はじまりは「930」から 「ポルシェ911ターボ」が歩んだ50年
2024.09.04 デイリーコラムターボ時代の幕開け
1973年9月13日。IAAフランクフルトモーターショーでは、ポルシェスタンドに展示された「911」のプロトタイプがとりわけ大きな注目を浴びていた。大きく張り出したリアフェンダーと巨大なリアウイングが異彩を放ち、3リッターエンジンにはターボチャージャーを備えて最高出力260PSを発生。最高速は250km/hと説明されていた。
また、BMWのスタンドでは「2002ターボ」と命名されたモデルが公開されていた。この2つの“ターボ”が登場したことから、振り返ってみれば、同年のIAAはターボ時代の幕開けを告げるショーであったといえよう。
本稿では生誕50周年を迎えた「911ターボ」(当初は「930ターボ」とも称していた)が登場した経緯と、その周辺に的を絞って記してみることにした。
ポルシェは「356」の生産開始以来、レースを車両開発の場として重要視していたが、ターボチャージング技術も例外ではなかった。発端はパワーアップのための有効な手段としてのターボであったが、近年では、二酸化炭素削減という社会の要求に沿うための、省エネルギーと高出力を両立させる技術としてターボが活用されている。ポルシェにとって“ターボ”は重要なアイコンであり、たとえ電気自動車であっても、それがハイパワーモデルの名称として使われていることはご承知のとおりだ。
内燃機関の出力向上には過給が有力な手法であることは、エンジン黎明(れいめい)期に明らかにされ、第2次世界大戦前に機械的駆動の過給器(スーパーチャージャー)の実用化が始まった。過給技術の実用化を果たした研究者のひとりがフェルディナント・ポルシェ博士で、ダイムラー在籍時の1923年に「メルセデス2リッターコンプレッサー車」の開発に成功している。初代ポルシェ博士による過給器研究と、1973年に登場した911ターボとの間には、もちろん直接的な関係はない。だが、ポルシェによる過給技術の研究を追うと、過給は家系案件であったのではとも思えてくる。
レースでターボの技術を蓄積
排ガスのエネルギーを用いたターボチャージャーは、スイス人技術者によって1905年に特許が取得された技術であり、ディーゼルエンジンに採用されたのち、レシプロガソリンエンジンでは航空機の分野で急速に普及が進んだ。この研究ではアメリカが先行し、第2次大戦で用いた航空機エンジンに備えられて有効性が証明された。量産型ガソリン車の分野でもアメリカが早く、1962モデルイヤーにゼネラルモーターズが放った「オールズモビル・カトラスF-87ジェットファイア」に、初めてターボ装着エンジンが搭載された。
ポルシェがターボカーの市販化に向けての行動を起こしたのは1969年のことだった。2リッターフラット6のターボ仕様を開発し、911と「914-6」に搭載する計画だったが、市販化は時期尚早だと断念している。その後も研究開発は続けられ、レーシングエンジンのターボ化によって経験を積んでいった。
それがレーシングスポーツカーの「917」をベースにしたマシンによる、1971年からのCan-Am選手権シリーズレースへの挑戦であった。排気量無制限の規定のもとで大排気量のアメリカンV8によって争われることを考慮して、917の5リッターフラット12エンジンにターボを装着。1972年には9戦中7勝。1973年には、5.4リッターで1150PSを発生する「917/30」を投入すると、常勝だったマクラーレンはなすすべもなく、ポルシェは全9戦を全勝してシーズンを完全制覇した。
こうしてターボ技術のノウハウを熟知したポルシェは、911のターボ化を決断すると、そのレース活動と911ターボの市販化に向けて熟成を急いだ。実際のところ、サーキットにおける911の優位は台頭するライバルの前に揺らぎつつあることは明らかであり、性能向上の手だてとしてターボチャージングは最適であった。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
パワフルなだけではなかった911ターボ
1973年のIAAから約1年後の1974年10月に開催されたパリサロンで911ターボの量産仕様を発表したが、そのプレスリリースでは、「洗練されたパワー」と「他にはないスポーティーさ」をうたっていた。
搭載されたエンジン(930/50型)は、「カレラ3.0」用の2994ccユニットをベースとし、最大ブースト圧0.8barと6.5:1の圧縮比から、カレラ3.0より60PS、ノーマルの「911 2.7」より95PS高い、260PS/5500rpmを発生した。人々を驚かせたのは、最大トルクが35.0kgf・m/4000rpm(カレラ3.0は26.0kgf・m/4200rpm)と強大であったことで、パワフルでありながら、静粛な高速ツーリングを可能とし、内装はノーマルモデルに比べて格段に豪華なしつらえとなって、ひとクラス上のモデルへと成長した。
結果的に、エンジンのターボ化によって、新エンジン開発と比べて、コストを掛けずとも飛躍的な高性能が手に入ることを実証してみせた。そしてこの様子を注視していた世界各国のメーカーは、ターボによる高性能エンジン開発に舵を切っていくことになる。各国でターボ車開発が盛んになると、タービンなど高温かつ高回転に耐えなければならない金属材料や潤滑技術が進歩し、燃焼技術の研究も加速していった。
だが、発売に向けて熟成を急ぐポルシェの前には暗雲が立ちこめることになった。1973年10月に第4次中東戦争が発生し、オイルショックが世界中にまん延していったからである。これによって全世界で原油の消費削減が急務となり、燃費のよさがクルマ購入の優先選択基準になった。それまで非現実的な最高速競争に舞い上がっていたスーパースポーツカーの市場は一気に崩壊していった。こうした環境のなかで、省エネルギーを見据えながら、1974年10月に911ターボの市販が始まったのである。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
空冷時代に450PSにまで到達
ここで、ポルシェによる911ターボモデルの変遷を簡単に振り返ってみたい。3リッターターボの生産は1974年9月(市販開始は10月)から1977年8月まで続くと、1977年9月にはインタークーラーを備えたうえで排気量を3.3リッターに拡大、300PSと42.0kgf・mとなった。1990年12月には3.6リッターに進化し、1992年にはより強力な360PSの3.6リッター型が登場した。空冷期最後の「993」ではツインターボを採用して408PSと540N・mに高められ、同時に燃費の向上も図られ、1995年には排出物質が世界で最も少ない自動車エンジンと評された。さらに1996年モデルでは430PSに高めるキットが登場、1998年モデルでは450PSに引き上げられ、空冷時代のロードカーとして最もパワフルなターボフラット6となった。
こうした排気量拡大と出力向上を可能にした要因のひとつに、オリジナルの901型空冷エンジンの基本設計の巧みさがある。911デビュー当時には、2リッター(80×66mm)から130PSを発生していたが、その基本レイアウトを大規模に変更せずに、各部に加えられたきめの細かい改変の積み重ねによって、究極的には3.6リッター(100×76.4mm)の排気量(NAでは3.8リッター)と、450PSにまで高められ、それに応えて(耐えて)いる。
ハンス・トマラのもとでエンジン設計に従事したクラウス・フォン・リュッカートは、ターボ装着や、ここまでの性能向上は予想だにしていなかっただろうが、いかに出力向上に留意した基本設計をおこなっていたかが、このパワーアップの歩みから想像できよう。
996型から登場した水冷型フラット6では、言うまでもなく設計の当初からターボチャージングは折り込み済みであり、排気量を抑えながらターボを備えることで高性能と省燃費を両立させたエンジンが、現在の911のパワーユニットになっていることはご承知のとおりだ。
(文=伊東和彦<Kazuhiko ITO/Mobi-curators Labo.>/写真=ポルシェアーカイブス、BMWアーカイブス/編集=藤沢 勝)

伊東 和彦
-
米国に130億ドルの巨額投資! 苦境に立つステランティスはこれで再起するのか? 2025.10.31 ジープやクライスラーなどのブランドを擁するステランティスが、米国に130億ドルの投資をすると発表。彼らはなぜ、世界有数の巨大市場でこれほどのテコ入れを迫られることになったのか? 北米市場の現状から、巨大自動車グループの再起の可能性を探る。
-
なぜ“原付チャリ”の排気量リミットは50ccから125ccになったのか? 2025.10.30 “原チャリ”として知られてきた小排気量バイクの区分けが、2025年11月生産の車両から変わる。なぜ制度は変わったのか? 新基準がわれわれユーザーにもたらすメリットは? ホンダの新型バイク発売を機に考える。
-
クロスドメイン統合制御で車両挙動が激変 Astemoの最新技術を実車で試す 2025.10.29 日本の3大サプライヤーのひとつであるAstemoの最先端技術を体験。駆動から制動、操舵までを一手に引き受けるAstemoの強みは、これらをソフトウエアで統合制御できることだ。実車に装着してテストコースを走った印象をお届けする。
-
デビューから12年でさらなる改良モデルが登場! 3代目「レクサスIS」の“熟れ具合”を検証する 2025.10.27 国産スポーツセダンでは異例の“12年モノ”となる「レクサスIS」。長寿の秘密はどこにある? 素性の良さなのか、メーカー都合なのか、それとも世界的な潮流なのか。その商品力と将来性について識者が論じる。
-
自動車大国のドイツがNO! ゆらぐEUのエンジン車規制とBEV普及の行方 2025.10.24 「2035年にエンジン車の新車販売を実質的に禁止する」というEUに、ドイツが明確に反旗を翻した。欧州随一の自動車大国が「エンジン車禁止の撤廃に向けてあらゆる手段をとる」と表明した格好だが、BEVの普及にはどんな影響があるのか?
-
NEW
これがおすすめ! 東4ホールの展示:ここが日本の最前線だ【ジャパンモビリティショー2025】
2025.11.1これがおすすめ!「ジャパンモビリティショー2025」でwebCGほったの心を奪ったのは、東4ホールの展示である。ずいぶんおおざっぱな“おすすめ”だが、そこにはホンダとスズキとカワサキという、身近なモビリティーメーカーが切り開く日本の未来が広がっているのだ。 -
NEW
第850回:10年後の未来を見に行こう! 「Tokyo Future Tour 2035」体験記
2025.11.1エディターから一言「ジャパンモビリティショー2025」の会場のなかでも、ひときわ異彩を放っているエリアといえば「Tokyo Future Tour 2035」だ。「2035年の未来を体験できる」という企画展示のなかでもおすすめのコーナーを、技術ジャーナリストの林 愛子氏がリポートする。 -
NEW
2025ワークスチューニンググループ合同試乗会(前編:STI/NISMO編)【試乗記】
2025.11.1試乗記メーカー系チューナーのNISMO、STI、TRD、無限が、合同で試乗会を開催! まずはSTIの用意した「スバルWRX S4」「S210」、次いでNISMOの「ノート オーラNISMO」と2013年型「日産GT-R」に試乗。ベクトルの大きく異なる、両ブランドの最新の取り組みに触れた。 -
NEW
小粒でも元気! 排気量の小さな名車特集
2025.11.1日刊!名車列伝自動車の環境性能を高めるべく、パワーユニットの電動化やダウンサイジングが進められています。では、過去にはどんな小排気量モデルがあったでしょうか? 往年の名車をチェックしてみましょう。 -
NEW
これがおすすめ! マツダ・ビジョンXコンパクト:未来の「マツダ2」に期待が高まる【ジャパンモビリティショー2025】
2025.10.31これがおすすめ!ジャパンモビリティショー2025でwebCG編集部の櫻井が注目したのは「マツダ・ビジョンXコンパクト」である。単なるコンセプトカーとしてみるのではなく、次期「マツダ2」のプレビューかも? と考えると、大いに期待したくなるのだ。 -
NEW
これがおすすめ! ツナグルマ:未来の山車はモーターアシスト付き【ジャパンモビリティショー2025】
2025.10.31これがおすすめ!フリーランサー河村康彦がジャパンモビリティショー2025で注目したのは、6輪車でもはたまたパーソナルモビリティーでもない未来の山車(だし)。なんと、少人数でも引けるモーターアシスト付きの「TSUNAGURUMA(ツナグルマ)」だ。









































