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第669回:千里の道も一歩から! 死亡事故ゼロへ向けたホンダの施策と新技術

2021.12.22 エディターから一言
現在開発中の、AIを用いた「知能化運転支援技術」のシステムが搭載された試作車。
現在開発中の、AIを用いた「知能化運転支援技術」のシステムが搭載された試作車。拡大

「自社製品が関連する交通死亡事故を、2050年までにゼロにする」という目標をかかげたホンダ。四輪だけでなく、二輪も手がける彼らならではの施策とは? 技術だけでは克服できない問題にどう立ち向かうのか? 間もなく導入される新技術とともにリポートする。

より安全な交通社会の実現へ向けたホンダの取り組みについて、説明を受ける報道関係者。安全に関するものにかぎらず、ホンダは自身が研究を進める先進技術の広報に積極的で、こうしたイベントを定期的に実施している。
より安全な交通社会の実現へ向けたホンダの取り組みについて、説明を受ける報道関係者。安全に関するものにかぎらず、ホンダは自身が研究を進める先進技術の広報に積極的で、こうしたイベントを定期的に実施している。拡大
2050年の「ホンダ製品が関わる交通事故死者ゼロ」という目標へ向けたロードマップを説明する、本田技術研究所の大津啓司社長。
2050年の「ホンダ製品が関わる交通事故死者ゼロ」という目標へ向けたロードマップを説明する、本田技術研究所の大津啓司社長。拡大
事故を未然に防ぐ技術に加え、事故発生時の被害を減らす技術についても研究を推進。写真は開発中の歩行者保護エアバッグで、衝突時の歩行者の全身挙動をコントロールすることで、脳へのダメージを低減。路上に転倒する際の傷害の軽減も図っている。
事故を未然に防ぐ技術に加え、事故発生時の被害を減らす技術についても研究を推進。写真は開発中の歩行者保護エアバッグで、衝突時の歩行者の全身挙動をコントロールすることで、脳へのダメージを低減。路上に転倒する際の傷害の軽減も図っている。拡大
取材会では、すでに実用化されているホンダの予防安全技術を体験するデモも実施。その有用性を、あらためて実感することとなった。
取材会では、すでに実用化されているホンダの予防安全技術を体験するデモも実施。その有用性を、あらためて実感することとなった。拡大

対象は“四輪の新車”だけにあらず

すでにwebCGでもお伝えしているように(参照「ホンダが2つの次世代安全技術を世界初公開」)、ホンダは「2050年に全世界でホンダの二輪・四輪が関与する交通事故死者ゼロ」を目標にかかげた。自社製品にまつわる“死者ゼロ”を目指す自動車メーカーは世界的にいくつかあるが、ホンダの野心的なところは、その対象に自身が世界最大手の供給元である二輪車も含めていること、そして2050年時点での新車にかぎらず、それ以前に販売された“保有”車も含めていることだ。

去る2021年11月25日、ホンダはそんな壮大な目標に向けた先進安全技術をまとめてメディアに公開する取材会を催した。そこには2050年に向けて研究開発中の新技術のほか、すでに実用化済みの技術もあり、つまりはホンダの「現在と近未来」が詰まっていた。というわけで、ここではそのなかから興味深い技術をいくつかピックアップしてみたい。

まずは日本を含む先進国で交通事故死者を大幅に減らしていく場合、中心となるのはやはり四輪車だろう。ホンダは2050年の前段階として「2030年にホンダ四輪車が関与する交通事故死者の(2020年比で)半減」を目指している。2030年といえば、残りわずか9年である。リアルな肌感覚で想像できるぶん、「2050年に全世界で死者ゼロ」よりも、「先進国限定とはいえ9年で半減」というほうがハードルが高い気さえする。

この目標を実現するシナリオとして、ホンダはそのうちの6割強を予防安全・運転支援システム(ADAS)「ホンダセンシング」の普及拡大と進化で、残る4割弱を「衝突時の歩行者保護性能の強化」と「先進自動通報システム」によって実現すると計算する。9年後といえば、いま現役のホンダ車も路上に相当数残っていることは容易に想像できるが、「現行のホンダセンシング車もすでに事故死者減少に貢献しており、そこに来年以降に導入される進化型ホンダセンシングを加えることで、さらに大きく減少させる」というのが彼らのロードマップだ。

予防安全・運転支援システムの進化は止まらない

今後9年間における「ホンダ車による事故死者半減」の主役となる進化型ホンダセンシングとは、ずばり、2021年10月に技術発表された「ホンダセンシング360」のことである。“360”は2022年に中国で発売される新型車を皮切りに、2030年までに先進国で発売される全ホンダ車に展開される予定だという。中国と聞くと「そこには何か裏があるのか?」と脊髄反応してしまいがちだが、たまたまグローバル商品戦略がそうなったからで、特別な意味はないという。中国といっても安全にまつわる法規や環境は、日米市場と大差ないそうだ。

基本的に単眼カメラ1台とリアバンパー内蔵のミリ波レーダー2つで検知している現行ホンダセンシングに対して、“360”は広角化されたワイドビューカメラ1台と、フロントやサイド、リアを検知する計5個のミリ波レーダーで構成される。

実際、ホンダセンシング360では前方向の自動緊急ブレーキや斜め後方の車両を検知するブラインドスポットインフォメーション(BSI)、アダプティブクルーズコントロール(ACC)といった既存機能もレベルアップしている。たとえば、フロントからサイドにかけての検知範囲が大幅に広がったことで、交差点での右左折時には肉眼では死角の位置にいる歩行者も、今回の体験試乗では見事に検知。絶妙なタイミングで警告を発し、自動ブレーキで衝突を回避してくれた。また、左右を壁や生け垣に挟まれた路地から大通りに出るシチュエーションでも、左右から近づくクルマやバイクを肉眼で確認する以前にピシッと検知してくれた。

……といったシーンこそ、現実世界でのホンダセンシングで“あと一歩!”といいたかったところで、筆者程度が思いつく問題はさすがにホンダも先刻承知だったということだろう。

ホンダの次世代ADASである「ホンダセンシング360」。既存の「ホンダセンシング」とはセンサーの構成からして異なり、状況認知能力が大幅に向上している。
ホンダの次世代ADASである「ホンダセンシング360」。既存の「ホンダセンシング」とはセンサーの構成からして異なり、状況認知能力が大幅に向上している。拡大
全方位をカバーするセンサーにより、これまでは検知しにくかった角度からの、車両や歩行者の接近にも対応できる。
全方位をカバーするセンサーにより、これまでは検知しにくかった角度からの、車両や歩行者の接近にも対応できる。拡大
見通しの悪い交差点で、右から急接近する車両を検知し、ドライバーに注意を促すデモンストレーションの様子。自車の直前を60km/hでSUVが突っ切るさまは、かなり恐ろしいものだった。
見通しの悪い交差点で、右から急接近する車両を検知し、ドライバーに注意を促すデモンストレーションの様子。自車の直前を60km/hでSUVが突っ切るさまは、かなり恐ろしいものだった。拡大
出会いがしらの衝突回避支援については、現状は「ディスプレイ表示と警報によるドライバーへの注意喚起」にとどまっており、「側突の危険を予知して自動でブレーキを踏む」などといった、踏み込んだ措置はとっていない。
出会いがしらの衝突回避支援については、現状は「ディスプレイ表示と警報によるドライバーへの注意喚起」にとどまっており、「側突の危険を予知して自動でブレーキを踏む」などといった、踏み込んだ措置はとっていない。拡大

知能化とコネクティビティーで事故を予防する

すぐにでも一般的なクルマに広く搭載される予定のホンダセンシング360ゆえに、システムには高価なライダーなどは使っていないが、検知範囲設定や制御プログラムには、あの自動運転レベル3の「ホンダセンシングエリート」で得た知見が存分に生かされているという。

今回は試すことができなかったが、高速をACCで走っているときにはウインカー操作で車線変更のステアリングアシストをしたり、BSIで車両検知しているのに車線変更しようとすると、警告だけでなく操舵支援によって回避操作を補助もしてくれる。また前方の視線やカーブをより正確に検知できるようになったことで、カーブ手前で絶妙に減速して、より滑らかで安全なレーンキープ走行ができるのだという。

ただ、ホンダセンシング360をもってしても、それだけで“事故死者ゼロ”の達成は不可能だろう。ホンダがその先の技術開発のキモとしてとらえているのが“AI”と“ネットワーク化”である。

これらの詳細については鶴原吉郎さんの記事も参照いただきたいが、視線や運転操作、脈拍などの情報からドライバーがミスしそうなリスクを、そしてカメラやレーダーの情報から「駐車車両の陰から歩行者が飛び出してきそう」とか「前方にいる歩行者はスマホで話している」といったリスクを検知して、AIが総合的に先々の出来事を予測。ドライバーに対してより適切かつ正確な警告を、リアルタイムで出すことを目指している。

またネットワーク化では、街中のクルマに搭載された通信モジュールと歩行者(のスマホ)が、すべて携帯電話の5G回線でつながることを想定。走行中のクルマには、前方で横断しようとしている歩行者や死角にいる歩行者の存在を教え、“ながらスマホ”の歩行者には、クルマの接近を警告するなどのサービスが可能となるという。

AIの技術を活用した「知能化運転支援技術」の体験デモ。AIが周囲の交通状況とドライバーの状態を監視し、適切な運転支援と注意喚起をするというものだ。
AIの技術を活用した「知能化運転支援技術」の体験デモ。AIが周囲の交通状況とドライバーの状態を監視し、適切な運転支援と注意喚起をするというものだ。拡大
「知能化運転支援技術」では、新しいインターフェイスの開発も重要である。試作車にはドライバーの状態を監視するカメラや、“危険”の方向と重要度を示すインジケーターを装備。シートにも警報用のスピーカーやバイブレーターが内蔵され、シートベルトには乗員に警戒を促す際に用いる巻き上げ機能が備わっていた。
「知能化運転支援技術」では、新しいインターフェイスの開発も重要である。試作車にはドライバーの状態を監視するカメラや、“危険”の方向と重要度を示すインジケーターを装備。シートにも警報用のスピーカーやバイブレーターが内蔵され、シートベルトには乗員に警戒を促す際に用いる巻き上げ機能が備わっていた。拡大
「安全・安心ネットワーク技術」は、5G通信技術を用いて交通参加者の情報を収集し、サーバー上にリアルタイムで交通環境を“再現”。事故リスクを予見し、該当する歩行者や運転者に注意を送るというものだ。
「安全・安心ネットワーク技術」は、5G通信技術を用いて交通参加者の情報を収集し、サーバー上にリアルタイムで交通環境を“再現”。事故リスクを予見し、該当する歩行者や運転者に注意を送るというものだ。拡大
通信の技術を活用すれば、写真のように死角に隠れた歩行者の存在も検知可能に。ただし、通信網の構築や巨大なサーバーの運営など、ホンダ単体では解決できない問題も多く、実現には“仲間づくり”が重要となる。
通信の技術を活用すれば、写真のように死角に隠れた歩行者の存在も検知可能に。ただし、通信網の構築や巨大なサーバーの運営など、ホンダ単体では解決できない問題も多く、実現には“仲間づくり”が重要となる。拡大

二輪の事故を減らすのは“技術”だけでは難しい

さて、ホンダといえば世界最大の二輪車メーカーであり、冒頭のように「2050年に交通事故死者ゼロ」の対象には二輪車も含まれる。

エアバッグや自動ブレーキは四輪車ではもはやベーシックな安全技術になっているが、二輪に適用するのは並大抵ではないことは、筆者のような素人にも容易に想像できる。二輪エアバッグはどこにどんな形で搭載するかというレベルから困難そうだし、自動ブレーキはそのときの車両姿勢によっては、ブレーキをかけないほうが安全なケースもあろう。

しかし、ホンダはそのどちらも本気で実用化に向けて開発中である。展示された試作車を見るに、二輪エアバッグの先駆けはスクーター(試作車は「PCX125」)、自動ブレーキは安定性の高い大型車(同じく「CRF1100Lアフリカツイン」)から実用化される可能性が高い。

また、ホンダといえば2017年の「CES」や「東京モーターショー」で“倒れないバイク”の技術である「ライディングアシスト」を発表したが、今回はその進化版である「ライディングアシスト2.0」もお目見えした。初代ライディングアシストはフロントのハンドル制御だけで自立していたが、新しい2.0ではさらにリアタイヤの対地角(クルマでいうキャンバー角?)も制御することで安定性が格段に進化している。ピタリと静止したままシレッとたたずむ姿もすごいが、まるではうような速度で行われる8の字旋回もすごい。

ただ、車両側の技術がいかに進化したところで、運転によっていかようにも危険になるのが、よくも悪くも二輪車の特性である。その点はホンダも痛感しているところで、たとえば「バイクの乗り方は家族や先輩に教えてもらう」のが常識になっているタイなどでは、ホンダが独自にライディング教育なども行っているとか。

二輪車用のエアバッグは2017年の「ホンダミーティング」でコンセプトが出展されていたものだ。あとどれくらいで実用化となるのか、待ち遠しいような、じれったいような……。
二輪車用のエアバッグは2017年の「ホンダミーティング」でコンセプトが出展されていたものだ。あとどれくらいで実用化となるのか、待ち遠しいような、じれったいような……。拡大
ホンダは二輪用の自動緊急ブレーキの開発も推進。二輪車の場合、唐突にブレーキがかかると走行が不安定になり、転倒の恐れもある。実用化に際しては、繊細で段階的なブレーキの介入制御が必須となる。
ホンダは二輪用の自動緊急ブレーキの開発も推進。二輪車の場合、唐突にブレーキがかかると走行が不安定になり、転倒の恐れもある。実用化に際しては、繊細で段階的なブレーキの介入制御が必須となる。拡大
超低速で、優雅に8の字走行を披露する「ライディングアシスト2.0」の試作車。見たところ「NM4」がベースのようだが、こんな大柄なクルーザーで、挙動を乱すことなく低速走行ができるとは驚きである。
超低速で、優雅に8の字走行を披露する「ライディングアシスト2.0」の試作車。見たところ「NM4」がベースのようだが、こんな大柄なクルーザーで、挙動を乱すことなく低速走行ができるとは驚きである。拡大
“スタンドなし”の状態で自立する「ライディングアシスト2.0」の試作車。車体と後輪の間にある揺動機構でバランスをとる仕組みだ。
“スタンドなし”の状態で自立する「ライディングアシスト2.0」の試作車。車体と後輪の間にある揺動機構でバランスをとる仕組みだ。拡大

自由な交通と安全を両立するために

今回の取材会でお披露目された技術がすべて実用化すれば、死者数が激減することは期待できるだろう。しかし“ゼロ”を目指すのであれば、そこには一切の例外や想定外も許されない。今ある技術による“死者減少”とは次元の異なる努力が必要になると思われる。

回り道のようではあるが、安全教育もそのひとつだ。ホンダは二輪メーカーでもあるからか、安全運転やドラテク/ライテクの教育事業にも伝統的に熱心である。とくに興味深かったのは、教習所などで使われる安全運転ドライビングシミュレーターやライディングシミュレーターも、彼らがつくっていることだ。ドライビングシミュレーター業界は「三菱プレシジョン」や「フォーラムエイト」などシミュレーターや産業用ソフトウエアを得意とする企業が強いそうで、自動車メーカーでそれを手がけるのは現在ホンダだけという。ホンダのシミュレーターは当然のごとく、操作系に市販ホンダ車と共通の部品を使っているそうで、「リアルな運転感覚がホンダ製シミュレーターの売りです」とのことだった。

さて、さすが壮大な目標をかかげた取材会だっただけに、今回は「ホンダはそんなことまでやってんの?」と驚かされるような技術や事業も多く見られた。ただ、技術がどこまで進化したとしても、あるいは素晴らしい安全教育プログラムが普及したとしても、自由な混合交通が許されるかぎり“交通事故死者ゼロ”は簡単ではない。というか、筆者個人としては、結局は“ゼロ”は不可能ではないかとも思っている。本気でそこを目指すのなら、国策によって強引にでも完全自動運転を普及させて、人間による運転行為を制限する必要があるだろう。さらに極論をいえば、順法精神が欠如したドライバーやライダー、あるいは無法なサイクリストや歩行者を強制排除するような社会システムもつくらなければなるまい。

まあ、そこまでいくと、もはや自動車メーカーの領分を超えているわけで、あくまで技術と教育で理想を目指すのがホンダの道である。それが本当に実現できたらまさに偉業だが、交通事故死者を減らし続けることだけでも大きな意味はある。

(文=佐野弘宗/写真=本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)

交通安全の実現には“人”も重要なファクターということで、ホンダは交通教育にも力を注いできた。1964年には、早くも鈴鹿に安全運転講習所を開設しているというから恐れ入る。
交通安全の実現には“人”も重要なファクターということで、ホンダは交通教育にも力を注いできた。1964年には、早くも鈴鹿に安全運転講習所を開設しているというから恐れ入る。拡大
ホンダが2021年4月に発売した、最新のドライビングシミュレーター。実際にホンダ車に装備されているシートやステアリングホイール、セレクトレバーなどが用いられている。
ホンダが2021年4月に発売した、最新のドライビングシミュレーター。実際にホンダ車に装備されているシートやステアリングホイール、セレクトレバーなどが用いられている。拡大
取材会の最後、メディアからの質問に答える本田技術研究所の髙石秀明氏。AIや通信を用いた安全技術の実現については、自動車業界はもちろん、関連する異業種の企業や官公庁とも連携。いずれはコンソーシアムを立ち上げて社会実装を実現したいと語った。
取材会の最後、メディアからの質問に答える本田技術研究所の髙石秀明氏。AIや通信を用いた安全技術の実現については、自動車業界はもちろん、関連する異業種の企業や官公庁とも連携。いずれはコンソーシアムを立ち上げて社会実装を実現したいと語った。拡大
ホンダの次世代安全技術が搭載された試作車。これらのシステムの、一刻も早い実用化、社会実装に期待したい。
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