第722回:カスタマイズも“人間中心” ホンダアクセスが手がけた「ホンダZR-V」の魅力と特徴
2022.09.08 エディターから一言![]() |
2023年春に発売される新型SUV「ホンダZR-V」。ホンダの純正用品を手がけるホンダアクセスが、同車の用品装着車を公開した。“カスタマイズカー”と聞いて想像するイメージとは一線を画す上品なスタイリングは、どのようにして生まれたのか? 開発者に話を聞いた。
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カスタマイズカーでも派手さは控えめ
ホンダのデザインが変革期を迎えている。2019年に“New Simple!”を掲げて登場した「N-WGN」から始まり、「フィット」「ホンダe」「ヴェゼル」とシンプル&クリーンの路線が続いた。水平を基調にして、ごちゃごちゃしたキャラクターラインは極力なくす。世界的なトレンドに沿った変化である。
ヴェゼルの開発を主導した岡部宏二郎さんは、「もともと、1980年代のホンダデザインはシンプルでした。水平基調でクリーンで、それでいてユニーク。後発の自動車メーカーとして、ほかの国産車とは違う欧州車のようなイメージを目指していました。だから、原点回帰のようなものですね」と話していた。その意気やよし。初志を貫いてほしいとひそかに応援しているが、ホンダも商売なのだから市場の動向は気になるはずだ。上述の3台に最新の「ステップワゴン」を加えても、そのすべてが好評を博しているとは言いがたい。売れ行きを伸ばすためには、妥協が必要な局面が訪れるかもしれない。
新型SUVのZR-Vは、シンプルではありながらもフラットさはあまり感じられないように思える。もともと北米で「HR-V」として販売されていて、ドメスティックなモデルとは異なる成り立ちになるのは自然だ。今秋発売予定だったのが半導体不足などの理由で来年春まで延期されてしまったが、実車に触れる機会をいただいた。ただし、ノーマルモデルではなく、ホンダアクセスが純正アクセサリーを装着したクルマである。
「e:HEV X(4WD)」グレードをベースとした「Premium Style」で、ボディーカラーは「プレミアムクリスタルブルー・メタリック」。カスタマイズカーということになるが、派手にドレスアップしたという感じは受けない。一見したところでは、すでにネットで流通していた北米版のノーマルHR-Vとさほど変わったところは見当たらないのだ。
“ベース車のよさを引き立てる”というコンセプト
どのような意図でデザインしたのか、開発者に話を聞いた。チーフエンジニアの苗代圭一郎さんは、今回はメッキや加飾で目立たせるという手法をとらないという合意があったと話す。
「差別化するのはグリルやバンパーを変えるのが一番手っ取り早いんですが、今回は車両自体のよさをより引き立てようと考えました。ZR-Vの世界観やコンセプトが腹落ちしていましたから。もちろん、悪目立ちする用品を作ろうとすれば作れます。企画の段階ではクロームやブラックを使ったものも比較対象として考えました。でも、このクルマはもっと大人でシックなほうが似合うよね、というのがデザインチームの空気感でした」
“弟分”のヴェゼルとはかなり雰囲気が異なっているが、ホンダデザインのトレンドに対してホンダアクセスはどう手をつけるのか。デザイナーの佐藤友昭さんによれば、どのクルマでも取り組む姿勢は同じだという。
「軽、ミニバン、SUVといろいろな車種がありますが、それぞれにお客さんにとって一番いいものを考えるのがホンダのよさです。外のテイストだけそろえることはしません。ホンダアクセスはホンダのZR-V開発部とは別チームですが、血はつながっています。同じ考えの延長線でやっていますね」
メッキなどの加飾は控えたが、代わりに光の演出を盛り込んでいる。運転席と助手席のサイドステップにシーケンシャル点灯タイプのLED照明を取り付け、ドアを開けるとLEDランプが3回点灯する仕掛けを採用した。
「ドイツのプレミアムブランドが、こぞってイルミネーションを派手にしていますね。ブランドの若返りを図っているのでしょう。光の演出には、クルマのグレードを上げる効果があります。ワンランクアップしたといううれしさ、満足感を提供できると思います」(佐藤さん)
時代に合わせた意匠を取り入れているが、節度を忘れてはいない。流行のアンビエントライトは採用を見送った。下品になるのは避けたかったのだろう。センターコンソールやドアポケットのLEDは、すべてホワイトイルミネーションである。
「白というのは落ち着いた色ですね。ルームライトは凝った形の丸型で、われわれが用品で乱してしまうのは違うと思いました。奇をてらうのではなく、オリジナルのよさを残したかったんです」(佐藤さん)
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カスタマイズカーでも“人間中心”
ホンダアクセスは日本国内だけでなく、海外向けモデルも請け負っている。ZR-Vは北米版のHR-Vのほかにヨーロッパや中国でも販売されるが、それぞれにまったく違うカスタマイズが要求されるのだ。
「アメリカでは、とにかくタフにしろと言われました。オールテレインタイヤを装着していて、M+Sが標準。サイドウォールがゴツゴツしているものをインチダウンしてでも履きたいというんです。日本では、セダンに代わるものとしてSUVが捉えられていますね。日常を拡張してくれるけれど、基本的には普段のクルマとしてSUVが選ばれているのだと思います。だから、毎日乗ってもなじめるように、奇抜なことはしないという考え方です」(苗代さん)
日本の市場に向けて、ホンダのZR-Vチームとホンダアクセスは同じ方向を向いて開発してきたということらしい。デザイナーの佐藤さんは同期にホンダの車両デザイン担当者がいて、久しぶりにクルマのデザインについて話す機会があったそうだ。
「ホンダらしいデザインとは、人が中心ということなんだと思います。新しいものを作ることを目指すというより、ユーザーにとって何が大事かを突き詰めていくと新しいものになる。“ZR-Vで入社以来やろうとしてきたことがようやく形になったね”としみじみ語り合いました。気持ちは同じなんです。駅で別れる時に、名残惜しくて2回ハグしてしまいました(笑)」
まるでドラマの一場面のような情景である。マーケティングも大切だが、クルマづくりには何よりもパッションが必要だ。現状のカーデザインに飽き足らない者たちが、ホンダの変革を担っていく。開発者たちの真摯(しんし)な思いは、きっとユーザーに届くと信じたい。
(文=鈴木真人/写真=本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。