第44回:先駆者の復権なるか? 新型「ホンダ・ステップワゴン」を技術ジャーナリストが切る
2022.06.28 カーテク未来招来![]() |
ミドルクラスミニバンの先駆者「ホンダ・ステップワゴン」が6代目にフルモデルチェンジ。長らくライバルの後塵(こうじん)を拝していたパイオニアが、捲土(けんど)重来を喫して放った一手とは? 実車に触れ、開発関係者を取材した技術ジャーナリストが、新型ステップワゴンを評価する。
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ライバルより大きく見せたい
2022年はミニバンの“当たり年”になりそうだ。2月にトヨタの「ノア/ヴォクシー」がフルモデルチェンジしたのに続き、ホンダが新型「ステップワゴン」を5月27日に発売。そして日産自動車の「セレナ」も年内のモデルチェンジがささやかれる。SUV全盛の今日とはいえ、ファミリーカーとしてのミニバンの人気は衰えない。国内販売の屋台骨となる商品だけに、各社とも力の入ったモデルを投入している。今回は、発売されたばかりのステップワゴンを一般道に連れ出して、その実力を確かめてみることにした。
このところ販売台数で競合車種に押され気味だっただけに、ホンダが新型にかける思いは強い。国内販売の責任者である日本本部長の安部典明氏は、ステップワゴンを「20年以上かけて育ててきた極めて重要な基幹モデル」と位置づけており、6代目は激戦のミニバン市場でシェアを取り戻す重責を担うことになる。
シェア奪回の第一の方策は、デザインの変更だ。新型ステップワゴンの開発責任者である蟻坂篤史氏は、デザインにおける狙いのひとつを「車体が大きく見えるようにすることだった」と語る。逆に言えば、先代ステップワゴンが苦戦した理由のひとつは車体が小さく見えたことだと分析しているようだ。
先代ステップワゴンは、エンジンルーム部分をその前の代より40mm短縮し、そのぶん室内スペースを拡大したのが特徴のひとつだった。エンジンルームを短縮したうえ、フロントピラーの基部を前方に押しやったワンモーションフォルムを採用していたので、フロントフードが非常に短く見えるデザインになっていた。このため、クルマを前方から見ると1クラス下の「フリード」に近いサイズに見えることもあったという。
“穏やかなミニバン”は受け入れられるのか?
新型ステップワゴンは、従来比で全長を110mm、全幅を55mm拡大し、初めて全モデルが3ナンバーとなったのが大きな特徴だ(前輪駆動のベースモデル同士の比較)。さらに、フロントピラーの付け根を先代よりも70mm後ろにずらしてフロントフードを延ばしたのに加え、サイドウィンドウの下端を運転席の位置で先代より50mm高くした。この結果、車体の厚みが増して見えるようなった。
さらに、先代ではリアウィンドウがリアピラーを隠すデザインとなっていたが、新型は幅広いリアピラーが露出するデザインとすることで、見る者により力強い印象を与えるようにした。実車を前にすると、先代はもとより競合するトヨタ・ノア/ヴォクシーや日産セレナよりも大きく、長く見えるようになっている。
デザイン自体はプレスラインの少ない面で構成されたシンプルかつプレーンなもので、特にベースグレード「エアー」はフロントまわりが最近のいわゆる“オラオラ顔”とは一線を画した穏やかな表情だ。もっとも、ミニバンユーザーにオラオラ顔の人気があるのも事実で、このあたりをユーザーがどう評価するかは、気になるところではある。
このプラットフォームで4世代……
ところで、車体は先代よりひとまわり大きくなった新型ステップワゴンだが、プラットフォームは流用している。驚いたことに、このプラットフォームは3代目ステップワゴンより代々受け継がれているもので、今回の継承により実に4世代にわたり使い続けられることになる。
先々代(4代目)から先代(5代目)にフルモデルチェンジするときにホイールベースは35mm延ばされたが、今回はホイールベースは2890mmで先代と変わらない。つまり、前後方向に見る室内スペースの実質的な長さは、先代とほとんど変わらないのだ。一方、横方向の幅についてだが、新型ステップワゴンは車体を上から見ると、センターピラーのところが最も膨らんだタル型の形状になっている。このため、2列目シート付近では確かに室内幅は広がっているが、運転席と3列目シートのあたりはさほどでもない。つまり、車体はひとまわり大きくなっているが、室内スペースはほとんど変わらないということになる。
ただし、実際に車内に乗り込んでみると、1列目から3列目まで十分なスペースが確保されており、たとえ3列目シートに座ることになっても不満はないはずだ。ホンダは今回、3列目シートの居住性向上に特に力を注いでおり、その快適性は明らかに改善している。具体的にはシートのクッションを21mm厚くすることで座り心地を向上させるともに、視点を上げて見晴らしをよくした。先代では物足りなかった背もたれの高さも45mm高くしている。このほか、3列目シートまわりのフロアに遮音材や防音材などを追加して静粛性を向上させ、1列目から3列目までの会話の明瞭度も増したという。
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2列目オットマンに見るステップワゴンの上級移行
このように3列目シートの快適性向上を図った一方で、先代の“飛び道具”だった「わくわくゲート」は、新型では廃止された。わくわくゲートは、リアゲートに3列目シートへのアクセスが可能なサブドアを設けたものだが、リアが左右非対称のデザインになることや、ゲートに分割線が入ることなどが不評だったため、新型では採用されなかったという。
3列目シートに関連することばかり説明してきたが、2列目シートも進化が図られている。「オデッセイ」も「エリシオン」もなくなってしまった今、ステップワゴンは国内におけるホンダのミニバン製品群で最上級の車種となる。このため、先代では設定していなかったオットマン(足置き)を「スパーダ」と「スパーダ プレミアムライン」に標準装備するほか、最大で865mmという前後スライド長を実現した。
ほかにも、サイドウィンドウ下端のラインを車体の後ろから前まで水平に通したことで、走行中の視野を安定させてクルマ酔いしにくくしたという。これまでのステップワゴンや、あるいは競合他車では、視界確保のために運転席付近でウィンドウの下線を下げたり、外観に変化を持たせるために車両後方に向かって跳ね上げたりした車種もあるが、新型ステップワゴンはあえて安心感や酔いにくさを優先し、ウィンドウ下端の線を水平に通すことにしたのだ。
このように、デザインが刷新され、快適性の向上が図られ、ラインナップ上での立ち位置も変わった新型ステップワゴンだが、先に触れたようにプラットフォームは先代からの流用だ。とはいえ大幅な改良が加えられているのは事実で、車体剛性を向上させるためにサイドシル断面を大型化しているほか、ミニバンの車体で最も剛性的に弱い箇所であるスライドドア開口部の周囲を、構造用接着剤で接合した。リアダンパーの車体への取り付け点も強化しているという。
その効果は本当に出ているのか? 実際に走りだしてみよう。今回は、試乗の出発が東京・青山のホンダ本社だったので、走行したのは首都高速道路と都内の一般道である。まず乗ったのは、1.5リッター直噴ターボエンジンにCVT(無段変速機)を組み合わせた、純ガソリン車の「スパーダ」だ。
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走りに古さは一切感じられない
先に触れたとおり、車体剛性を強化した効果は確かに出ていて、首都高速の段差を乗り越えたときでも、だらしなく車体が振動することはない。ただ、かなり大きな段差を越えたときには、やはり車体全体が震えるような感触はある。
ステアリング操作に対する応答は穏やかで、こういうクルマの性格に合っている。筆者の好みとしてはもう少しクイックにならないかな? と思わないでもないが、2列目、3列目に乗る家族のためにも、クルマの挙動はゆったりとしていたほうがいいだろう。またステアリングを切り込んでいったときのロールは意外と抑えられているので、車両の性格さえつかめてしまえば、案外ワインディングロードでも楽しめるかもしれない。
2リッターエンジンにハイブリッドシステムを組み合わせた「e:HEV」に乗り換えると、室内の騒音レベルが一段下がるのが感じ取れる。1.5リッターターボも決してうるさいわけではないが、e:HEVだと「あれ? ロードノイズはこんなに大きかったっけ?」と感じてしまうほどだ。もうひとつ、e:HEVのほうがいいのはアクセルを踏み込んでから加速までのタイムラグが短いこと。ターボエンジンとCVTの組み合わせだと、ターボラグに加えてCVTの応答遅れもあるので、例えば「渋滞している自分の車線から隣の車線に移ったとき、後方からクルマが来たので加速したい」というような状況でアクセルを踏み込んでも、加速が始まるまでのタイムラグでもどかしい思いをすることがあった。
燃費は、高速と一般道の比率が2:3くらいの条件で、1.5リッターターボが12.4km/リッター、e:HEVは18.9km/リッターと、どちらもWLTCモード燃費の13.9km/リッター、20.0km/リッターより若干落ちる数値だった。e:HEVは1.5リッターターボと比べて同じ仕様で38万円ほど高額だが、燃費、扱いやすさ、静粛性の観点から、予算に余裕があればe:HEVを選ぶほうが満足度は高そうだ。特に昨今のようにガソリン価格が高騰している局面ではなおさらのことだろう。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=向後一宏、荒川正幸、本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)
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鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。