ホンダ・ステップワゴン 開発者インタビュー
気合が入ったクルマです 2022.05.27 試乗記 本田技研工業四輪事業本部 ものづくりセンター
LPL シニアチーフエンジニア
蟻坂篤史(ありさか あつし)さん
6代目となる新型「ホンダ・ステップワゴン」がいよいよデビュー! 強力なライバルを打ち負かすべく、ホンダの箱型ミニバンはどのような進化を遂げたのか? 開発を主導したチーフエンジニアに、こだわりのポイントを聞いた。
王者“ノアヴォク”のよさとは……
2022年はミドルクラスミニバン激戦の年になる。1月13日にトヨタの「ノア/ヴォクシー」が8年ぶりにフルモデルチェンジ。ホンダは対抗して早々とステップワゴンのティザーキャンペーンを展開した。秋には日産の「セレナ」も新型が発表されるとうわさされている。苦戦を強いられていたステップワゴンに挽回の秘策はあるのか。LPLの蟻坂篤史さんに聞いた。
――このジャンルは、強いライバルがいますね。ステップワゴンはこのところ販売では分が悪かったようですが……。
蟻坂篤史さん(以下、蟻坂):エンジニアというのは、売れてるかどうかより、いいところ悪いところという感覚で見るんです。ハンドル握って確かめて、それぞれのところを突き詰めるしかないというのが開発陣の結論だったんですよ。飛び道具は一切ないんですが、社内で聞かれると、このクルマそのものが飛び道具ですと言っていました(笑)。
――ライバルの分析はしますよね。“ノアヴォク”のよさって、どんなところですか?
蟻坂:先代モデルにはかなり乗りましたが、とても運転しやすかった。車両感覚がつかみやすくて。結構驚きました。要所要所を押さえている。ワインディングロードを走っても運転しやすかったんですよ。
――ユーティリティーや使い勝手ではなく、運転しやすさですか? ミニバンのユーザーはあまり山道を走らないと思いますが……。
蟻坂:ワインディングを走りながら見ているのは、旋回姿勢なんです。コーナーを回る時にアンダーステア気味に曲がっていくようなクルマだと、どうしても体や頭が横に振られちゃうんですね。できる限り後ろにGがかかるような旋回姿勢にしていくと、後ろの人たちが酔いにくくなるんですよ。評価する際は1列目、2列目、3列目に乗って、3人セットで確認していました。順繰りに交代して、すべての位置で試します。いくらスタビリティーがよくても、後ろがダメだったらもう一度。そういうことを繰り返しました。
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ドライバーの声が聞こえない
――旋回姿勢がいいと、ドライバーだけでなく後ろに乗っている人にもメリットがあるんですね。
蟻坂:最初に考えたのは、乗り心地ベストということ。でも、それだけだとスタビリティーが落ちて、旋回時に後ろの人に負荷がかかることがわかりました。単に柔らかくするのでは、後ろの人が横に振られてしまいます。
――プライベートでもミニバンに乗っているんですか?
蟻坂:いや、先代の「フィット」です。ローダウンして(笑)。ホンダに入って最初に乗ったのは3代目「プレリュード」。すぐに“ゴーマルタイヤ”(50偏平のタイヤ。3代目プレリュードが登場した当時は、これでも偏平タイヤだった)に換えました。
――そういうクルマが好きだということは、ミニバンなんて本当はやりたくなかった?
蟻坂:それはないですね(笑)。1.5リッターのスポーティーなクルマをつくりたいとは思いますが、どんなクルマがお客さんに受け入れられるかを考えるのが職人気質。自己満足ではなくて、つくったものには満足して乗っていただきたいんです。
――1990年代から日本ではミニバンがファミリーカーの主流になり、“ホンダはミニバンの会社になった”とも言われました。
蟻坂:昔はステップワゴンってただの箱だなって思っていました。でも、今の人たちはこういうクルマが普通にある時代に育っています。ミニバンって、スポーティーなクルマをつくるより難しいんですよ。乗員全員が快適に過ごせるようにしなければならない。ケタ違いに部品点数も多いのに、値段はあまり高くできません。ボディーを固めようとしても、開口部がデカいから大変です。
――ボディー剛性を上げて、2列目と3列目も快適になったんですね。
蟻坂:もうひとつ問題がありました。ノアヴォクやセレナと乗り比べて、うちのクルマだけ1列目と3列目で会話ができなかったんですよ。3列目に座っていると、ドライバーの声が聞こえないんです。これまでは3列目のデータを詳細にとっていなかった。どこが負けているのか解析して、防音材と吸音材をかなり入れて3列目も静かになりました。
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主役は乗っている人
――「♯素敵(すてき)な暮らし」というコンセプトがいまいちよくわからないんですが……。
蟻坂:クルマというより、使っている人がかっこよく見える、その人たちが素敵な暮らしをしているように見えることが大切だと考えました。降りてきた時に、あの人たち幸せそうだなと見えるクルマをつくりたかったんです。
――素敵な暮らしというのは、人によって違いますよね。
蟻坂:だから、ベースモデルは「エアー」という名にしたんです。空気。そのまんまなんです。まわりにあって意識しないけど、ないと死んじゃう。そういう気持ちでエアーだねと。主役は乗っている人、家族。それは最初から意識していました。エアーの内装はリビングなんです。自分の家のリビングを考えてみると、基本的にプレーン。リビングに違和感のあるものは置かないから、それをクルマでやろうということです。
――ファブリックの内装は、リビング感覚ということですか?
蟻坂:うちの中にあるソファがそのままクルマに入った感じにしたかったんですね。柔らかくて厚く見える素材をチョイスしました。全体にぐるっと囲まれるようにして、ダッシュボードにもサードシートの脇にもファブリックを張っています。テールゲートのライニングまで回したいと頼みましたが、それは勘弁してくれと言われました(笑)。
――どの席に座っても、見晴らしがいいですね。
蟻坂:インストゥルメントパネルはベルトラインより上がってしまうものですが、水平にして出っ張りをなくしました。フロントウィンドウに何も映らないように、インパネ上部をきれいにしてあります。運転が得意ではない方も乗りますから、車両感覚がわかりやすいことが大切です。
――1列目と2列目で、シートの座り心地を変えている?
蟻坂:最初の試作で上がってきたクルマは、運転席と2列目が同じでした。でも、セカンドシートにはアームレストもありますし、ホールド性は必ずしも必要ない。だから、適度に沈み込むように何度も調整しました。
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目指したのは違和感がないこと
――エクステリアデザインは、ずいぶんシンプルになりましたね。このジャンルは立派そうに見える形が定番でしたが、ユーザーの志向が変わってきたという判断ですか?
蟻坂:「フリード」だとユーザー層が幅広いんですが、ミドルサイズミニバンは30代から40代の子育て世代に集中しています。子供の頃に1996年の初代ステップワゴンに乗っていた方たちですね。この世代は、ボクシーな形に違和感を持っていません。背の高いクルマが普通になっているなかで、きれいな“箱”をつくりたいと思いました。
――「スパーダ」もあまり威圧感はありませんね。
蟻坂:エアーはシンプルで、スパーダはもう少ししっかりしたものです。もちろん、今でも力強さを求めるユーザーは多いでしょう。企画の途中から無限さんと話をして、対応していただいています。
――ホンダは電動化へのロードマップを発表して、2040年までにすべて電気自動車か燃料電池車にすることを宣言しましたね。ステップワゴンには2種類のパワーユニットがありますが、ハイブリッドがメインという位置づけでしょうか?
蟻坂:会社の方針は理解していますが、私たちは電動化という流れを直接に意識してつくってはいないんですよ。このクルマを最高に、ベストにしようと考えているだけで、ガソリン車も同様に快適に仕上げています。アクセルペダルとブレーキペダルの高さを合わせるとか、ブレーキがじわっと利くようにするとか、試行錯誤して仕上げました。
――ずいぶん地味なポイントですが、乗れば違いがわかる?
蟻坂:目指したのは、違和感がないことなんです。ステップワゴンに初めて乗る方は、「いいね!」とならないかもしれないけれど、嫌だとは思わないはず。普通に乗れる、なんか乗りやすいなあ、と感じていただければいいですね。
――違和感がない、普通に乗れるというだけでは、記事が書きにくいんですよね(笑)。
蟻坂:(笑)とてつもなくボディー剛性を上げて、ダンパーチューニングをしっかりやってバネ下だけを動くようにして。試行錯誤を繰り返した結果として、運転しやすくて乗り心地がいいクルマになりました。見た目よりずっと気合の入ったクルマですよ。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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