第121回:幽玄なるBMWアルピナ(後編) ―成功のためには美学を捨てろ? “優雅なラグジュアリーカー”の成否を考える―
2026.07.22 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
BMWのクルマをベースに、優雅で上品なグランドツアラーを仕立ててきたBMWアルピナ。BMWの傘下で再出発を切ったラグジュアリーブランドは、その美学を守り続けられるのか? オラオラ系がもてはやされる高級車マーケットでの成否を、カーデザインの識者と考えた。
(前編に戻る)
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今や変なデザインじゃないほうが変?
webCGほった(以下、ほった):前回に引き続いてBMWアルピナの話ですけど、今までアルピナって、知る人ぞ知るニッチな存在だったわけですよね。一方BMWは、超メジャーだしデザインの幅も広い。例えば、われわれからしたらダークサイドの親玉である「7シリーズ」のお顔とか……(笑)。
渕野健太郎(以下、渕野):あの巨大なキドニーグリルを見ると、BMWのデザインって本当に幅広いなって感じます。プレミアムブランドはファミリーフェイスを固定化していくものだけど、BMWは、モデルによって実験的なことをやろうとしていますよね、あえて。
ほった:確かに、最近のBMWはモデルごとの振り幅がすさまじい。今の彼らがどういう戦略に基づいてやっているのかは分からないけど、新型「X3」なんかはどっちかといったらスッキリ系で、われわれから見ても悪くないって思える。そういうデザインがあるのも事実です。
清水草一(以下、清水):いろいろあったほうがいいと思うよオレは。多様性ってことで。
ほった:まったく同意です。そういう意味でも、優雅で上品な「ビジョンBMWアルピナ」みたいなクルマも、今のご時世にあってほしいんですけど……。ただ、このクルマに関してワタシが唯一納得いかんのが、ミサイル発射扉みたいなグリルです(笑)。
清水:あれにダメ出ししたら、昔の「6シリーズ」の復刻版になっちゃわない?
ほった:いいじゃないですか。回顧主義肯定派の清水さんにあるまじきオコトバ。
清水:まぁそうなんだけどね。それにしても、フォルム的には超正統派なクルマだね。こういうのもないと困ります的な。正統派の美がないと、異端のデザインが引き立たないから……。
ほった:今やBMWって、異端なデザインばっかじゃないですか(笑)。
清水:そうね、今や異端が標準。全世界的に。
ナンバープレートはどこにつけるの?
渕野:異端が標準というか、トレンドとして、自動車デザイン全体がカジュアル方向に進んでいるのは事実ですね。それはハイエンドのブランドであっても同じで、その逆のシンプル方向、エレガント方向のデザインは、市場全体でどんどん少なくなっています。だから、アルピナがそっちのほうの受け皿になってくれるといいなと思うのですけど。
ほった:ビーエムとしても、これがもし次期型「8シリーズ」のベースになるなら、現行7シリーズとはキャラクターのすみ分けが明確にできますよね。
渕野:ただこれも、市販車になったら顔まわりは7シリーズみたいなテイストになるかもしれませんよ。
ほった:そうなったら、消火器持ってミュンヘンに殴り込みに行きましょ。
渕野:それと、やや細かいとこですが、このアルピナのコンセプトカーのデザインを見ていると、「ライセンスプレート(ナンバープレート)はいったいどこに置くんだ?」って思いますよね(笑)。エアダムの一番下に「ALPINA」の文字が刻印されているから、まさかこれを隠すわけにもいかないし。「4シリーズ」のようにキドニーグリルの中という例もありますが、要素が多くなるので高級車にはそぐわないかもです。
清水:そっか! 横長のヨーロッパのライセンスプレートすら、貼るスペースがないように見えますね。
渕野:ヨーロッパ人はそのあたり、デザインの破綻に対して厳しいでしょう。
ほった:そこは、市販モデルに落とし込む段階でうまいことまとめてくるんじゃないですか? むしろナンバープレートとナンバープレートベースを備えることで、フロントマスクの“間延び感”も減るかもしれない。このクルマ、顔がすごく分厚いじゃないですか。
渕野:本当に分厚く見えますよね。
ほった:そのあたりの処理に関してだけは、「スカイトップ/スピードトップ」のほうがうまかったな、という印象があります。
渕野:まぁそうですね、確かに。
清水:ほった君はとにかく、小さめなキドニーグリルに戻させたいわけね。
ほった:そうです。この縦長のキドニーグリルが、今後のアルピナのデザインアイコンになるのだけは勘弁してほしい。
清水:たださ、このデザインだと、もしかして日本のナンバープレートのほうが形状的に置きやすいかも。左右どっちかに寄せれば。
渕野:アルファ・ロメオみたいに、横にオフセットさせるってことですね。
ほった:いやいや、アルピナでオフセットはないでしょ~! そこはなんとかデザイナーさんの腕で、うまい具合にまとめてほしいな。このクルマ、「首から後ろ」のデザインは文句なしなので。
清水:期待して待ちましょう。
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アルピナの価値をあらためて考える
ほった:ところで皆さん、そもそもアルピナに対して、どんなイメージをお持ちです?
渕野:私は昔から好きです。「おお、ちょうどいいな」っていう感じで。いわゆるチューニングカーではあるけど、全然下品に見えないじゃないですか。
清水:本当に上品ですよね。
渕野:すごく上品に見えて、だけど足元を見ると、タイヤがしっかりフェンダーのツラまで出ていて、タイヤ径もめちゃくちゃデカい。これは、自分が大好きな世界観だなと思っています。内装の仕立てにしても、伝統的なベージュの革(ラヴァリナレザー)があって、奇麗なウッドパネルが組み合わされてるみたいな、ちょっとこうクラシカルなイメージが強いんですけど、それを含めて全体のバランスがすごくいい。
清水:うーん。僕は昔からずっと、アルピナの価値がよく分からないんですよ(参照)。
渕野:え、どうしてですか?
清水:上質なのは分かるけど、なんでこんなに値段が高くなっちゃうの? って(笑)。
ほった:高いですか?
清水:めちゃくちゃ高いよ。
渕野:Mモデルよりも高いですからね。
清水:アルピナはBMWベースなので、フェラーリから見れば実用車でしょ。だったら300万円くらいの「3シリーズ」の中古車でいいのでは、と思ってしまう(笑)。じゃなかったらフェラーリだろうと。アルピナは洗練されすぎてる。
渕野:そこがいいんですよ、あの「サラッと感」が。
ほった:まったくですよ。
清水:「ダッジ・バイパー」みたいなギトギトのクルマに乗ってるほった君までもが、なんでサラッとしたアルピナが好きなの?
ほった:おかしいですか? 骨付きカルビもヒラメのお刺し身も好きって人は、いくらでもいるでしょうに。
清水:いや、「欲しい」とまで本気で思うのかなと。
ほった:E34の「B10ビターボ」あたりは、結構マジで買いたいって考えてましたよ。でもさすがに、当時のワタシの経済力じゃ維持費を含めて怖くて買えなかった。
清水:それよりなにより、ほったクンにはアルピナって死ぬほど似合わないと思うよ。
ほった:似合う似合わないなんてアホなこと気にしてたら、本当に欲しいものは死ぬまで手に入らないですよ。
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優雅で上品なブランドに“伸びしろ”はあるのか?
清水:とにかく、アルピナって一般の人にとってはものすごく分かりづらいじゃない。逆にフェラーリとかって、子供が見ても分かる。
ほった:なにしろ真っ赤な跳ね馬ですから。
清水:バイパーも同じベクトルでしょ。逆にアルピナみたいな、外見は地味だけど中身はスゴいクルマをあえて新車でポンと買うのは、本当の意味でのお金持ちですよ。欲望やらステータスを誇示する必要のないレベルの。
ほった:本物の金持ちだと思います。もう次元が、精神構造が違う。
清水:自分もさ、若いころは「年取ったら、アルピナとかジャガーが似合う渋いオヤジになれるのかな?」って思ってたんだけど、実際その年齢になったら、まったくそういう領域には入れてなかった(笑)。ライフステージの圏外に去ってしまった。
ほった:(爆笑)なるほど。
清水:完全に購入圏外に去った自分が、アルピナの未来を語っていいんだろうか? って思うんだよね。
ほった:それで今回、ずっと口数が少なかったんですね(笑)。ひとまず今の話を要約すると、「結局世の中、分かりやすいクルマしか売れないんだよ」みたいな感じでようございますか。フェラーリでも以前、渕野さんが「モンディアル」みたいな4シーターのV8モデルがいいって通好みなことを言ったとき、清水さんは「まずモンディアルがいいとか言う人は、決してフェラーリを買いません」って反論してましたもんね(参照)。そういうシビアな現実の話ですね。
渕野:「ディーノ308GT4」もいいですよ(笑)。
清水:そういうのは、王道のフェラーリを10台くらい乗ってから、「こういうのも買っておこうかな」みたいな感じで選ぶクルマだと思うんですよ。アルピナは最初からそういう地味系、上品系な存在なので、そのまま同じ路線を突っ走るとすれば、ビジネス的な伸びしろは小さいんじゃないかな。別に小さくていいのかもしれないけど(笑)。
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控えめの美学は守ってほしいけれど……
ほった:確かに、年産2000台の超エクスクルーシブなメーカーとしてはそれでもよかったのかもしれないけど、これからはBMW軍団の一員になるわけですからね。親分がそれで満足するかどうか。「もっと数増やせ!」ってなったとき、真のエスタブリッシュメントとか、奥ゆかしさの美徳を解する本物のお金持ちが、はたしてそれほど世界にいるか。
清水:そう。もしビジネス的に伸ばしたいなら、やっぱりギラギラさせる必要があると思う。
ほった:メルセデスもそうですもんね。「マイバッハSL」なんかは、ボンネットにマイバッハのモノグラム(Mのロゴ)を、これでもかって大量に貼り付けてて、なんかこう……。
清水:物欲しげだね(笑)。
渕野:あっちは引き算じゃなく、分かりやすくデコレーション(加飾)で豪華に見せる方向にいってますね。
ほった:ヒョウ柄羽織った近所のおばちゃんみたいですけどね。アルピナに関しては、ひとまずはそういう路線に走らなくってよかったとホッとしてるんですけど……。
渕野:メルセデスはニーズを冷徹に捉えていて、商売が上手なんでしょう。それに対してアルピナは、まず自動車屋としてエンジニアリングへのこだわりがあるブランドなんだな、という風に思います。
ほった:無責任なクルマ好きとしては、そのままでいてほしいなぁ。
清水:圏外のオレも、一応そう思ってるよ(笑)。
(語り:渕野健太郎、清水草一、webCG堀田剛資/まとめ=清水草一/写真=BMW、メルセデス・ベンツ、ニコル・オートモビルズ、佐藤靖彦、花村英典、webCG/編集=堀田剛資)

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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