トライアンフ・ロケット3ストームR(6MT)
進化する猛獣の憂鬱 2024.08.21 試乗記 量産バイクとしては世界最大の排気量を誇る、2.5リッター直列3気筒エンジンを搭載した「トライアンフ・ロケット3」。その最新モデルが「ロケット3ストーム」だ。よりパワフルに、しかも乗りやすく進化した“怪物”に、昔を知るテスターはなにを思ったか?スゴみの利いたルックスとは裏腹に
トライアンフのロケット3は、量産車最大排気量となる2458cc 3気筒エンジンを搭載したマッシブバイクだ。実を言うと初代の「ロケットIII」が登場した頃にしばらく乗り回していたことがある。撮影が終わってもしばらく走っていたくなるくらい気に入っていた。信号が変わった瞬間、回転を上げ気味にしてクラッチレバーを離すとトラックに追突されたような勢いで巨体が飛び出していく加速がとても楽しかったのだ。最新のロケット3はあの頃よりも大幅に軽量化され、パワーが向上しているのだから、さらにすごいことになっているに違いない。興味津々での取材となった。
実車を見るとエンジンの存在感の大きさに驚かされる。ネイキッドでエンジンがむき出しになっていることに加え、車体をむやみに大きくしていないからだ。極端に言えば、巨大なエンジンに極太のタイヤを装着して、その上にライダーがまたがるようなイメージである。ただ、カウルやパニアを付けたツーリングモデルほど巨大ではないから扱いはそれほど難儀しない。シート高も773mmだから足つき性も良好。重心が低いこともあってバイクを支えるのに苦労することはなかった。ハンドル位置は低めだが着座位置も低いので前傾にはならず、ステップは前にあって足を前に投げ出して乗るようなポジションになる。長距離の走行でも疲れは少ないだろう。
エンジンを始動してレスポンスを確認しようと空ぶかしをしてみると、ずいぶん穏やかな感じがする。排気音が静かなことに加え、スタンダードモードにしておくと空ぶかししたときのレスポンスがマイルドになり、2000rpm以上は回らなくなっている。それでもこの排気量だから低く響くような迫力が伝わってくる。手なずけられた猛獣が目を覚ましたような雰囲気だ。
街なかでは2000rpm前後を多用することになるが、この回転域ではとてもスムーズ。トルクはあるけれど十分に扱いやすく調教されているので、低速域での走りは極めてジェントル。乗りにくさはみじんも感じない。
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怒涛の加速、独特の操縦性
排気量が大きいのでフィーリングや排気音は他のトライアンフトリプルとはずいぶん違う。低速で走っている際に伝わってくるのは3気筒というよりもツインのようなパルスとリズミカルさ。排気音は静かでトリプルらしさがあまり感じられないのだが、加速時は吸気音が高まるから豪快さは十分に演出されている。鼓動感というよりも、地響きのように大きな車体を震わせながら加速していく様子は面白い。低回転でもスロットルを開ければミドルクラスのスポーツバイクが全開加速するくらいのダッシュをしてくれるし、3000rpmを超えていたらスロットルを開けた瞬間の加速は無敵だと思ってしまうくらいの速さだ。
超ド級のバイクだからハンドリングに軽快さはないけれど、街なかを走るのは楽しい、車体をバンクさせるとステアリングがゆっくり動いてバランスしていく。太いタイヤを装着していることに加え着座位置が低いから、バンクさせるときはドラム缶の上にまたがって傾いていくような感じがあるが、それも悪くない。簡単に操作できる軽量なバイクとは違い、いかにも大きなバイクをコントロールしているという感じがする。
巨大なエンジンは縦置きにマウントされシャフトドライブで駆動している。クランクマスも相当に重いはずだから回転の変動で車体が傾いたりするかとも思ったが、違和感はまったくない。パワーがかかったときにリアが持ち上げられるような挙動も出ない。ただし、急加速しているときはリアサスが突っ張り気味になっているようで、路面のショックを吸収しにくくなっているから、加速時に大きなギャップなどを踏むとお尻が突き上げられてしまうことはあった。
ブレーキ性能は猛烈な加速性能に見合ったものになっている。ブレンボのブレーキシステムが素晴らしい利きとタッチを実現していることに加え、キャスターが寝ているので減速時にフロントタイヤを路面に押し付ける力が強く働くからだろう。ステップが前にあることから体も支えやすい。
TFTのデジタルメーターは表示がシンプルでわかりやすい。一度に表示される情報が少ない代わりに、インフォメーションのスイッチでその内容を切り替えられる。飛行機のグラスコックピットのような雰囲気である。多くの情報が同時に表示されているメーターよりはわかりやすいかもしれない。ただ、ウインカースイッチとインフォメーションの切り替えスイッチが近い場所にあり、高さも同じくらいの位置なので操作を間違えてしまうことが多かった。
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あのガサツさが懐かしい
巨大なエンジンのことなど忘れてしまいそうになるくらい乗りやすくまとめられているのだが、初期のロケットIIIで感じたようなアクの強さは影を潜めていた。ドカンと飛び出そうとしても普通のスタート(それでも相当速いが)になってしまう。昔感じた「狂った」ような印象はない。
物足りなくなってダイナミックモードに切り替えてみると、空ぶかしでスロットル操作に対してダイレクトに吹け上がるようになった。走りだすと低回転のレスポンスが鋭くなっていることがわかる。その反面、高回転での違いはあまり感じられなかったが、これはスタンダードモードでも十分すぎるほどのパワーが出ていることから、ストリートでは体感しにくいレベルになっているのかもしれない。
これでロケットスタートを体感できるかと思いきやトラクションコントロールがわずかなタイヤのスリップを感知してパワーを抑えてしまう。ライダーモードにしてトラクションコントロールの介入を減らし、これでようやく「追突感」をずいぶん再現できるようになったが、それでも昔のような雰囲気にはならなかった。
2020年のフルモデルチェンジでエンジン特性が変わったことも関係しているかもしれない。加速力に関係する最大トルクが大幅に向上した代わりに、その発生回転数は2500rpmから4000rpmと、高回転型になったのである。
もちろんバイクの完成度は高くなっているし、追い越し加速やコーナーの立ち上がりで異次元の加速を体感させてはくれる。初めてロケット3に乗ったライダーは、その猛烈な加速感に感動することだろう。しかし初代の狂ったような飛び出し加速に魅せられた筆者にとって、この変化は若干寂しいものがあった。ロケット3に限ったことではないのだが、電子制御などの装備が進歩して乗りやすくなる代わりに、バイクの個性やアクの強さが薄れていくような感じがする。
ちなみにロケット3で最も気になったのは熱である。発熱量が多いことに加え、エンジンの上に座っているようなものだから夏に都心部を走りたいとは思わない。マフラーのある右側は、停止時に足をついたときは内ももがかなり熱くなる。量産車最大排気量のバイクに乗る代償である。
(文=後藤 武/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=--×920×1125mm
ホイールベース:1677mm
シート高:773mm
重量:317kg
エンジン:2458cc 水冷4ストローク直列3気筒DOHC 4バルブ(1気筒あたり)
最高出力:182PS(134kW)/7000rpm
最大トルク:225N・m(22.9kgf・m)/4000rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:6.6リッター/100km(約15.2km/リッター、168/2013/EC)
価格:298万9000円

後藤 武
ライター/エディター。航空誌『シュナイダー』や二輪専門誌『CLUBMAN』『2ストマガジン』などの編集長を経てフリーランスに。エアロバティックスパイロットだった経験を生かしてエアレースの解説なども担当。二輪旧車、V8、複葉機をこよなく愛す。
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