第717回:おめでとう30周年! 新型「シビック タイプR」に至る“赤いR”の足跡
2022.08.19 エディターから一言![]() |
ホンダのスポーツスピリットを象徴するハイパフォーマンスモデル「タイプR」。その最新版である新型「シビック タイプR」が、いよいよ世界初公開された。間近に迫る発売を前に、今年で誕生30周年を迎えるタイプRの歴史を振り返る。
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決して安売りされなかった赤いエンブレム
さる2022年7月21日に世界初公開されたホンダの新型シビック タイプR。正式発売は同年9月予定と公表されているが、すでに予約注文が殺到しているとも聞くし、昨今の騒音規制や排ガス規制の流れを見て、「少なくとも純エンジン車のタイプRはこれが最後では?」ともいわれている。
いずれにしても、“タイプR”といえば世界中のエンスーが一目置くカリスマである。その最大の理由は、ホンダがタイプRを決して安売りしなかったからだ。歴史を振り返ると、そのコンセプトは時代に合わせて微妙に変化してきたものの、中途半端なモデルにタイプRの象徴である“赤バッジ”をつけることは、決してなかった。
最初に“R”を名乗った市販車は「NSX」ベースで、1992年11月に登場した。1992年といえばホンダ第2期F1の全盛期。「NSXタイプR」も、この年の日本GP決勝翌日に報道陣を集めた鈴鹿サーキットで、当時のF1パイロットだったアイルトン・セナと中嶋 悟がデモ走行させて話題となった。このときのセナはブルゾンに革靴というカジュアルな格好ながら、スロットルを微細にオンオフさせる“セナ足”で鈴鹿を疾走。「パワフルになった。クイックでアクセルレスポンスもいい」とコメントした。
3つのメソッドで走りを突き詰める
NSXタイプRを含む初期のタイプRの手法は、非常に純粋で分かりやすいものだった。簡単にいうと“軽量化”と“ガチガチのサスペンション”、そして“ハンドメイドエンジン”である。軽量化手法はまさに“徹底したはぎ取り”で、各部を軽量部品に交換しただけでなく、遮音材や制振材、荷室トリムも省略。さらにはエアコンまでオプション化して、NSXタイプRではノーマル比で120kgもの軽量化に成功していた。フットワークも独ニュルブルクリンク(以下、ニュル)を走りまくって、バネレートをフロントで2倍以上、リアで1.5倍締め上げたものだった。当時のメディア試乗記を振り返っても、「硬くて乗り心地は最悪、しかしすこぶる速い!」という評価が大半だった。
しかし、とくに初期のタイプRの真骨頂はやはりエンジンだった。じつは最初のNSXタイプRでは、3リッターV6エンジンの最高出力280PS、最大トルク30.0kgf・mというピーク性能はノーマルと変わらなかった(当時の国産車は280PSに自主規制されていた)が、クランクシャフトやピストン、コンロッドをバランス取りしながら1基ずつ手作業で組み立てたことで、レスポンスやフィーリングは別物になっていたのだ。そんな初代NSXタイプRは、途中1995年3月のNSX自体のマイナーチェンジに合わせたアップデートをはさみつつ、約3年間生産された。その総生産台数はわずか465台(=年間150台強)といわれているが、それはハンドメイドエンジンの生産ペースが最大の原因だったとか。
もっとも、NSXは当時もいわばスーパーカーであり、NSXタイプRの価格は発売当時で970万円以上もした。赤バッジは庶民にはしょせん夢のまた夢……と思われていたなか、その生産終了に合わせるかのように、1995年夏に現実的価格のタイプRが登場する。「インテグラ タイプR」だ。“インテR”の当時の価格は3ドアで228万円、4ドアで238万円だった。
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若者にも走る楽しさを提供したい
初代インテRの内容は、価格が身近であるがゆえに、逆にすごみがあった。そのキモもやはり、1.8リッターの排気量から200PSを絞り出していたエンジンである。ターボ全盛の今の感覚ではどうってことない数値だが、インテRは自然吸気で、エンジンを8800rpmまで回してこれを達成していた。排気量あたりの比出力“リッター111PS”はNSXタイプRを軽くしのぎ、当時世界最高峰の性能だったのだ。
ベースとなった「B18C」型エンジンは、もともと高回転化に不利なロングストローク型である。それを超高回転化するため、量産エンジンでありながら1基あたり16個ある吸排気ポートのすべてを手作業でツルピカに磨く、「ポート研磨」という手法を導入した。この量産品にあるまじき(?)工程では、ホンダにも2人しかいない職人さんが、1基につき20分、1日25基のペースでポートを磨き上げたという。ただ、さすがにやりすぎだった(し、作業による粉じんも問題視された)のか、これ以降(2002年に再登場した「NSX-R」を除いては)タイプRのエンジンがハンドメイドを売りにすることはなくなった。
インテRに世のクルマ好きは狂喜乱舞したが、それでも「買えない」という財布の軽い若者のために登場したのが、1997年の初代シビック タイプRである。これが、現在まで続くシビック タイプRのスタートでもある。
そのエンジンは1.6リッター自然吸気ながら185PSを発生し、「リッター115PS」というインテR以上の比出力を達成。いっぽうで、価格は200万円を切る199万8000円とし、さらに装備をはぎ取った169万8000円の「レース車両」も用意された。同時にその走りは運転経験のない若者ドライバーを想定したもので、インテグラよりピーキーさが軽減されていた。
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欧州で生まれたもうひとつの潮流
ここまでの、いわば初期のタイプRは“モータースポーツ直系”というコンセプトを色濃く打ち出していたが、ここでもうひとつ、別のタイプRの流れが生まれる。1998年に欧州で発売された「アコード タイプR」である。ただ、日本では従来のイメージを守るためか「ユーロR」という名で売られた。このクルマも2.2リッターで220PSという超高性能エンジンを積んでいたが、走りはあくまで欧州の高速やワインディングロードでの楽しさを追求したもので、当時約1%に低迷していた欧州シェア拡大のため、カンフル剤的な役割を期待されての発売だったという。
日本ではさらに鍛え上げた2代目インテRが2001年に登場。同車を用いたワンメイクレースが開催されるなど、モータースポーツ直系の看板を守り続けた。いっぽう欧州ではアコード タイプRの続編として「シビック3ドア」のタイプRを発売。それは日本にも輸入されることとなり、国内ではインテRと併売された。
厳格な意味における、モータースポーツ直系のタイプRの最後といえるのは、2007年登場の3代目シビック タイプRだ。歴代のシビック タイプRで唯一のセダンであり、純国内開発された最後のタイプRでもある。その乗り心地は事実上の前身であるインテR以上にガチガチ。完全にサーキット走行を最優先した硬派なチューニングは、ある意味で初代NSXタイプRのDNAをそのまま受け継いだようなクルマだった。そして2代目インテRに続いて、ワンメイクレース車両としても使われた。
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新しい存在意義は“FF車世界最速”
いっぽう、欧州では2001年以降、各世代のシビックに必ずタイプRが用意されるようになる。欧州といえばホットハッチの本場でもあり、シビック タイプRはかの地でもまれながらどんどん過激化していった。2001年の最初の英国生産モデル(シビック タイプRとしては通算2代目)に続き、2010年に登場した英国生産2代目にして通算4代目の「シビック タイプRユーロ」までは、そのエンジンは2リッターの自然吸気(最高出力は201PS)だったが、2015年の通算5代目(タイプRユーロを含む。以下同)シビック タイプRではついにターボ化され、最高出力も300PSをオーバーする。
このターボ化に合わせて、シビック タイプRは“世界最速FF車”を標榜(ひょうぼう)して、ニュルでの「ルノー・メガーヌ ルノースポール」とのタイムアタック合戦を繰り広げることとなる。こうしてタイプRは、FF世界最速であることが最大の存在意義となっていった。
2001年以降、ずっと英国生産だったシビック タイプRも、かの地の工場閉鎖に伴い、今回の新型から国内生産に回帰するようだ。その新型はシビック タイプRとしては通算7代目、欧州専用だったアコードも含めると12台目の赤バッジとなる。そのクルマの内容や、ニュルアタックも含めた開発計画からすると、新型コロナウイルスの影響もあってルノーに奪われたままになっている“世界最速FF車”の称号も、ホンダが奪還するのは確実なようである。
(文=佐野弘宗/写真=本田技研工業、荒川正幸/編集=堀田剛資)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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