニバン文化は、どのように生まれ、どのような変遷をたどって今日に至ったのか。その歴史を、1994年に登場したエポックメーカー「ホンダ・オデッセイ」にまつわる数奇なエピソードとともに紹介する。
5代目オデッセイの変貌
2013年のホンダ・オデッセイのフルモデルチェンジは、時代の移り変わりを強く印象づけるものとなった。5代目は1994年の初登場以来維持してきた4枚ヒンジドアを廃止し、左右のリアドアにスライド式を採用。3代目、4代目の特徴だった“タワーパーキングに入る”ボディー形状とも決別し、全高は約1700mmに高められた。外観は他社の売れ筋ミニバンとほとんど変わらない。消費者がミニバンに求める要素は、20年足らずの間に大きく変化したのだ。
“ミニバン”とは、文字通り“小さいサイズのバン”を意味する。バンは貨物車から主に乗客を乗せるMPV(マルチ・パーパス・ヴィークル)までを含む広い概念だ。本場アメリカでフルサイズのバンといえば、全長5メートル以上、全幅と全高は2メートルにも達する巨大な箱型のクルマである。だから、ミニバンといってもアメリカで売られているモデルは日本の感覚では相当に大きい。代表的な車種である「ダッジ・キャラバン」や「シボレー・アストロ」は、日本の道では持て余すサイズだった。
1970年代までの日本では、後ろに荷室のついたクルマをライトバンと呼ぶのが普通だった。あくまで商用車であり、レジャーを楽しむためのワゴンという概念そのものが存在しなかったのだ。1982年に発売された「日産プレーリー」は日本型ミニバンの始祖と考えられているが、当時のキャッチコピーは“びっくりBOXY SEDAN”である。耳慣れないミニバンなどという言葉を使っても消費者に伝わらないことは明らかだったので、苦心してひねり出した表現だったのだろう。
苦肉の策で生まれた低車高
「トヨタ・タウンエース」や「三菱デリカ スターワゴン」など、キャブオーバー型のワンボックスカーは以前から存在していた。ただ、それらのモデルは商用車がベースである。乗り心地や高級感の面でセダンと大きな差があったことは否定できない。変化が見えてきたのは1990年のことで、この年にトヨタが「エスティマ」、マツダが「MPV」と、北米向けに生産していたモデルを国内に導入した。3列シートの広いスペースを生かしたファミリーカーが、ようやく評価を高めてきた。
その頃のホンダは、売れ筋となりつつあったSUVやミニバンをラインナップに持っていなかった。以前から生産していたセダンやクーペが、次第に売れ行きを落としていた時期である。救世主のように現れたのがオデッセイだった。大きな期待を背負って登場したわけではない。発売当初の月間販売目標台数は4000台にすぎなかった。しかし、すぐに生産計画を見直してラインを増強する必要に迫られることになる。
ベースとなったのは、「アコード」のプラットフォームである。新たに一から設計を始める余裕は、時間的にも資金的にもなかったのだ。生産ラインもアコードと同じものを使うので、サイズに制約が生じる。低く構えたフォルムやヒンジドアは、苦肉の策で生じたものだったのだ。背が高くてドアがスライドするという“ミニバンらしさ”を欠いたことで、商品力が低いとみなされたのは仕方がない。しかし、弱点と考えられた部分がむしろヒットの要因になったのである。
ミニバンが登場して間もない頃で、乗用車感覚を求めるユーザーはまだまだ多かった。長年セダンに乗ってきたドライバーにとって、高い重心でコーナリング時にふらつくのは不安でしかない。オデッセイは、運転席に座っている限りミニバンであることを意識しないですんだのである。
会社の方針に反して勝手に開発
オデッセイは低床なので乗降しやすく、天井が低くても十分なスペースを確保できていた。コラムシフトを採用したことで、前席から後席へのウォークスルーも可能である。ミニバンの利点を享受しながら、運転感覚は従来どおり。過渡期のモデルとしては、理想的な仕上がりだったのだ。
ホンダはオデッセイを先頭に押し立てて、“クリエイティブ・ムーバー戦略”を展開する。「CR-V」「ステップワゴン」「S-MX」をたてつづけに市場に投入し、脱セダンのラインナップを充実させていった。
オデッセイは、会社の方針として開発されていたわけではない。「レジェンド」のV6エンジンを使ったアメリカンミニバンの研究チームはあったが、資金不足もあって解散してしまう。しかし、チームの一員だった浅木泰昭氏は、その後も勝手にミニバンの開発を続けた。V6担当なのに直4エンジンを使ったわけで、組織上は本来なら許されない。おきて破りの行動である。上司が苦言を呈したのは当然だが、無理やり中止させなかったところがホンダらしい。
「クビにはならなかったんですよね。黙認というか、つぶし切らないという風土はありますね。まあ、冷や飯は食いましたけど、覚悟の上ですから」
浅木氏は後にそう語っている。エンジニアとして、ホンダの第2期F1活動にも従事したことのある浅木氏は、レギュレーションの中で最大の成果を求めることを常に要求されていた。オデッセイがさまざまな制約を背負っていたことも、あるいは発奮材料になったのかもしれない。
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バリエーションを広げた日本のミニバン
「ホンダはスポーツカーを諦め、ミニバンメーカーになってしまった」
そんなふうに言われた時期もあった。しかし、ミニバンという新たな世界を切り開くのは、ホンダにとってスポーツカーと同様のエキサイティングな挑戦だったのだ。
オデッセイのヒット以降、日本のミニバンはバリエーションを広げていく。進化の方向性は、本家とはかけ離れたものだった。2000年にホンダは5ナンバー枠に収まる「ストリーム」を発売し、コンパクトサイズの7人乗りミニバンという新たなジャンルを作り出す。トヨタの「タウンエース ノア」はFFの新シャシーを得て「ノア/ヴォクシー」に生まれ変わり、良質な乗り心地と運動性能を手に入れた。「日産エルグランド」「トヨタ・アルファード」といった大きくて豪華な上級ミニバンも人気を博す。
軽自動車の世界でも「スズキ・ワゴンR」や「ダイハツ・ムーヴ」などのハイトワゴンが主流となり、“ミニ・ミニバン”ともいうべきジャンルを作り出した。日本のファミリーカーの主流はミニバンとなったのだから、セダンの運転感覚を基準にする必要は失われた。広さと便利さに慣れたユーザーは、もう元には戻れない。
この25年の間に自動車の技術は飛躍的な発展を遂げ、背の高いミニバンでも十分な運動性能をもつようになった。もう、過渡期のミニバンは役割を終えたのかもしれない。それでも、日本のミニバン文化の発展と隆盛の発火点となったのは、間違いなくオデッセイだったのだ。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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