第694回:脱“旦那仕様”? 「フィアット・ティーポ」の若返り作戦に密着
2021.02.18 マッキナ あらモーダ!実は売れていた
日本ではオリンピックにまつわる「組織幹部の年齢」が、にわかに旬のワードになってしまった。
いっぽうで、イタリアのクルマ界において、意外なかたちで“若返り”を試みたモデルがある。
フィアットのCセグメント車である2代目「ティーポ」の改良型、つまりマイナーチェンジである。日本未導入モデルだ。
もともと2代目ティーポの欧州版は、合弁生産元であるトルコのトファシュで生産されている「フィアット・エジア」をベースとしている。
イタリアで2015年に投入された当初は、本欄第428回で紹介しているとおりセダンのみだった。翌2016年に5ドアとステーションワゴンが追加された。
2代目ティーポ以前におけるサイズ大きめフィアット車史からして「成功は容易ではないだろう」という筆者の予想に反し、この2代目ティーポは意外にも売れた。
イタリアでは2018年の新車登録台数で、「フィアット500」より上となる8位(4万0337台)に入った。
メーカーによれば2019年までに欧州4カ国で販売トップ10入りを果たし、70%以上がイタリア国外で売れた。2019年2月には前述のトルコ工場で50万台目がラインオフ。2019年秋には通算生産台数が67万台に達している。
付け加えれば、トルコ工場からはこのティーポをメキシコ市場向けに、懐かしい「ダッジ・ネオン」の名前を冠して船積みしている。
「おじさん」が華麗に変身
そのティーポの改良型が発表されたのは2020年10月のことだ。
筆者が驚いたのは、そのキャラクターの変貌ぶりだ。特にサスペンションの設定と17インチホイールによって車高を4cm上げた「ティーポ クロス」はすさまじい。
振り返ればティーポの初期型は、すでに記したとおり最初にセダンが投入されたこともあり、まさにリタイアした人のセカンドライフの伴侶にぴったりのイメージだった。実際に筆者が観察するかぎり、路上でティーポに乗っているドライバーを見ればミドルエイジ以上が大半だ。かつて日本で「トヨタ・クラウン」および「日産セドリック/グロリア」を語るときに使われた言葉を引用すれば“旦那仕様”であった。
モパーブランドによるスポーティーなアクセサリーカタログも用意されていたものの、そうしたパーツを付加して粋がっている若者を、少なくとも筆者は確認したことがない。
好調な官公庁需要もそうしたイメージを増長させた。
2017年10月には、ローマにある軍警察(カラビニエリ)の総司令部にパトロールカー仕様500台が納入された。わが街シエナ周辺でもたびたび見かけるようになったことからして、追加導入されたものと思われる。
パトロールカー以外にも、明らかに公用車と思われるティーポを各地で確認できるようになった。
企業が社員に福利厚生の一環として貸与するカンパニーカーの世界での人気も、いわばティーポの堅い印象を増長させた。2020年1月から8月のイタリアにおける長期レンタカーの貸し出し統計で、フィアット・ティーポは「フォルクスワーゲン・ゴルフ」や「アルファ・ロメオ・ステルヴィオ」を抜いて8位に入っている(出典:データフォース)。
ところが今回投入されたティーポ改良型は、そうした真面目な印象を一気に拭い去ろうとしているかのようだ。
特に看板モデルとして車型バリエーションに加えられたクロスオーバーモデルのティーポ クロスは「パプリカイエロー」のボディーカラーとも相まって、そのインパクトが大きい。
古い例えで恐縮だが、1970年代末、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)において「教授」のニックネームとともに知的なキャラクターで売っていた坂本龍一が、1982年に忌野清志郎と『い・け・な・いルージュマジック』をリリースし、ステージで過激なプレイを演じたときと同じ衝撃と言ってよい。
相手にしなかった世代にもアピール
先日実際にショールームに赴くと、ティーポ クロスが展示されていた。
エンジンは今回の改良を機会にラインナップに加えられた最高出力100HPのGSE 1.0型T3・1リッター3気筒ターボである。すでに「ジープ・レネゲード」「フィアット500X」に搭載されているダウンサイジングターボ“ファイアフライ”のファミリーで、最大トルクは1500rpmで190N・mを発生する。
外観的には“プチ整形”にもかかわらず、事前に写真で見たとおり、見る者にかなり若返った印象を与える。
ダッシュボードもまたしかりだ。実は一新されたのは上部パーツのみなのだが、かなり異なる印象を放っている。従来のアナログ式から7インチTFT液晶ディスプレイになったメーター以上に、今風の独立したデザインが採用され、10.25インチに拡大されたセンターディスプレイの功績だろう。
参考までに、クロス以外のラインナップには、新たに「ティーポ ライフ」の名前が与えられた。
初期型デビュー時にも世話になった地元販売店のセールスパーソン、アンドレア(知人のため敬称略)にティーポ改良型に関して聞いてみた。
「(前期型の)ティーポはバリューフォーマネー性、つまりお買い得感が最大の売りだった」と彼は語る。
確かに当時アンドレア自身も「『パンダ』の上級グレードとほぼ同じ価格(筆者注:1万3000ユーロ台=約166万円)で、より余裕のあるサイズのクルマが買えるのが大きなセリングポイントだ」と教えてくれた。
加えて、最上級車というキャラクターづけがなされていたため、シティーカーが目立つフィアットの中で「今ひとつ関心を集められなかったのも事実だ」と分析する。
対して改良型は「ティーポ クロスでリフレッシュし、より魅力的になったことで、これまでティーポを相手にしなかった若い人からも注目され、顧客層を広げるだろう」と熱く語る。
今回の改良が、ティーポのイメージを一気に若返らせようというストラテジーであることは明らかだ。
改良型の開発計画は新型コロナウイルス感染が深刻化する以前に開始されていた。だが、カンパニーカー需要が伸び悩むなかで、エコカー奨励金制度に支えられて堅調な個人需要に照準を合わせたキャラクターにしたのは、くしくも正しい選択といえよう。
ワープスピード計画の実現なるか
自動車の歴史を振り返れば、ブランドや商品のキャラクターを若返らせる方法は、以下の3つに大別できる。
【バリエーション、特にスポーツ仕様の追加】
1960年代の英国フォードにおける「コーティナ ロータス」、もしくは1968年の「スバル360ヤングSS」や、「ダイハツ・フェローSS」などがわかりやすい例である。ただし、製品の歴史全体を振り返れば、若いイメージが定着したとは言い難い。
【モデルチェンジを機会とする】
大衆車然とした初代から一転、いきなりスポーティーなムードを売りにし始めた1969年の2代目「トヨタ・パブリカ」のような手法。ただし、こちらもバリエーション追加同様、効果は限定的であることが少なくない。
【時間をかける】
米国ゼネラルモーターズのポンティアックは長年「おばあちゃんのクルマ」という印象が強かった。だが、1950年代に部門のトップとなったジョン・ザカリー・デロリアンの手腕によって、スポーティーで若々しいブランドへと生まれ変わった。彼が就任したのは1956年、イメージチェンジの先導役を果たした「GTO」が登場したのが1963年だから、約7年を要したことになる。その戦略が完成したのは1970年の初代「ファイアーバード」である。時間を要したが、美容整形で言えば、最もリバウンドが少なかった。
改良型ティーポは、そうしたイメージの刷新を全バリエーション、かつモデル後期という短い期間で果たそうという、まさにワープスピード計画である。成功するかどうかは未知数だ。
あれだけ時間をかけたポンティアックでさえ2010年にブランドがあっけなく消滅したことを考えると、さらにそのハードルは高い。
幸いなのは、フィアットにはちょっとした前例があることだ。初代パンダである。誕生7年後の1987年、その名も「750ヤング」バージョンを追加し、代数的にはある程度成功した。
ただし、若者向けの廉価版というメーカーの意図に反して、節約志向の中高年層が多く買い求めたことも事実である。
当時購入したと思われる「YOUNG」と記されたパンダに乗っているお年寄りを、今日でもたびたび路上で目撃する。
今回のティーポ クロスは標準仕様よりかなり高価な設定なので、価格的アドバンテージで訴求はできないが、せめてヤング風情のミドルエイジおじさんにウケてくれることを願っている。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。