第403回:スーパーに乱入!? 三輪トラック「アペ」のある風景2015
2015.06.19 マッキナ あらモーダ!夏の午後、響く2サイクル
ここのところ、ボクが昼メシ後の満腹感でうとうとしていると、必ずあるエンジン音で目が覚める。といっても、フェラーリやランボルギーニのV12サウンドではない。バタバタという、のどかな2サイクルの音だ。
ある日、窓の外をのぞいてみると、ベスパと双璧をなす往年のイタリア製スクーター、ランブレッタがいて、若者が掛かりの悪いエンジンと格闘していた。
昔も今も、スクーター黄金時代のモデルは、若いジェネレーションにとって、イカすファッションアイテムなのである。この国の学校は、今年も一部の地域を除いて、6月初旬から夏休みに入った。それに合わせて、レストア道に入ったものと思われる。
イタリアでもうひとつ、この時期若者がレストアに気合を入れる乗り物といえば、三輪トラック「ピアッジョ・アペ」である。「50」と呼ばれるベースモデルは、排気量が原付ニ輪と同じ50ccで、イタリアでは14歳から乗れるためだ。この「50」というタイプは、1969年の登場だから、かれこれ46年選手である。
小さなバイクショップでは、農家などから下取りしてきた中古アペが販売されているので、それを手に入れてきて、まめにレストアして乗り回す。コンディションにこだわらず、かつ20年超えでよければ300ユーロ(約4万2000円)くらいで入手できる個体もある。中古パーツも見つけるのが簡単だ。近年はネットオークションサイトも強い味方だ。
郊外で仲間とともにアペを押し掛けしているのは、夏の午後のよくある光景である。【写真2】も、独自のペインティングが施されているところからして、そうした若者の「お楽しみアペ」とみられる。狭く、しかも冷房なしなので、木陰に置いておくのはおきまりだ。
スーパーの店内にも!
アペは、商用車のいちジャンルを超えてイタリアの人々に親しまれている。概要については、7年前の本連載第65回で紹介しているので、今回はその最新例をお届けすることにしよう。
【写真3】は、シエナ歴史的旧市街の、あるリストランテの店先である。かつてイタリアの食糧品の店で一般的だった、業務用のはかりの上に、古いアペをモチーフにしたミニカーを載せ、ビジネスカード入れとしている。店主との恋バナならぬクルバナ(車話)が期待できそうだ。
【写真4】はシエナの駅前にあるショッピングモールの遊具である。従来イタリアではフェラーリや「フィアット500」、そしてMINIなどを模したものが多かったが、ついにアペが出現した。ホットドッグ屋台をイメージしていて、荷台にはケチャップとマスタードの模擬タンクが搭載されている。一般的にこうした類いはコピーライトの関係上、メーカーのバッジは省略されていることが多いが、このアペの場合ご丁寧にも製造元であるピアッジョ社のエンブレムが再現されている。実際に遊んでいる子供を見たことがないのが少々心配だが、アペの早期教育にもってこいの遊具だ。
と思っていたら、目を疑うようなアペ使用法があった。【写真5】【写真6】はフィレンツェ県のあるスーパーマーケットでの光景だ。かんきつ類に紛れるようにしてディスプレイされていたのは、なんとアペであった。ボディーペインティングは、シチリアのブラッドオレンジのプロモーションである。シチリアの馬車用荷車における伝統的モチーフとインド風テイストをミックスしたものと考えられる。
とにもかくにも、スーパーの商品搬入口や店内通路をするりと通り抜けられるサイズのアペゆえ、できる業であることは間違いない。
フェラーリやランボのオーナーは知らないけれど
もちろん、本来の用途である仕事用のアペは、今日もイタリア各地で健在である。先日、ボクが海沿いの村で遊んだ帰り、土産を買うため久々に立ち寄った、お酒と食料品を扱う「ガレッティ酒店」も、長年アペを業務に用いている。「2年前、また新しいアペ買っちゃった!」と、主人のアントニオさんは笑いながら店頭にあるアペを指した。ジウジアーロによるデザインの「TM」という上級モデルである。狭い路地が続く港町で、小回りが利くアペほど便利な乗り物はないのだ。
今回3年ぶりの来店だったにもかかわらず、奥さんのアレッサンドラさんは「アキオ・ロレンツォ!」とボクを見るなり声をあげた。おそらく、彼らの御用聞きグルマを子細に観察していた不思議な東洋人が、あまりに印象的だったのだろう。
そして再会を喜びながらファインダーに収まってくれたのが【写真8】だ。
イタリアに20年も住んでいながら、いまだフェラーリやランボルギーニを所有する友人がいないボクだが、こうした愉快なアペファンに恵まれているのは幸せというほかない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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