第42回:ウインカーの誕生と発展
進化する自動車のコミュニケーション
2019.02.07
自動車ヒストリー
ドライバーの手信号から「腕木式」の方向指示器、そして電気式の点滅式方向指示器へ。自動車とともに進化を続けたウインカーの歴史を振り返るとともに、方向指示器の新しい役割や新時代の通信技術を通し、「自動車のコミュニケーション」のこれからを考えた。
ドライバーの手信号から始まった
アメリカのゼネラルモーターズが初めて電気式の点滅式方向指示器を採用したのは1938年。ビュイックに取り付けられた「Flash-Way Directional Signal」で、1940年までにセルフキャンセリングシステムを追加するなどして実用性を改善していく。スプリングやカムを使った機構で、現在使われているウインカーと基本的に同じといっていいものだった。
初めて自動車に方向指示器が装備されたのは、もっと前のことである。自動車の数が少ない時期は、動く方向を示す必要はなかったが、台数が増えてボディーが大型化すると事情が変わってくる。スピードも増して、進路をまわりに知らせなければ危険が生じるようになったのだ。最初はドライバーが手信号によって進路を知らせていたが、後にボディーサイドに可動式の表示器を設置する方法が考案された。
それは鉄道信号機の構造を応用したもので、「腕木式」あるいは「矢羽式」と呼ばれている。進路変更時には、通常時は格納されているアームを飛び出させることで車両の進路を示す。ケーブルを介して操作し、離すと重力によって元に戻る仕組みだった。
電気式ヘッドライトが使われるようになると、アームの中にも電球を入れる方式が誕生する。視認性が向上し、夜間でも使用できるようになった。電気は腕木の動作にも用いられるようになり、モーターや電磁アクチュエーターなどによる自動化が進んでいく。
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映画女優の“発明”
アメリカでは、方向指示器の初期の歴史に意外な人物が登場する。映画女優のフローレンス・ローレンスだ。彼女はサイレント時代に250本もの作品に主演しており、“映画スター第1号”といわれている。それまでは出演者が誰であるかが知らされることはなかったが、映画会社は彼女の名前をクレジットに出して観客にアピールした。これがハリウッドにおけるスターシステムの始まりである。
その映画女優が、キャリア絶頂期の1914年に“発明”したのが「auto-signaling arm」だった。フェンダーの後ろ側に設置し、ボタンを押すと電気信号が伝わって旗の付いたアームを上下させる仕組みだった。また、フットブレーキを踏むと自動的にSTOPというサインが跳ね上がるようにもなっていた。
人気女優が自動車のデバイスを開発するというのも奇妙な話だが、これは母親譲りの行動だったらしい。ボードビルの女優だった彼女の母シャーロット・ブリッジウッドは、1917年に自動ワイパーの特許を取得している。もっとも、自動車会社がその技術を採用することはなく、彼女に経済的利益はもたらされなかった。娘のフローレンスは、そもそもウインカーの特許申請すらしていない。
女優としての名声も次第に衰えていき、フローレンスは52歳の若さで服毒自殺する。それは、ビュイックが電気式方向指示器を採用したのと同じ1938年のことだった。
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日本で “アポロ”と呼ばれていた普及初期
ビュイックの方式は合理的で使い勝手もよかったが、すぐに普及したわけではない。電気式ウインカーが広まったのは、1950年代に入ってからである。
方向指示器は、日本ではウインカーと呼ばれることが多い。英語ではblinker、あるいはturn signal、directional indicatorなどと表記される。日本で普及が始まった頃は、ウインカーのことをアポロと呼ぶ人が多かった。後付けの腕木式方向指示器の生産を、アポロ工業という会社がほぼ独占していたからである。電気式ウインカーが一般化すると会社の業績は低迷し、サンウエーブ工業との合併を余儀なくされる。その後、サンウエーブ工業は住宅設備機器を扱うLIXILに統合されており、現在は自動車関連の装置は生産していない。
現在では、ほとんどの国でウインカーの設置が義務付けられている。日本では保安基準により「車両中心線上の前方及(およ)び後方30メートルの距離から指示部が見通すことのできる位置に少なくとも左右1個ずつ」設置することが定められている。他車から確実に認識できるようにするため、ほかにも細かな規定がある。もちろん、必ず前後ともに取り付けなければならない。左右対称であることも求められる。
「方向指示器の灯光の色は、橙色(とうしょく)であること」という項目もあるので、ウインカーの色はオレンジ色でなければならない。1973年以前は白色や乳白色も認められていたが、規定が変わったのだ。ブレーキランプは赤、ウインカーはオレンジ、後退灯は白と分けることによって、見間違いを防いでいる。ただし、バルブがオレンジであれば、クリアレンズを使ってもかまわない。
規定の変化で“流れるウインカー”もOKに
点滅は毎分60回以上、120回以下と定められている。ウインカー全体が光ることが前提で、ダンプカーなどに見られる“流れるウインカー”については言及されていなかった。2014年10月に保安基準が改められ、「連鎖式点灯」が許可された。すでにヨーロッパなどでシーケンシャルフラッシャーが採用されるようになっており、それに合わせて規定を変更したのだ。アウディやレクサスなど、光が流れる方式を採用するブランドが増えている。
ウインカーレバーはステアリングコラムに設置されている。日本車では右側だが輸入車は左のことが多く、慣れないと間違えてワイパーを動かしてしまう。この違いには理由がある。国際標準化機構(ISO)でウインカーレバーが左、ワイパーレバーが右と定められており、ヨーロッパ車はすべてこの方式に統一されているのだ。右ハンドルのイギリス車でも同様である。
日本車は日本工業規格(JIS)でウインカーレバーが右と規定されていることに従っている。MT車ではシフトノブとウインカーレバーが同じ側にあると使い勝手が悪いというのが理由だ。ISOに働きかけを続けた結果、今では規定が変更されて左右どちらでも許容されることになった。
輸入車でも、日本仕様では右側にウインカーレバーを設置する場合があった。2000年代初頭のキャデラックやサターン、ヒュンダイなどは、右ウインカーレバーを採用している。トヨタの「キャバリエ」や「ヴォルツ」などのOEM車も、日本車にならった方式である。メルセデス・ベンツも右ハンドルには右ウインカーレバーだったことがあったが、その後ウインカーとワイパーのレバーを統合して、左に設置するようになった。
ドライバーの意思をクルマに伝える役割も
道路交通法施行令では、右左折の際に30m手前でウインカーを作動させるように指示されている。曲がりきったら、その時点で点滅を終了させなければならない。ウインカーにはハンドルを戻すとキャンセルされる機構が付いているので、たいていの場合は、手を使わなくても自然に戻るようになっている。
車線変更でウインカーを使う場合は3秒前に作動させる。右左折と違ってハンドルの操作量が小さいので、自然にキャンセルされないことが多い。手で戻す手間を減らすため、ヨーロッパ車ではレバーに軽く触れると数回点滅して元に戻る機構が採用されている。最近では日本車にもこの方式が取り入れられるようになってきた。
近年ではカメラを使った運転支援システムで、車線逸脱を防止する装備が登場している。車線をはみ出しそうになるとドライバーに警告したり自動的にステアリングを修正したりするが、車線変更をする場合には機能しない。ウインカーを作動させるとドライバーが意図的に別の車線に移ろうとしていると認識し、逸脱ではないと判断する。ウインカーは他車や歩行者に対してクルマの進路を伝えてきたが、今ではドライバーの意思をクルマに伝える役割も担っているわけだ。
この考え方は、メルセデス・ベンツの「アクティブレーンチェンジングアシスト」にも用いられている。ウインカーを作動させると、センサーがまわりの車両などとの衝突の危険を確認し、安全な状況だと判断すれば自動で車線を変更する機構である。
一方で、クルマ同士の“意思疎通”に関しては、高度道路交通システム(ITS)を利用した車車間通信の研究が進められている。車両位置や速度などの情報をリアルタイムに発信し、相互に認識しあうことで安全を確保できる。手信号から電気式のウインカーに発展しても、人間の目を頼りにするという意味では原理は同じだった。双方向通信でダイレクトにつながるようになれば、自動車のコミュニケーションは新たな段階を迎えることになる。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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