第41回:日産の次世代安全技術を支える最先端技術! 進化を続けるLiDARの最前線
2022.05.17 カーテク未来招来![]() |
まったく新しいコンセプトのもとにLiDARを活用する、日産の次世代安全技術「Ground truth perception(グラウンド トゥルース パーセプション)」。その実現のためには、いま以上に高度なLiDARが必要だ。より高性能に、より安価に、よりコンパクトに! さまざまな期待が寄せられる新世代センサーの、進化の最前線をリポートする。
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車載カメラでは遅すぎる!
前回紹介したように、日産のグラウンド トゥルース パーセプションは、LiDARを物体認識の中核に据えている点に特徴がある。現行の運転支援システム「プロパイロット」ではカメラがセンサーの中核であることを考えると、大きな方針変更といえる。では、なぜLiDARをシステムの中核に据えたのか? その理由は、カメラによる画像認識の速度が“遅い”ことにある。
今日における一般的な運転支援/自動運転システムでは、カメラで認識した画像を画像処理半導体によって解析し、物体の有無、物体の種類、物体との距離を割り出している。そしてレーダーやLiDARからの情報と照らし合わせて、その解析結果が正しいかどうかを検証するのだ。ただ、画像の解析には一定の時間がかかる。画像処理半導体の演算能力は向上しているものの、カメラの解像度も上がっている(=処理するデータの量が増えている)ので、急な飛び出しといった突発事項に対しては、依然として画像処理では対応が間に合わないのだ。特に「ひとつの物体を避けたらその先で別の物体が飛び出してきた」というような、連続して起こる突発事項に対してはお手上げだという。
この点、LiDARは物体に当たって反射してきたレーザー光を検知して、物体の有無や物体との距離を直接測定しているため、「画像解析」というプロセスが不要で、即座に対象物を検知できる。
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現状のLiDARでは性能が足りない
もっとも、こうした用途に使うには、現状のLiDARでは性能が足りないという。今日の市販車に搭載されているLiDARは、レーザー光の波長が905nm程度のシリコンをベースとした半導体レーザーを採用している。これは受光素子もシリコン系の材料でつくれるため、レーザー発振回路、発振素子、受光素子、信号処理回路などを、同一のシリコン基板に一体化してつくり込むことができ、低コスト化やLiDARの小型化に有利なためだ。
これに対して、今回日産がグラウンド トゥルース パーセプションに採用したのは、LiDAR開発のベンチャー企業である米Luminar(ルミナー)の製品である。ルミナーが開発したLiDARの特徴は、最大検知距離600mというその性能にある。反射率10%の物体でも250m先から検知できるとしており、ヴァレオ製やデンソー製より検知距離が大幅に長い。日産も、現状のLiDARの検知距離が160m以下なのに対し、ルミナー製LiDARのそれは300m以上あるとしている。
ルミナーのLiDARが長い検知距離を実現できるのは、使っているレーザー光の波長が1550nmと、一般のLiDARよりも長いからだ。1550nmのレーザー光のほうが出力を上げられるので、そのぶん遠くまで、強いレーザー光を照射できるのだ。レーザー光の反射を検知して物体の有無や物体との距離を判定するLiDARは、強いレーザー光を照射するほど遠くの物体まで検知できるということになる。
それなら、従来のLiDARでもレーザー光の出力を上げればいいではないかと思われるかもしれないが、実はそれは難しい。波長905nm付近の光は人間の目に入ると網膜を傷つける恐れがあるため、出力をむやみに上げることができないのだ。レーザー光の安全性については、国際電気標準会議(IEC)の基準をもとに日本工業規格「レーザ製品の安全基準」JIS C 6802が規定されている。905nm付近のレーザー光は最も基準の厳しい「Class1」に属しているため、レーザー光の出力には厳しい制限がある。
これに対して、1550nmのレーザー光は網膜を傷つける危険がほとんどないと見なされており、許容される出力が大幅に高い。これが、ルミナーのLiDARが検知距離を従来のLiDARよりも大幅に延ばせる理由だ。
課題はコストと大きさと信頼性
それなら、どのLiDARメーカーも皆ルミナーのように波長1550nmのレーザー光を使えばよさそうなものだが、そうはなっていない。コストを下げるのが難しくなるためだ。波長1550nmのレーザー光を発生するレーザー発振素子は、汎用(はんよう)的な半導体材料であるシリコンではつくることができず、化合物半導体のInGaAs(インジウム・ガリウム・ヒ素)が必要になる。しかもレーザー発振素子だけでなく、受光素子も同様に化合物半導体製とすることが必要だ。
化合物半導体はシリコンの半導体に比べて、そもそも材料が高いうえに加工コストも高い。さらに、発振回路や信号処理回路といった周辺回路をレーザー発振素子や受光素子と一体化できないという難点もある。つまり1550nmのレーザー光を使うのは、本質的にコストが高くつく選択であるわけだ。この筆者の懸念に対して、日産の電子技術・システム技術開発本部AD/ADAS先行技術開発部戦略企画グループ部長の飯島徹也氏は「確かにLiDARは高価な部品だが、ここ数年で予想以上のスピードで低コスト化が進んだ。今後、数が出るようになればコストの問題は解決すると考えている」と説明した。
筆者がもうひとつ懸念として感じたのは、LiDARの大きさだ。実験車両に搭載されたLiDARはかなり大きいもので、これを市販車に載せるのは難しい。ただし、この問題についてもルミナーはすでに小型化を進めたLiDAR「Iris(アイリス)」を開発済みで、スウェーデンのボルボなどは今後発売する電気自動車にこのLiDARを採用する予定である(参照)。確かにアイリスはかなり薄型化されているので、それほど違和感なく市販車にも搭載できそうだ。となれば、最後の問題はやはり信頼性だろう。ルミナーの新しい薄型LiDARが、市販車に搭載しても問題ないだけの信頼性・耐久性を実現しているかどうかは、依然として気になるところだ。
モービルアイとの違いが際立つ
これまで日産は、イスラエル・モービルアイの画像認識技術を運転支援システムの中心に位置づけてきた。これに対し、今回の記事で取り上げたグラウンド トゥルース パーセプション技術では、LiDARを物体認識のコア技術に位置づけ、またLiDAR信号の処理には独自開発のアルゴリズムを採用することを明らかにしている。モービルアイの画像処理半導体を搭載したシステムも併用するものの、それは現行の「プロパイロット2.0」と同じ3眼カメラであり、その先の“進化分”は日産の独自開発ということになる。
一方のモービルアイも、このコラムの第34回で紹介したように、LiDARを1個と複数のカメラ、ミリ波レーダーを組み合わせた自動運転システムを開発している。今回の日産のシステムも、前方監視用のLiDARを1個と複数のカメラ、ミリ波レーダーを組み合わせている点は同じだ。しかし、モービルアイの考え方はあくまで冗長性を重視するもので、複雑な運転シーンへの対応を重視する日産とは大きく異なっている。
これまで開発パートナーとして緊密な関係を築いてきたモービルアイと日産だが、同じLiDARという新たなセンサーを活用しながらも、その道が大きく分かれ始めたことは非常に興味深い。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=日産自動車、ボルボ・カーズ、メルセデス・ベンツ、モービルアイ、ルミナー・テクノロジーズ/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。