第22回:とにもかくにもスピード重視! 中国におけるホンダの電動化戦略を読み解く(後編)
2021.11.02 カーテク未来招来![]() |
ホンダが中国における電動化戦略を発表。中国独自のEV(電気自動車)プラットフォームを採用し、向こう5年で10車種を投入するという。しかしホンダは、北米では2020年代後半に新開発のEVプラットフォーム「e:アーキテクチャー」を投入することになっていたはず。なぜホンダのEV戦略は“中国”と“それ以外”で分かれることになったのか。
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この戦略は非効率では?
前回のコラムでは、ホンダが向こう5年でEVラインナップを大幅に拡充すること、そのために2種類の中国専用EVプラットフォームを導入することを説明したところで終わった。しかし大きな“謎”は、ホンダがなぜ中国独自のEVプラットフォームの投入を決断したかである。
あらためてホンダのEV戦略をおさらいすると、米国でまず2024年にGM製のプラットフォームを使った新型SUV「プロローグ」を発売し、その後、同じプラットフォームのEVをアキュラブランドからも投入することを表明している。そして2020年代後半に、独自開発のEVプラットフォーム「e:アーキテクチャー」を使用したモデルを、米国を皮切りにグローバルに展開する計画だ。つまり、2020年代の前半はGMのEVプラットフォームを使うことでしのぎ、その間に独自のEVを開発しようという戦略である。
しかし中国では、それより前にマーケット独自の新しいEVプラットフォーム「e:NアーキテクチャーF」と「e:NアーキテクチャーW」を開発・投入し、向こう5年で10車種を展開するとしている。世界の完成車メーカーが、グローバルで統一したEVプラットフォームを採用する方針であることを考えると、ホンダが“中国”と“それ以外”で異なるプラットフォームを展開するのは、無駄な投資という印象が否めない。
2つの環境規制とクレジットの重圧
なぜホンダはe:アーキテクチャーの完成まで待てなかったのか? 背景にあるのは“クレジットの重圧”だ。
ここで言うクレジットとは何か? 現在、中国の自動車市場には2つの環境規制がある。販売車両の平均燃費を一定以上の水準にすることを義務づける燃費規制と、販売規模に応じて一定以上の“新エネルギー車(NEV)”、具体的にはEVやプラグインハイブリッド車、燃料電池車の販売を義務づけるNEV規制だ。これらを達成できなければ、前者については燃費基準をクリアしている企業から、後者については指定台数以上のNEVを販売している企業から、基準の未達成分をもとに算出される“クレジット”を購入しなければならない。
ホンダの中国合弁会社である東風ホンダと広州ホンダは、ともに燃費規制もNEV規制もクリアできておらず、2020年に支払ったクレジット購入額は、例えば『日経ビジネス』の記事「中国のEVクレジット規制、日系メーカーの負担は1200億円相当に」から推定すると、合計で約500億円にのぼる。
日系の現地合弁メーカーは総じて両規制をクリアできていないのだが、なかでもホンダ系2社の支払額は突出している。同記事では日系メーカーが支払うクレジット購入額の合計を約1200億円と推定しているが、その半分近くをホンダ系の2社が払っている計算だ。EVの投入は、平均燃費の引き下げとNEV規制達成の両方に貢献する。ホンダは他の日系メーカーと比べても、はるかに切実にEV投入の必要に迫られているのだ。
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新型EVが「ヴェゼル」にそっくりな理由
こうした目で今回のホンダの発表動画を見ると、「e:NS1」と「e:NP1」に採用される「e:NアーキテクチャーF」のフロア形状は、前席下が盛り上がっている。
両モデルと“デザインがよく似た”現行型「ヴェゼル」は、基本骨格に先代のプラットフォームを改良して用いており、燃料タンクを前席下に置くセンタータンクレイアウトも受け継いでいる。今回の発表動画を見ると、e:NアーキテクチャーFのフロア形状は、前席下が盛り上がったセンタータンクレイアウトの特徴をそのまま受け継いでおり、ベース車となった(と思われる)ヴェゼルの基本骨格を、かなりの部分踏襲していることがうかがえる。
e:NS1とe:NP1は、中国におけるホンダブランドのEV第1弾となるモデルだが、ホンダはこれ以前にも、広州ホンダの自主ブランドEVとして「理念VE-1」を、また東風ホンダの自主ブランドEVとして「X-NV」を、それぞれ2019年に発売している。理念VE-1もX-NVも先代ヴェゼルをベースとしたEVであり、e:NS1とe:NP1の開発にその経験が生かされるのは間違いない。言い換えれば、ホンダにとって最速で開発が可能だったEVが今回のe:NS1とe:NP1だったといえる。
「e:NアーキテクチャーW」の資源はどこから?
一方、今回発表された3車種のコンセプトカーに使われるe:NアーキテクチャーWはどうか。とにかくスピード重視で開発する必要があるプラットフォームだから、やはり“ありもの”を活用するのではないか。そう考えてまず疑ったのは「ホンダe」のプラットフォームである。というのも、ホンダeは後輪駆動であり、やはり後輪駆動を基本とするe:NアーキテクチャーWとパワートレインを流用しやすいと思ったからだ。
3車種のコンセプトカーは、写真を見ると分かるようにe:NS1やe:NP1より車体がひと回り大きい。恐らくDセグメントくらいのサイズはありそうだ。これに対してホンダeはAセグメントのコンパクトカーだ。車体サイズが違いすぎるのでプラットフォームそのものの流用は難しいだろう。一方で、駆動モーターの最高出力は100kWと113kWであり、「マツダMX-30 EVタイプ」の107kWに比肩する。多少の出力アップを図れば、使えないこともないのではないか?
しかし、今回の発表で公開されたe:NアーキテクチャーWの駆動モーターの外観を見ると、ホンダeのそれとは似ても似つかぬ形状をしている。ついでに言えばサスペンション形式も大きく異なっており、ほぼ別物だと判断せざるを得なかった。
次に考えたのが、ホンダが2019年に公開した「次世代EV用パワートレインシステムのコンセプトモデル」の駆動モーターだ。これはホンダeに続くEVのパワートレインとして、電池パックなどとともにお披露目されたものだ。しかし、今回のe:NアーキテクチャーWの動画と比べると、やはりモーターの形状は全く違っていた。
開発のスピードを優先しつつ社内の資産を活用しないとなれば、答えはひとつしかない。外部企業の活用である。
外部企業のE-Axleを活用か
EV用モーターに関しては、ホンダは日立製作所と関係が深く、両社は合弁で自動車部品メーカーの日立Astemoを設立している。さらにさかのぼると、ホンダは2017年に同社の前身である日立オートモティブシステムズとの共同出資で、EV用モーターの開発・製造を手がける日立オートモティブ電動機システムズ(現日立Astemo電動機システムズ)を設立している。日立Astemo電動機システムズは、2020年12月から中国でEV向けモーターを製造しているというので、同社が開発し、中国で生産するモーターを搭載するというのが、e:NアーキテクチャーWに関する最も可能性の高いシナリオといえそうだ。
モーターと並んでEVの重要な構成要素である電池については、世界最大のEV用電池メーカーであるCATLを軸に調達するようだ。しかし、電池やモーターといったクルマに占めるコスト比率の高い部品を外部から調達していては、利益率が低くなるのは避けられない。折しもトヨタ自動車は2021年10月18日、米国において2030年までにEV用を含む車載用電池の現地生産に、約3800億円を投資すると発表した。これまで外部から購入していた電池の内製化を図る動きで、この流れには他社も続くことだろう。ホンダも、今回は緊急避難的に外部からの購入でしのいだとしても、2020年代後半登場予定のe:アーキテクチャーからは駆動モーターを内製化するだろうし、ゆくゆくは電池の内製化にも踏み切るだろうというのが筆者の予測だ。
ホンダはこれまでも、ハイブリッド車の開発や燃料電池車の開発でトヨタ自動車に後れを取りつつも、猛スピードでキャッチアップしてきた実績がある。追いかけるのが得意なホンダの本領が、これからEVでも発揮されることを期待したい。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=本田技研工業/編集=堀田剛資)
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鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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