アストンマーティンDB12(FR/8AT)
ブリティッシュラグジュアリーの真骨頂 2023.07.05 試乗記 英国の名門、アストンマーティンの基幹モデル「DB」シリーズがフルモデルチェンジ。名前も新たに「DB12」となった2+2のラグジュアリークーペは、過去のモデルとは一線を画すスポーツ性能と、ブランド伝統のグランドツーリング性能を併せ持つ一台となっていた。創業110年を迎える老舗の柱
アストンマーティンの歴史は古い。公式のブランド史では1913年に始まったとあるから、今年で創業110年だ。ブリティッシュラグジュアリーブランドはおしなべてその歴史が古く、そのこと自体に最大の価値があるといっていい。歴史の長さだけは、誰にも追いつけない。先輩は死ぬまで先輩である。
とはいえ、長い歴史を振り返ったとき、順風満帆であったブランドなど皆無だ。比較的歴史の浅いブランド、例えばフェラーリやポルシェにだって“危機”はあった。100年以上の歴史を誇る工業製品の会社に危機がなかったとすれば、それはよほど“何の意味もない”会社であろうし、そもそもそんな会社が10年以上生き残れるとは思えない。
というわけで、アストンマーティンにも何度かの危機(しかも多いほうだろう)があって現代へと至っている。今日の様子を見ると、つい先だって3番目の大株主としてジーリーの名がランクインしたばかり。今のところカナダの実業家ランス・ストロールが変わらず筆頭であり、次にサウジアラビア、そしてジーリーだ。このあたりは今後も変動要素であり続けるに違いない。
商品の歴史を見れば、今日に続く高性能グランドツーリングカー(GT)のイメージを確立したのは、戦後になってからだ。デイヴィッド・ブラウンがこの会社を買収すると、続けてW.O.ベントレーのいたラゴンダも手に入れてDBシリーズを世に送り出す。レースとロードカーの2本立て戦略により、生まれ変わったアストンマーティンは瞬く間に斯界(しかい)の名声を勝ち得た。
その後も紆余(うよ)曲折あったが、DBシリーズがブランドの基軸であることは最新ラインナップを見ても明らかだ(歴史的にみれば、デイヴィッドが経営を離れてから二十余年の間、「DB7」の登場までDBシリーズがつくられることはなかったが)。そしてその中心にあったモデル「DB11」がこのたび、ブランド110周年およびDBシリーズ75周年という節目の年にDB12へとモデルチェンジを果たしたというわけである。
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名門の地力を感じるインテリア
コンセプトは「スーパーツアラー」。つまり、高性能ツアラーとしての魅力はそのままに、よりスポーツカーとしての性能に磨きをかけた。その骨子はもちろんパワートレインとシャシー&サスペンションの改良である。
スタイリングはご覧のとおり、DB11の進化版だ。そういう意味ではビッグマイナーチェンジで、「DB4」と「DB5」(もしくはDB5と「DB6」)の関係性の現代版と思っていいだろう。ただしメーカーは8割以上が新設計だとする。
見た目に大きく違うのはフロントマスクで、ヘッドランプからグリル、バンパーデザインまで一新された。その顔つきは以前よりもかなりアグレッシブで複雑だ。一方、彫刻的に張り出したリアフェンダーや、特徴的なフローティング状のルーフラインなど、DB11の美点も上手に引き継がれており、またリアから眺めた印象はDB11とさほど違わない。
もっとも、見た目の変化という点では外装より内装のほうに注目すべきだろう。コックピットまわりのデザインは全くもってフルモデルチェンジされた。旧型がどんなデザインだったか、容易には思い出せないくらいの変化だ。正直、そのあまりにモダンな変身ぶりに「これがアストンマーティン?」と一瞬戸惑ってしまったほどである。
T字型のダッシュボードは“横が細く縦が骨太”というイメージで、シンプルながらゴージャスにまとまった。さすがは英国の老舗である。レザーの質感で豪華さを演出しやすいデザインだ。デジタルメーターパネルは小さい長方形で、レザーのバイザーデザインを含め、とても慎み深い。最初は見た目にちょっと物足りなく思ったが、乗っているうちに視界の一端を占める部分のデザインはこれくらい抑えたほうがいいと知る。発見だった。
センターまわりも激しく変わったエリアのひとつで、ボタン式のシフターが小さなレバー式となり、大きめのモニターやスイッチ類とともにブリッジ型センターコンソール上に機能的に配置されている。
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「DB11」とはまるで別物のクルマに
アストンマーティンについて語るとき、これまで控えめな論調になりがちだったのがパワートレインについてであった。オリジナル設計のV12は官能的だが随一のパワフルさとはいえなかったし、メルセデスAMGのV8パワートレインを得てからは十分な性能と一流の品質を得たとはいえ、こちらは盛り上がりに欠けていた。ところが「DBX707」から、アストンもAMGもどうやら本気になったようだ。特にパフォーマンスについては、DB12に搭載されるウエットサンプの「M177」型V8ツインターボは最高出力680PS、最大トルク800N・mを得ている。この高性能ぶりが、自社製V12の搭載を見送ることができた主要な理由のひとつだろう。
組み合わされたのは、新たなギア比とキャリブレーションを得たZF製8段ATで、これにスタビリティーコントロール連動型の「E-Diff(エレクトロニック・リア・デファレンシャル)」をDBモデルで初めて積んでいる。そのほか、インテリジェント・アダプティブダンパーや電動パワーステアリング、エレクトロニック・スタビリティー・プログラム(マルチモードESP)の採用など、パワートレインを含めて走りの中身もまた一新されたといっていい。前後のトレッドも広がっており、見た目にも構え(スタンス)がより攻撃的になった印象があった。
そのファーストインプレッションといえば、ズバリ「これはもうフルモデルチェンジ」である。そしてDB12のキャラをひとことで表現すれば、まさに「スーパーツアラー」がぴったり。その印象があまりに“別物”だったので、DB11がどうだったかを再確認する必要があったほどだ。実を言うと、DB12を試して帰国すると、余韻を体に残したそのアシで日本のアストンマーティンへおもむき、DB11を駆り出して京都まで乗って帰ったのだ。果たして別物の感覚が正しかったのかどうか、いま一度確かめるために。
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意のままに思いどおりにドライブできる
結論としては、やはり、まるで違った。コックピットに座った印象がハナから違うのは、デザインの印象からくる気分的なものだったにせよ、動き始めてからのハンドルの感触から、アクセルの反応、微速域におけるアシの動き方、エンジンの滑らかなフィールなどなど、青山通りをちょろっと転がしただけでもう、それだけの違いを発見する。もちろん、DB12のほうが優れているのだ。
そのDB12はというと、試乗ではモナコを見下ろすホテルを出発し、南仏のカントリーロードを3時間ほどホワイトの個体をドライブしてみたが、まずは全領域にわたる扱いやすさに嘆息した。既存のアストンマーティンとは趣を異にする素直さだ。これまでの、どこか“手こずる”印象はまるで消えうせた。そういう意味では独特なテイスト、フレーバーが失われたと思う人もいるだろう。電動パワーステアリングのフィールなどはその際たるもの。けれども、思いどおりにドライブできるというあたりは新型の美点のひとつだと断言する。
ドライブモードには従来と同じ「GT」「スポーツ」「スポーツ+」に加えて、新たに「ウエット」と「インディビジュアル」が加わった。要するにメルセデスと同じアプリケーションを手に入れたというわけだ。後者ではドライブトレイン、シャシー、ESP、トラクションコントロールをそれぞれ好みに選んでセットできる。南仏のカントリーロードは舗装の具合もよくわからないので、まずはシャシーのみをGTモードに合わせ、他をスポーツにして攻めてみる。
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“英国車”の本分は忘れない
DB11の8気筒では、例えば「メルセデスAMG E63」のイメージに似て、パワフルだけれどもはじけるようなフィールに乏しいパワートレインという印象が強かった。12気筒のように回せば官能的になるわけでもなく、力は確かにあってサウンドも勇ましいけれど、切れ味が悪かったのだ。ところがDB12ではパワースペックの向上以上に、エンジンの速さを感じる。これはおそらく、パワートレイン系のブラッシュアップに加えて、電動パワーステアリングやシャシー制御、ボディー骨格の引き締めなどによって、車体全体の反応が飛躍的に鮮やかになったことに起因しているのだと思う。
試しに、シャシー制御をスポーツ+に入れてみれば、ノーズの曲がりが恐ろしく鋭くなった。アクセルコントロールのタイミングを遅らせても十分に曲がっていく。アストンマーティンでコーナリングが速い! と思ったことなど、今回が初めてのことだ。
スポーツ性能は著しく向上した。それでもこのエレガントなスタイルを想像し、目の前に広がるモダンなコックピットを眺めると、スポーツ+モードなど無粋というもので、なんならウエットにまで落としてゆったりと風を切るドライビングに徹したいと思ってしまう。
そう、イタリアンGTとはそこが違って、ドライバーをいたずらにたきつけず、むしろ積極的に心の余裕をもたせて走らせるというクルマからの導きにこそ、ブリティッシュ高級ブランドの真骨頂はあると思う。12気筒がなくなったのは寂しいけれど。
(文=西川 淳/写真=アストンマーティン/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
アストンマーティンDB12
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4725×2135(ドアミラーを含む)×1295mm
ホイールベース:2805mm
車重:1788kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:680PS(500kW)/6000rpm
最大トルク:800N・m(81.6kgf・m)/2750-6000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21/(後)325/30ZR21(ミシュラン・パイロットスポーツ5)
燃費:12.2リッター/100km(約8.2km/リッター、WLTPモード)
価格:2990万円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2023年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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◆画像・写真:アストンマーティンDB12(65枚)
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。