「ホンダ・シビックRS」はプアマンズ「タイプR」にあらず! 人気の秘密を探る
2024.11.07 デイリーコラム「タイプR」と「RS」のちがいはどこに?
2024年9月に発売されたマイナーチェンジ版「シビック」の国内受注状況が、先日、ホンダから発表された。それによると、発売から約1カ月となる10月20日時点での累計受注台数は、シビック全体で約3000台、そのうち、いわば“ホットハッチ”的な新グレードの「RS」が、全体の7割弱を占める約2000台という。
シビックベースのホットハッチといえば、おなじみの「タイプR」が最高峰であることは今も変わりない。タイプR専用の2リッター直4ターボエンジンは最高出力330PS、最大トルク420N・mを絞り出して、シャシーや空力も究極まで鍛え上げることで、“世界最速FF”の名をほしいままにするスピードを得ている。
いっぽう、今回のマイチェンで新登場したRSは、既存の1.5リッター直4ガソリンターボの6段MT車をベースにした、もうひとつのホットハッチ版シビックといえる。182PS、240N・mというエンジン性能やタイヤ、空力などはこれまでと変わらないが、エンジンレスポンスに直結する軽量シングルマスフライホイールを筆頭に、強化されたサスペンションにブレーキ、パワーステアリング、さらにドライブモードセレクトにレブマッチシステムなどが、RS独自の特徴となる。
つまり、シビックRSは絶対的な限界性能はほぼそのままに、“乗り味”にかかわる部分のスミズミにまで手が入れられているわけで、いかにも好事家好みのシブい内容のホットハッチともいえる。シングルマスフライホイールやレブマッチシステム、トーションバーの強化でよりダイレクトな手応えとなったパワステなどなど、RSにはタイプRの開発で得られた知見が少なからず生かされているとか。
もっとも、シビック最高峰のタイプRは、国内発売から4カ月後の2023年1月に「すでにご注文されたお客さまに、確実にお届けするため」という理由で、受注停止となったまま……。となると、こうしてシビックRSが人気なのも「タイプRを注文できないファンが、タイプRのかわりとして買っているのでは?」と考えられなくもない。タイプRの受注停止期間がすでに1年10カ月という長期にわたっていることを考えると、なるほど、「本当はタイプRがほしいんだけど……」というRS注文者もゼロではないだろう。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
日常は気を使うことも多いタイプR
筆者は幸せなことに、現行タイプRに触れる機会が多い。仕事だけでも、すでに10回以上は試乗させてもらっているし、プライベートでも触れる機会がある。そうした経験からいわせていただくと、シビックRSは当たり前だが、タイプRのかわりとはなり得ない。乗り心地については連続可変ダンパーを備えるタイプR(のコンフォートモード)のほうが市街地でも快適なくらいだが、日常のアシとしての使う際のストレスはRSのほうが圧倒的に小さい。どこでも気兼ねなく乗っていける気安さが、タイプRに対するRS最大の魅力だと思う。
というのも、スピードを極限まで追求したタイプRは、日常は気を使うことも意外なほど多いのだ。
その最たるものは“幅”だ。タイプRの全幅は1890mmで、RSを含む普通のシビックより90mmもワイドである。ちなみに1890mmという全幅は、「ポルシェ911」より幅広い! 同じ911でも「ターボ」や「GT3 RS」は少しワイドだが、それでもタイプRと10mmしかちがわない。近年の国産車でタイプRと同等の全幅を持つクルマとなると、「レクサスLM」や「トヨタ・クラウン セダン」など、シビックより2クラスは上のクルマばかり。さらにいうと、あの「日産GT-R」ですら、タイプRより5mm幅広いだけだ。
また、タイプRは最小回転半径も5.9mで、「トヨタ・ランドクルーザー“300”」や「BMW X5」といった大型SUVと同じくらい小回りが利かない(笑)。まあ、シビックRSのそれも5.7mと小回りが利くタイプではないが、同じくSUVを例にとると「BMW X3」と同等ではある。つまり、タイプRとはクラスちがいの差がある。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
本来の魅力を再認識させる存在
タイプRの“幅”にまつわる問題は全幅だけではない。シビックはタイプRも通常モデルも、国産車としては異例なほどタイヤが張り出している。トレッドとタイヤサイズから計算すると、“タイヤ外幅”の最大値は、RSがリアで1800mm、タイプRはフロントで1890mmに達する。つまり、どちらも全幅ギリギリまでタイヤが張り出しているわけだ。それが今のシビックのカッコよさや走行性能に大いに功を奏してもいるのだが、普段の取り回しに気を使ってしまうのも否定できない。
国内の立体駐車場では、タイヤ外幅の制限が全幅よりもタイトなケースも多い。実際、筆者も“全幅1.9mまで”という表示に安心して、立体駐車にタイプRを入れようとしたところ、どうしてもタイヤが引っかかって断念……という経験を何度かした。だから、最近はタイプRで立体駐車場を使うときは、全幅と同じかそれ以上に、タイヤ外幅を気にするようになった。そうなると、とくに出先でのタイプRは、ちょっとしたスーパースポーツカーなみに気を使うハメになる。
また、シビックの歴代タイプRは4人乗りであることも伝統で、現行タイプRも例外ではない。対して、RSの乗車定員はもちろん通常のシビックと同じ5人だ。日常的に使うとなると、いざというときに定員が1人少ないのは、意外に面倒くさい。
かつてクルマ好きの若者の定番だったホットハッチとは、スポーツカーはだしの走りを、実用車の気安さと使い勝手とで両立し、しかも割安な価格で提供するのが、本来の魅力である。その意味でいうと、今のタイプRはスピードを追求するあまり、もはやホットハッチの領域を逸脱してしまっている。それはある意味で最新のタイプRの大きな魅力でもあるが、逆に足かせでもある。
シビックRSの初期受注におけるトピックは、シビック全体の約7割という高いシェアに加えて、その購買層の中心が20代の若者であること……とホンダは語る。対するタイプRの新車オーナーは、40~50代の中高年が中心という。いかんせん受注停止中のタイプRと単純に比較はできないが、新しいシビックRSは、タイプRより約80万円安い価格も含めて、シビックが忘れかけていた、ホットハッチ本来の魅力を再認識させる存在なのかもしれない。
(文=佐野弘宗/写真=花村英典、本田技研工業/編集=櫻井健一)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
-
トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代NEW 2025.9.17 トランプ大統領の就任以来、世間を騒がせている関税だが、かつては日本も輸入車に関税を課していた。しかも小型車では最高40%という高い税率だったのだ。当時の具体的な車両価格や輸入車関税撤廃(1978年)までの一連を紹介する。
-
スズキが未来の技術戦略を発表! “身近なクルマ”にこだわるメーカーが示した問題提起 2025.9.15 スズキが、劇的な車両の軽量化をかなえる「Sライト」や、次世代パワートレインなどの開発状況を発表。未来の自動車はどうあるべきか? どうすれば、生活に寄りそうクルマを提供し続けられるのか? 彼らの示した問題提起と、“身近なクルマ”の未来を考える。
-
新型スーパーカー「フェノメノ」に見る“ランボルギーニの今とこれから” 2025.9.12 新型スーパーカー「フェノメノ」の発表会で、旧知の仲でもあるランボルギーニのトップ4とモータージャーナリスト西川 淳が会談。特別な場だからこそ聞けた、“つくり手の思い”や同ブランドの今後の商品戦略を報告する。
-
オヤジ世代は感涙!? 新型「ホンダ・プレリュード」にまつわるアレやコレ 2025.9.11 何かと話題の新型「ホンダ・プレリュード」。24年の時を経た登場までには、ホンダの社内でもアレやコレやがあったもよう。ここではクルマの本筋からは少し離れて、開発時のこぼれ話や正式リリースにあたって耳にしたエピソードをいくつか。
-
「日産GT-R」が生産終了 18年のモデルライフを支えた“人の力” 2025.9.10 2025年8月26日に「日産GT-R」の最後の一台が栃木工場を後にした。圧倒的な速さや独自のメカニズム、デビュー当初の異例の低価格など、18年ものモデルライフでありながら、話題には事欠かなかった。GT-Rを支えた人々の物語をお届けする。
-
NEW
第844回:「ホンダらしさ」はここで生まれる ホンダの四輪開発拠点を見学
2025.9.17エディターから一言栃木県にあるホンダの四輪開発センターに潜入。屋内全天候型全方位衝突実験施設と四輪ダイナミクス性能評価用のドライビングシミュレーターで、現代の自動車開発の最先端と、ホンダらしいクルマが生まれる現場を体験した。 -
NEW
アウディSQ6 e-tron(4WD)【試乗記】
2025.9.17試乗記最高出力517PSの、電気で走るハイパフォーマンスSUV「アウディSQ6 e-tron」に試乗。電気自動車(BEV)版のアウディSモデルは、どのようなマシンに仕上がっており、また既存のSとはどう違うのか? 電動時代の高性能スポーツモデルの在り方に思いをはせた。 -
NEW
第85回:ステランティスの3兄弟を総括する(その3) ―「ジープ・アベンジャー」にただよう“コレジャナイ感”の正体―
2025.9.17カーデザイン曼荼羅ステランティスの将来を占う、コンパクトSUV 3兄弟のデザインを大考察! 最終回のお題は「ジープ・アベンジャー」だ。3兄弟のなかでもとくに影が薄いと言わざるを得ない一台だが、それはなぜか? ただよう“コレジャナイ感”の正体とは? 有識者と考えた。 -
NEW
トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代
2025.9.17デイリーコラムトランプ大統領の就任以来、世間を騒がせている関税だが、かつては日本も輸入車に関税を課していた。しかも小型車では最高40%という高い税率だったのだ。当時の具体的な車両価格や輸入車関税撤廃(1978年)までの一連を紹介する。 -
内燃機関を持たないEVに必要な「冷やす技術」とは何か?
2025.9.16あの多田哲哉のクルマQ&Aエンジンが搭載されていない電気自動車でも、冷却のメカニズムが必要なのはなぜか? どんなところをどのような仕組みで冷やすのか、元トヨタのエンジニアである多田哲哉さんに聞いた。 -
トヨタ・ハリアーZ“レザーパッケージ・ナイトシェード”(4WD/CVT)【試乗記】
2025.9.16試乗記人気SUVの「トヨタ・ハリアー」が改良でさらなる進化を遂げた。そもそも人気なのにライバル車との差を広げようというのだから、その貪欲さにはまことに頭が下がる思いだ。それはともかく特別仕様車「Z“レザーパッケージ・ナイトシェード”」を試す。