第692回:“生きた化石”が生まれ変わる! ロシアの雄「ラーダ・ニーヴァ」に新型計画
2021.02.04 マッキナ あらモーダ!ルノーによるロシア強化計画
グループ・ルノーが2021年1月14日、オンライン形式で経営戦略説明会を開催したことは、本サイトの自動車ニュース欄で既報のとおりだ。
大半のウオッチャーにとっては、往年の「ルノー5」をほうふつとさせる次世代電気自動車(EV)が最大の関心の的であったと思われる。しかし筆者自身は、その数倍引きつけられた発表がある。
あの「ラーダ・ニーヴァ」の新型が2024年、CセグメントのフルEVとして登場するというものだ。
「ちょっと待って、ラーダとルノーがどういう関係なの?」という読者のために、解説しておこう。
「LADA」とは、ロシアの乗用車製造大手であるアフトワズが持つ自動車ブランドである。
同社の起源は1964年に旧ソビエト連邦政府が伊フィアットと締結した合弁事業である。1966年、モスクワの東800kmにあり、現在も本社所在地であるサマラ州トリヤッチ市で工場建設が開始された。最初の製品は「フィアット124」を基にした1970年の「ラーダ2101」であった。
以来、今日までラーダの名を冠した数々の量産モデルがつくられてきたが、今回はラーダ・ニーヴァに話題を絞ろう。
ラーダ・ニーヴァは、アフトワズが1976年に投入したフルタイム4WD車である。当初はフィアット製をベースにした1.6リッターガソリンエンジンのみだったが、のちにプジョー系のディーゼルエンジンも加えられた。
そのアフトワズに最大の転機が訪れたのは2012年だった。
ルノー・日産アライアンス(現ルノー・日産・三菱アライアンス)が資本参加したのである。当時のカルロス・ゴーン会長による多極化戦略の一環であった。アライアンスのオランダ法人を通した出資比率は段階的に高められ、今日では筆頭株主となっている。
ただし、「Niva」の名称は、やや複雑な経緯をたどっている。ルノー進出以前である2001年にスタートしていた、ゼネラルモーターズ(GM)との合弁企業のGMアフトワズがその商標を取得していたからだ。加えて彼らは、まったく別の小型SUVに「シボレー・ニーヴァ」の名を冠した。そのためロシア国内では“元祖”のニーヴァを「ラーダ4×4」という新たな名称で販売せざるを得なくなった。
そうした状態が終焉(しゅうえん)を迎えたのは2019年のことだった。
アフトワズがGMから全株式を買い取ることにより、GMアフトワズが消滅。以来アフトワズの全業務はグループ・ルノーの統制下に入り、ニーヴァの名称も再び使えるようになった。
さらにグループ・ルノーは冒頭に書いた2021年1月の新経営戦略で、新しいビジネスユニットとして、ラーダブランドをグループ内の別ブランドであるダチアとともに統括することを発表した。
参考までにダチアは、欧州でルノー系販売チャンネルを通じて過去20年間で大きく飛躍したブランドである。ロシア向け車種はアフトワズ工場で製造され、ルノーブランドで国内販売されている。
新経営戦略とともに公開された「ラーダ・ニーヴァ コンセプト」は、こうした新時代ラーダの“のろし”といえる。
生産型にはダチアや日産、ルノーと共通の「CMF-Bプラットフォーム」を使用。それ以外の面でも、5年をかけてダチアとのシナジー効果を高める。さらに、CセグメントのコンパクトSUVの発表も予定されている。
グループ・ルノーは、ラーダに関して「世界的な影響力と競争力のある自動車ブランドに育て上げていく」と鼻息を荒くする。
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西ヨーロッパで最も成功したロシア車
現行のラーダ・ニーヴァに話を戻そう。同車は日本でも1980年代を中心に、外国自動車輸入共同組合(FAIA)によって輸入されていた。
日本の話題ついでに、たわいのない思い出話にお付き合いいただけば、筆者が1990年代初頭に勤務していた、東京の雑誌編集部でのこと。昼飯どきに食堂でレバニラ炒めを注文する際、ラーダ・ニーヴァにかけて「今日も“レーバ・ニーラ”にするか」というギャグを発する先輩がいたものだ。
しかしながら日本において、ラーダ・ニーヴァの知名度は、十分といえるレベルには至らなかった。
いっぽうヨーロッパ諸国でラーダ・ニーヴァは、決して過去のクルマではない。
筆者が二十数年前イタリアに住み始めたとき、ラーダ・ニーヴァを頻繁に見かけて驚いたものだ。アフトワズは西欧諸国にも積極的に輸出していたのだ。前述したように本国ロシアではラーダ4×4と名前を変えざるを得なかったが、国外ではニーヴァの名称で販売され続けた。
当時住んでいた家の近所には、ラーダ・ニーヴァに乗っている一家がいた。左官屋さんだったので仕事の足かと思いきや自家用だった。聞けば「趣味のハンティングに連れていく猟犬や、仕留めた動物を載せるのに至って便利だ」と、愛用する理由を教えてくれた。
当時イタリアには、同じ旧ソビエト系のUAZ(ワズ)や、ルーマニアのARO(アロ)といったブランドのクルマに乗る人も少なからずいた。後者に乗っていた知人は「庭で切った枝でも、自家製ワインでも、なんでも気兼ねなく積載できること」を美点に挙げた。
SUV人気の高まりとともに4WD車が立派になるなか、ラーダ・ニーヴァをはじめとするスパルタンな四駆は、真剣に日常使用する人々に一定の需要があったのである。
特に、ラーダ・ニーヴァは3.7mという短い全長による取り回しのよさが人気だった。
やがて、別の意味からプリミティブな四駆にアプローチする人々がいることも判明した。“ソビエトファン”の存在である。旧ソビエトや旧社会主義圏のレトロ&武骨なアイテムを愛好する人々だ。かつて筆者が取材したUAZのミーティングに集まったメンバーはまさにそういう人々で、腕時計などは序の口、旧ソ連の官憲コスプレで現れた人もいた。
そうしたアイテムは各都市で定期的に開かれる骨董(こっとう)市や古典車スワップミートの一角で販売されていて、入手困難なものではないから、入門は決して難しくない。
またイタリアの場合、左派政党勢力の強い地域が多かった。そのため、「ソビエト連邦通り」「スターリングラード通り」といった街路名が各地にある。さらに、時折「ユーリ」という名前の人がいる。1961年に人類初の有人宇宙飛行を成し遂げたユーリ・ガガーリンに感激して子どもに命名した人が少なくなかったのだと、ある知人は説明してくれた。
ロシア系カルチャーは日本で考えるより何倍も身近で、そのプロダクトを抵抗なく受容できる人が多かったのである。
ただし、年々厳しくなるEUの排出ガス規制の波は、旧社会主義国系四駆にも容赦なく及んだ。
ライバル車が徐々に消えていくなかでラーダ・ニーヴァは最後まで奮闘したものの、2000年代に入るとインポーターが次々に撤退。イタリアでも2014年に正規輸入が終了した。
最終的にはドイツおよびバルト三国などで販売継続されたが、2019年4月にアフトワズはラーダブランドの欧州撤退を発表した。参考までに2019年の欧州内販売台数は4103台であった(ラーダの他モデルを一部含む)。
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デメオマジックの再現なるか?
それでもラーダ・ニーヴァは、初代「ランドローバー・ディフェンダー」なき今、世界で最長寿の民生用オフロード4WDである。自動車界の生きた化石のひとつだ。
中古車市場では依然人気である。イタリアの売買サイト『スービト・プントイット』を閲覧すると、2012年登録・走行9万8000kmで9000ユーロ(約114万円)という出品がある。さらに驚いたことに、並行輸入の新車が1万9900ユーロ(約252万円)で業者によって売りに出されている。
排出ガスの基準値を上回るクルマに課せられる高額な自動車税や市街地進入規制を回避すべく、LPG仕様に改造した人も少なくない。
参考までに、先に書いた左官工のおじさんに、話を聞いてから10年以上後に偶然会ったところ、別のラーダ・ニーヴァを購入して愛用していた。
同時に、イタリアやフランスには今日でもラーダ・ニーヴァのファンクラブが存在し、ミーティングを繰り広げている。
今回執筆するにあたり、「ラーダ・ニーヴァ・クラブ・イタリア」のフランチェスコ‐ブルーノ・オルランド会長、およびアレッサンドロ・マルタム氏が質問に答えてくれた。
――今日ラーダ・ニーヴァを所有する難しさは何ですか?
最大の困難は新車の入手です。メーカーとの太いパイプを持つ正規輸入業者がありません。第2は、欧州連合が課す基準・規格への適合が難しいことです。
――スペアパーツの確保は?
問題ありません。複数のルートが存在し、ユーザーのニーズを的確に管理している業者を通じて、パーツはイタリアへと速やかに到着します。
――ラーダ・ニーヴァに引かれる理由は?
ラーダ・ニーヴァはエモーショナルな乗り物です。乗り手は“彼女”とひとつになり、離れられなくなります。自由や冒険心を謳歌(おうか)させ、余暇を充実させてくれるのです。個体としての力量とシンプルさは、備え持った性格とともに、ほとんど人間のようです。まさに親友なのです。
――グループ・ルノーがラーダ・ニーヴァ コンセプトを公開しました。どう思いますか?
どのような目新しさも歓迎され、必ず市場でシェアを獲得するでしょう。ただし、純粋な「ニヴィスタ(筆者注:Nivista=ラーダ・ニーヴァ愛好家)」はニーヴァのDNAが残る、より古典的でスパルタンな仕様を好みます! したがって、私たちの注目点と希望は、いかにクラシック性とアーバン性が両立されるかにあります。
これだけ熱烈なファンが存在するラーダ・ニーヴァである。
今回グループ・ルノーが進める新生ラーダ計画も、決して無謀なプロジェクトではなかろう。
ダチアとラーダが組んだ新ユニットはドゥニ・ルヴォという人物によって統括されることが決まっている。だが、グループ全体を統べるルカ・デメオCEO(2020年2月5日付「デイリーコラム」参照)のディレクションが色濃く反映されていることは明らかだ。
思えばデメオCEOはフィアットブランドのCEO時代の2007年、半ば休眠していたアバルトを復活させた経験がある。彼は、埋没ブランドの“発掘作業”に再び関わることになる。
ゴーン時代とは違う風が、早速グループ・ルノー内に吹き始めた。新生ラーダ・ニーヴァ計画は、それを最も感じさせるプロジェクトである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ラーダ、ダチア、ルノー、ラーダ・ニーヴァ・クラブイタリア/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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